3-3

西側は別世界だった。


広大な荒地に枯れた木々。舗装された道はなく、まっすぐ歩くこともままならない。


至る所に動物たちの死体が転がり、それに群がるように虫たちが屍肉の周りを耳障りな音を立てながら飛び回っている。


こんなところに人が住んでいるようには思えなかった。


ここに来てから数時間。


一向に景色が変わらない。


闇雲に歩くべきではなかったと少し後悔した。


しばらくすると一つの村が見えた。


簡素的な柵で覆われただけの外観は目眩めくらましにもなっていない。


ウェルトレクと読むのだろうか。


村の看板の文字を読んでみたが合っているか自信はない。


中に入ると、多くのウィグロ人がいた。


とりあえず情報収集からはじめようと奥に見える一番大きな家を目指すが、まるで宇宙人を見ているかのような視線を四方八方から感じる。


無理もない。


羽を持たないものが一人で歩いているのだから。


その大きな家の近くで一人の少年が座っていた。


ワインレッドの髪と瞳に黒い羽。


見たところまだ小学生くらいの年頃。


目が合うと、羽のない僕に一瞬驚いていたが、すぐにかぶりをぶるぶると振って気丈に振る舞う。


「君、ここに片方だけ羽の生えた天使は来てないかな?」


膝を曲げて問いかけたが、


「いない、帰れ」


素気すげない態度に少しイラッとしたが、ここで感情を剥き出しにするのは大人気おとなげないので笑顔で話しかける。


「シルフィって名前のすごく可愛い子なんだけど」


彼女の名前を聞いて一瞬眉根を寄せたが、表情がすぐに戻った。


「……知らない。早く帰れ」


この餓鬼、あまり大人をナメるなよ。


腹が立ったが大人の僕はぐっと堪え我慢する。


何かを隠しているような含みのある言い方が気になり情報を引き出そうとする。


「本当に知らない?」


西側に来てからこの村に来るまでに立ち寄れるような場所は見当たらなかった。


だからここに来ている可能性は高いはず。


「知らない!帰れ!」


さすがの僕も我慢の限界。


あまりの態度の悪さにこのまま羽を捥ぎ取ってやろうかと思った。


すると、目の前の大きな家から長い髭を生やし、杖をつきながらゆっくりと歩いてきた一人の長老とその後ろには数人の大人たちがいた。


「騒がしいのぅ。何事じゃ」


長老の背中の黒い羽はもう空を飛べないくらいしおれている。


「おじい」


「こら、ウェスレイ。村長に向かって何て口の利き方だ」


一人の村人が少年に注意する。


この子はウェスレイと言うのだろう。


そしてこの長老が村長。ということはシルフィのことを何か知っているかもしれない。


「まぁ良い。それよりもお主、地上人かね?」


「え、あ、はい」


相変わらず挨拶は慣れず変な受け答えになってしまった。


「地上人がこの世界にいるということは本当じゃったか。儂の名はデパイ。このウェルトレク村の村長をしておる」


デパイ村長はウィブラン人に迫害を受け続ける中でも平和に物事を進めようとウィブラン人に直接交渉をしている。


明白楽めいはくらくで情報通としても知られるこの人は多くのウィグロ人からしたわれていて、みな彼のことをリスペクトしている。


「清阪 奏達です。ども」


「ウェスレイ、何があった?」


もう一人の村人がウェスレイに経緯を訊くと、


「いきなりやってきて王族の娘の居場所を訊いてきたから、こいつもウィブラン人の仲間だと思って」


「こいつなんて失礼な言葉を使うでない。清阪殿、無礼をお許しください」


デパイ村長が頭を下げてきたが、人見知りの僕は少しむずかゆくなってどう反応して良いかわからなかった。


「清阪さんはどうしてここへ?」


村人の質問に対し、シルフィが黒い羽を持つものたちに攫われた経緯を話すと、デパイ村長の瞳孔が一瞬大きく開いた。


程なくして村人たちが話はじめた。


「村長、コルベインの残党の仕業でしょうか?」


「その可能性は低いじゃろうな」


「どうしてです?」


「彼は頭のキレる男で口も達者じゃが、人のことを道具のように扱う心のない男じゃ。身近にいたものたちは抗弁しないような都合の良いものたちしかおらんかったしな。師弟というような綺麗な言葉は存在せず、利害関係でしか付き合えていなかっただろうよ」


