第9話

キースとカレンの顔が固まった。

「どうしてですか!?なぜです、父上!なぜ私が廃嫡されカレンと共に国外追放されなければならないのですか!それはアンジェリカでしょう!!」

「キース、お前は王族に嫁ぐ最低の条件を覚えているか?」

「はい、もちろんです」

それを聞いた国王は大きく息を吐いて

「カレンはすでに処女ではない。取り巻きたちとの関係を持っていた事、調べがついている。お前は王妃にしようと思い手を出す事はなかったようだが、取り巻きたちとそのような関係を持った女をどうして王族に入れられようか。そのような女は、たとえアンジェリカ嬢よりも優れていようと王家に入れるわけにはいかん」

キースはギョッとした表情でカレンを見るが、カレンは関係を暴露された事に何も感じていないのか

「えー、だってあたしが主人公で幸せになる。あたしがヒロインの世界なのに、なんで後生大事に貞操?守らなきゃいけないのか、わかンない。キースと結婚して王妃になったら浮気になっちゃうから、それまで遊んで何が悪いの?だってあたし、ヒロインだよ?なんでも許されるんだよ?だからみんなあたしを好きになるんだよ?」

「王家に入るには、婚姻式初夜まで処女である事が最低の条件だ。そもそも貴族の婚姻だってそういうものだろう!カレンッ、お前は俺を好きだと言いながら、こいつらとそんな事をしていたのか!!?」

「だってイケメンでお金持ってるし、プロポーズされてからはしてないよぅ」

悪びれもしない言葉にキースは怒りで顔を赤くするし、取り巻きたちは自分達以外とも関係があった事に驚き顔を真っ白くさせる。

──────あたし、キースと結婚したいんだけどぉ。でもそれまでなら、いい、かな。だって好きな気持ちは捨てられないもンね!

思えばあの言葉だっておかしいと感じてよかったのに、王太子であるキースさえも“争奪戦”に加わるの学生時代唯一の秘密の恋人なるものに選ばれたと優越感に浸って、当たり前を当たり前と思いもしなかったと今気がついた。


「それに、お前の部屋を捜索した結果、反逆罪、いや国家乗っ取りとも捉えられる計画書も発見している」


これにノアが目を点にして思わず国王を見た。

ここまで何も考えていない人間がそんな大それた事を考えられるのかと、驚きが隠せないのである。受けていた王子妃教育で身につけた“王子妃である仮面”がはずれかけた。

「え?なにそれ。そんなの計画してないし」

「これに見覚えは?」

国王の言葉に促され、国王の従者が一冊のノートを掲げる。

なんの変哲もないノートだが、カレンにとっては違う。

「それ、攻略法を書いたノートじゃん!それの、どこが、そんな計画書なのよ!!!」

声を荒げるカレンに対したのは国王から許可を得たアンジェリカだった。

「あら、立派な計画書でしたわ。書いてある文章は拙く『キースと結婚した後、国王陛下の弟の辺境伯爵に対し罪状(捏造でもいいかな)をつきつけ、辺境地の混乱に乗じて隣国の第二王子と接触する』でしたけれども、どう考えても反逆罪ではないかしら?現在、あなたが接触しようとしている国とはわたくしたちの親世代が産まれた頃から国交断絶である事は知っているでしょう?なのに辺境地を混乱させようなんて、この国を潰しかねないものだわ」

すごいわね、と小馬鹿にしたアンジェリカをカレンは睨みつけ

「何よ!本命は次回作の王子様なんだもの!!辺境伯の罪なんて見つけられないだろうから、ちょっと手を加えなきゃ次回作にデータ移行できないじゃない。だからそうするしかないでしょ!!あたしの計画どうしてくれるのよ!!!」

「まあ、ここでご自身の罪をお認めになるのね。計画していたって事でしょう?国王陛下に申し上げます。このような大それた計画、この女に出来るでしょうか?」

アンジェリカに国王もにウムと答え、これをアンジェリカの父親が引き継ぐ。

「私どもへ処遇を任せてくださったあやつらも一応貴族の端くれ。もしかしたら隣国と繋がっているかもしれませんな。カールトン公爵家の名にかけて、彼らから情報を引き出す事をお約束いたします」

これにランベールが続いた。

「私もカールトン公爵家に協力を惜しみません」

「それは助かりますな。うちよりもミューバリ公爵家はに長けておりますからな」

「国家の一大事。王家を支える公爵家として互いに協力をしましょう」

「ええ」

芝居がかったやりとりに取り巻きの顔が今度は青ざめた。

“こんな事”をした彼らだって隣国との事はよく知っている。

辺境伯爵領をかき回したりしたら、自分達の明日だって危ないのだと言う事をよく知っているのだ。そんな事は子供でも知っているような事。

こんな計画していると知っていたら止めるに決まっている。

どうして国王陛下の弟が辺境伯へ婿入りしたのか、当時生まれてもいない自分達だって知っているのに。

カレンの計画なんて知らないけれど今更知らないと言っても、何かに惑わされていたようだと懺悔しても、自分達は逃れられない。

やっと自分達が行った“自殺行為”を自覚出来ても、もう遅い。それにも自覚し、目の前が真っ暗に染まった。


「さて、さらにこのノートには実に面白い事が書いてあった」

国王は従者から小瓶を受け取る。それにはピンク色の液体が入っていた。

「これは今は消えた国クーデターで消えた国が、自分達のために作っていたと言う魅了効果のある液体である。これの作り方は王家の奥の奥で厳重に管理されており、王家の血が流れている人間でなければ開けないその場所に保管されている。しかしこのノートに実に正しくこれの製造方法が書かれていた。キース、お前はこれをこんな女に教えたのか!?」

