可愛い婚約者と赤いサンタクロース

……?」


こてん、と首を傾げるのはこの国の殿であるアーロン・アンリ・ブスケと、彼の婚約者であるミューバリ公爵家の長男バグウェル伯爵ノア・ディディエ・ヴィヨンだ。

その二人を前に口を美しく華奢な手で抑え、体を振るわせ顔を逸らし、何かに必死に耐えているのはアーロンの兄である王太子殿下キースの婚約者のカールトン公爵家長女アンジェリカ・グンネル・カールトンだ。

小さい声で「も……ですわ……」とか「と、尊い」とか、何やら呟いているが彼女の眼前でまあるい目をきょとんと瞬かせている二人には聞こえていない様だ。

唯一耳にしたのはアーロンの護衛騎士であるマルティヌスだろう。

シシリーがいれば彼女は主人のに白目を剥いたかも知れない。彼女がいなくてよかった、淑女として見せられない姿を晒すところだったのだから。




さて、この頃はまだ彼らそれぞれの腹心である、トマス、エルランド、そしてシシリーはいない。

正確に言えば各自の家にいるのだけれど、彼らはそれぞれの主人より数個年上なだけであるのでまだ城へ上がる時に付き従うにはがあるのである。

彼らも一応貴族の肩書を持つが、だからこそ、自分たちが立派でなけれな自分たちの主人が恥をかくことになると理解し、幼いながら学びに食らいついていた。


「そ、そうよ。年の終わりにはサンタさんがいい子にプレゼントをくれるのよ」

なんとか生き返ったアンジェリカの発言に、アーロンとノアがまた首を傾げた。

「なんてかわいいのかしら……死んでしまいそう……」

本音が漏れたアンジェリカだが、彼女はアーロンやノアと二つほどしか変わらない歳で、この時六歳である。

アンジェリカが可愛い二人に対し悶えない様に堪えている姿は、十分不審者になりうる様だ。

ここに彼女の教育係がいればきっと説教──説教なんてかは不明だが──だっただろう。


今更ながら、三人は王城内の庭で可愛らしくピクニックをしているところだ。

アンジェリカの婚約者であるキースは不在。これはいつもの事なのでアンジェリカは気にした様子もないし、年下の二人はいまいちアンジェリカとキースのが分からないのか、気にした様子もなかった。

小花が可愛く顔をのぞかせる芝生の美しい庭では、さすが王子殿下とその婚約者のピクニックと言いたくなる様な豪華なそれを見つけられる。

敷物一つにしても、食事や飲み物にしても、実に豪華であった。


「異国……そう遠い遠い異国の地には『サンタさん』がいると信じられている土地があるのよ」

「その人はかなにかですか?」

ノアの言葉にアンジェリカは「そうね」と頷く。アーロンは「なんですね」と呟いている。

いい子にしている子供全てに贈り物をするなんて、と子供ながらにを想像して驚いている様子だ。

「まあ、違うのよ。お金は……そうね、そこは違うのよ。どういうわけか、いい子が欲しいものが分かってどこからか生み出すすごい人なのだから」

「う、うみだす!!!」

可愛い二人の目がまたなる。

魔法の様に作れるのかと、二人で顔を寄せ合って真剣に話している姿にアンジェリカは叫びたくなった。


──────かっっっっわいいですわあああああああ!!!!天使、天使がいますのよ!!!尊くて、死んでしまいそうですわああああああ!


この年にしてなるほど将来はの片鱗を見せていた彼女はそんな姿までは晒さないけれど、もし前世で彼女の妹とこの光景を見ていたら家が揺れるほどのをあげていただろう。

もし読んでいる方が想像してくれるのならば、あなたが一番悶える様な可愛いもの──動物でも何かのキャラクターでもいいのだけれど──がくっつきあって仲良くしている様な姿を想像していただけたら、少しだけアンジェリカの気持ちを分かっていただけるかもしれない。

アンジェリカにはとにかく、身悶え叫びたくなる様な光景が目の前にあるのだ。


「ともかく、だからこれはわたくしからのプレゼントですわ!」

何がともかくなのかは強引に傍に避けたアンジェリカが、ドン、と出したのは──正しく言うのなら、出したのは彼女についてきている侍女だが──可愛いクマのぬいぐるみだ。

王子殿下にあげるのは、と思われない素晴らしい職人芸が見える。

二人それぞれを思い浮かべるには十分な瞳の色の丸くカッティングされた宝石を可愛いモコモコの顔に配置し、首のリボンは髪の毛の色が使われているクマのぬいぐるみ。

正直言って、これにいくらかかったのか。一般人として想像するのは簡単ではないほどの、素晴らしいぬいぐるみだ。

それをアンジェリカはアーロンの色はノアに、ノアの色はアーロンに手渡す。

少し照れた二人はそれを受け取って嬉しそうに、クマの頭に顔を埋める。

アンジェリカの理性は鋼鉄の縄でしっかり出来ているのか、これにも耐え切った。さすがは将来のである。


「でも、どうして?アンジーお姉様はじゃないよ?」

「サンタさんはこの世界中を回るでしょう?だから時々手が回らない時があるのよ。そうすると、その人の近しい人にお願いするの。『自分の代わりに、この子にこれをプレゼントしてほしい』って」

アンジェリカの前世の妹が聞いていれば「お兄ちゃん、欲望のためとなると口周りすぎ」と言っただろう。

「わたくしも頼まれたのよ。『幼い婚約者が毎日がんばっている。だから自分の代わりに二人が寂しくない様に渡して欲しい』って。これで離れても寂しくないわね」

アンジェリカのから発された言葉に、二人は顔を真っ赤にして、でもとても素直に頷いている。

まだ恋だの愛だの分からないだろう二人だけれど、共に過ごす時間が長いからか、いないと寂しいと思う気持ちが大きく存在していた。

それを王妃経由で小耳に挟んだアンジェリカが、体よくというのが本当のところだ。

けれど突然贈られても「なんで?」となるだろう二人に「あ、サンタさんからってことにしよう」と思い、今に至っている。

前世の彼女の感覚からすれば、だろうか。今現在は金がある家に生まれているだけに課金の額については不安になるが、アンジェリカもではないので匙加減はできるだろう。

いや、そう、信じたい。


「アンジーおねえさま、にお礼したい」

「ぼ、ぼくも!!」


可愛い二人のお願いに「じゃあおてがみをかきましょうね」と言って書かせ、「わたくしが出しておきますわ。サンタさんの住所は頼まれた人しか分かりませんのよ」となどと言って受け取ったその手紙を、二人のサンタクロースである彼女は死ぬまで大切にしていたのだけれど、それを知るのは彼女のとなるマリアンヌ一人であった。


余談ではあるが──────

このサンタクロースという知識を得たノアにより、とある国でが彼の友人を振り回すことになる。

そんな未来を知らない幼いノアは、今日もご機嫌でクマのぬいぐるみを抱きしめている。

アンジェリカの鋼の理性はいつまで持つのだろうか。

この辺りはみなさまのご想像にお任せしたいが、彼女はいつまでもであったことだけは記しておこうと思う。

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