雇われていた一部のスパイは改悛かいしゅんし、自国に帰った。


そうではない人たちは処刑されたり捕えられている。


現在、ランカウドはクリスティンの義理の弟が統治することになっていて、あの時間以降、なにかとバタバタしているそうだ。


だからいまはスパイを送り込む余裕などない。


となると、誰の仕業だ?


イスカは黒い羽を見たと言っていたが手がかりはそれだけ。


他国にもウィグロ人がいて、王族の首を狙っての犯行ということも捨てきれない。


「おそらくジェレミーの可能性が高いじゃろうな」


デパイ村長の口から出た人物に村人たちもウェスレイも合点がてんがいくような表情をした。


「たしかに、ジェレミーならウィグロ人を洗脳して誘拐させることも可能です」


「あの男ならやりかねない」


「本当に腐った野郎だ」


村人たちはそれぞれ眉間みけんに皺を寄せながら表情を曇らせている。


「あの、そのジェレミーという人は?」


シェラプト兵団に所属しフランツ国王暗殺時間の後、この西側の管理者として王宮からやってきた兵士で、背中に大きな棍棒と盾を抱え、重厚な鎧を着ているウィブラン人。


歳は二十七歳でリリィやグリューンと同い年。


機敏さこそないが腕力はシェラプトで一番との噂もある人だそうだ。


ウィブラン人による差別が起きて以降、シェラプト中のウィグロ人が西側に追いやられ、監視がはじまり、暴動を防ぐために多くのウィブラン兵が派遣された。


羽の色による差別は歴史とともに激化していき、二つの種族が共存していたのは遥か昔の話。


いまでは羽の色で人生が決まってしまう。


なんとも残酷な思想だ。


「清阪殿はフランツ国王が暗殺されたことはご存知かね?」


こくりと頷く。


「暗殺を指示したのはジェレミーじゃ」


兵士が国王の暗殺を命じた?


謀反むほんなんてレベルじゃない。


村人が村長に続く。


「ジェレミー・レンストラ。彼はもともと優秀な兵士で次期シェラプト兵団長候補でした。噂ではあの双剣のリリィよりも強いと言われていましたが、フランツ国王の不倫をリークしたことでこの地に左遷されました」


レンストラという名をよく知っている。


まさかとは思ったが、本人がいないのでたしかめようがない。


「西側の管理と言ってもとくにやることはなく、反逆が起きないよう見張るだけ。そんなときに彼は東側へのデモ活動をするように強要したのです。わたしの家族もジェレミーに洗脳され、デモに行かされいまだ捕えられたままです」


思い返してみれば、デモ活動のときにウィグロ人たちの目が座っていたのは彼によって洗脳されていたからか。


それにしてもどうやって洗脳ができるのだろう?


「西側のものはみな貧しい生活を強いられていて、ジェレミーはどこからか怪しい薬を持ってくるようになった。その薬を飲んだものには贅沢な生活をさせることを約束し、みなそれに飛びついたが、気がつけばこの村のほとんどのものがその薬を飲んで洗脳されてしまっておる」


ここに来るまでに何人か目が座っている人たちがいたが、もしかしてそのやばい薬を飲んだってこと?


「ウェスレイの両親も我が子を守るために犠牲になったんじゃ」


僕の耳元で本人には聞こえないようにデパイ村長が話す。


コルベインがクリスティンやベンジャミン姉弟に飲ませた『万能薬』とは違い、ジェレミーが飲ませたのは一種の麻薬に近い薬で、洗脳を重ね数人の若い女性を強姦しその後オーバードーズさせて亡くなったものも少なくないそうだ。