「まさか!父上、そんな事は致しておりません!!」

国王の耳に従者がそっと何か呟くと国王は「そうであろうな」と言い

「どうしてカレン、お前がこれを知っている?我が国は魅了魔法を含む魅了効果のあるものを製造する事も、使用する事も全て重罪とする事にしているが」

「え?魅了効果?なにそれ。それは好感度が上がるアイテムなんだけど。それを入れてクッキーかマフィンを作ると好感度が上がるお助けアイテム『乙女の涙』なんだけど」

「なるほど、そう言う事か。どうやら国外追放の前にお前を尋問せねばならないようだ」

「え?なんで?キース、やめさせてよ!」

辺境伯爵への計画に『乙女の涙』、カレンは理解出来ず、それを見たキースは首を振った。

「このレシピを、いや、それだけではない。『乙女の涙』という名前すら秘匿。知っているのは今では王家のみ。しかし無くなった国の王家は違う。一人の姫を除き、彼ら全てがこれと同じレシピを知っていた。つまり、お前はその残党という可能性もある。犯罪者として裁かれた、亡国の生き残りの子孫としてこの国の乗っ取りを考えていたと、そう考えてもおかしくはあるまい」

「はあ?そんなこと考えるわけないし!こんなの、知らない!」

「この女をグロッタへ連れて行け。方法は問わん」

国王が指示を出すとすぐさま近衛騎士が動き、喚くカレンを連れていく。部屋の扉が閉まってもしばらく聞こえる大声に、どれだけの声で叫んでいるかいやでも理解出来た。


声が聞こえなくなって静かになったところで

「──────カレンが、魅了」

ポツリとつぶやいたキースはハッと顔を上げるとアンジェリカを見つめ

「アンジェリカ、やりなおしてやろう。俺は魅了されていたのだ!ならばあれだけおかしかったのもいたしかない!」

立ちあがろうとしたキースを近衛騎士が強引に座らせた。

「私は王太子だ!不敬だそ!!」

近衛騎士の顔は無表情のまま変わらない。

「アンジェリカ!婚約破棄は撤回すべきだと思わないか!!?傷物令嬢になるよりもいいだろう?」

アンジェリカはニッコリと笑うと言った。

「嫌だわ。キース殿下なんてカレンさんにプレゼントしたいほど、嫌いですもの」

アンジェリカの言い方にノアとアーロンの顔が一瞬ひきつった。

こんな状況だが二人は揃って『婚約者に同じ事を言われたら立ち直れない』なんて想像しての表情である。仲がいい事は実に素晴らしい。

「第一、キース殿下、あなたは自ら望んでカレンさんの作ったものを口にされたのです。この魅了効果のある液体を混入されたものを口にした場合、最初のうちは違和感を感じると過去の事から分かっておりましてよ?違和感を感じても気に留める事もなく、魅了効果のクッキーやマフィンを、手作りのそれを召し上がったのでしょう?王子でもあるあなたが、従者に毒味をさせる事もなく。王宮にて鑑定をさせる事もなく。つまり、キース殿下は望んで魅了されたのですわ」

これに国王が続く。

「お前の処遇は変わらん。妻となったカレンが解放されたのち、共に国外へ追放する。それまではオラシオン元修道院にて収監とする。なお、もう王族ではない平民のお前に対し王家から収監代金を払う言われはない。こいつをオラシオン元修道院へ送り返せ!」

声にならない叫びを上げ、言葉になるのはアンジェリカへの恨みと復縁と呪い。

近衛騎士はカレンと同じようにキースを引きずり部屋を出ていく。

キースの声が消えると、この広い部屋が一層広く、そして冷たく感じられる。

そして、残った取り巻きに国王は静かに言った。


「こいつらはカールトン公爵家へ。カールトン公爵家の私兵がきているだろうから今すぐに引き取らせよう」


“罪人”全てが出ていって静かになった部屋で、国王が立ち上がる。

そしてノアの前に立つと、ノアに小さく頭を下げた。

ノアが慌ててそれを止めると国王は実にの様子で、つまり少しだけ弱そうな顔をしてノアを見る。

「そういうわけで、ノアには苦労をかけるが、アーロンを支え王妃となってほしい。ノアなら、優しく人に寄り添える、いい王妃となろう」

呼吸を忘れたノアが倒れたのは、すぐの事であった。

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