ウェスレイの姉もその一人。


だからウィブラン人をひどく恨んでいる。


そして西側のほとんどはいまジェレミーの思い描く世界になりつつある。このままではウィグロ人とウィブラン人の溝は深まるばかり。


「ジェレミーを倒す方法を村長たちと考えているのですが、奴の周りには洗脳された仲間たちがたくさんいるのではなかなか近づけないんです」


ジェレミーという男が何を企んでいるのかわからないけれど、もしこれが本当なら、人をモノのように扱うことは決して赦されない。


「僕がジェレミーを倒してウェスレイの両親もこの村の人たちも助けます!」


何の戦略も勝算のない中とんだビッグマウスを口にしたが、後悔はなく、なぜか根拠のない自信があった。


これ以上人と人が争い合うのを見たくない。


ウェスレイのもとに向かって約束をする。


「お父さんとお母さんを助けるから」


素気無い態度だったウェスレイの表情が少し明るくなった。


「本当?」


「本当だよ。約束する」


「デパイさん、ジェレミーはどこにいますか?」


「この村を出た先にブラックタワーという黒く高い塔がある。そこの最上階におるが、一人で行って敵う相手ではないぞ」


簡単ではないことは重々承知していた。

それでもジェレミーに対する怒りとシルフィを取り戻したいという強い想いが僕を突き動かす。


踵を返して村を出ようとすると、


「清阪殿、これを持っていくと良い」


デパイ村長から渡されたのは頑丈そうな白銀の盾だった。


「これは?」


「この村に古くから言い伝えられている守護天使イェグディエルの盾じゃ」


そんな大事な盾を渡すなんてどうして?


「シルフィは儂にとって大切な孫なんじゃ」


生まれてすぐ西側に送られ、七歳で王宮に戻るまでの間、彼女は村長に育てられた。


大切な孫を助けるために僕はこの盾を渡された。


「ジェレミーは強い。充分に気をつけて行かれよ」


村を出たちょうどのタイミングでロベールたちと合流する。


そこにジョシュアもノーランもいた。


二人は先の剣術大会で優勝したレネからこの戦いに協力するよう半強制的に参加させられていた。


文句を言いながらもどこか楽しそうにしているノーランとクールなツッコミを入れるジョシュアのやりとりを見ていると少し心が凪いだ。


ロベール率いる警護隊と一緒に整備されていない道を進んでいった先に周囲の景色に不釣り合いな近代的な塔がある。


黒く大きな塔はどこか不気味で禍々しかった。


警護隊に続くように中に入ると、中央にある階段を守るように狼、猪、熊、鷲や鷹などさまざまな動物がいた。


しかしその動物たちはすべて眼の色が赤く、意思のない傀儡のようだった。


「こいつら、操られてる?」


「モンスター化しているようです」


おそらく、いや、ほぼ確実にジェレミーの傀儡になっているだろう。


僕たちの姿を見るや否や一斉飛びかかってきたので、警護隊が各々の武器で立ち向かう。


真っ赤な血飛沫ちしぶきとともにモンスター化している動物たちの悲鳴が塔内に木霊し、目からともしびが消えた。


血まみれのままびくともしない動物たちを見た途端居た堪れない気持ちになったが、おそらく上の階に行くにつれてもっと残虐ざんぎゃくな光景を目にしなければいけないだろう。


案の定、階を上がる毎に待ち構えるモンスターが増えていった。


それにしてもこの塔は何階まであるんだ?


外から見ていたときよりもはるかに高い気がしてならない。


どういう作りかはわからないが、上の階にはその階のモンスターをすべて倒さないと行けないようになっている。


ここは何階だろうか?


もう三十階は登っている気がする。


すでに両足はパンパンで、少しでも休めば脳から睡眠の指令が飛んできそうなので、腰を落とさないよう呼吸を整えた。


上の階に行くにつれて徐々に数が減っていく警護隊。


ようやく最上階に着いたころには僕とロベール、ジョシュア、ノーランのみになっていた。


そこに肩幅の広い金髪の男が外の景色を見て立っていた。


「ここから見える景色はどうだ?東と違って何もないだろう?」


背中を向けたままそう言うジェレミーだったが、そんな感想はどうでもいい。


「シルフィはどこだ?」


もっと怒気を孕んだ口調になるかと思ったが、意外にも冷静な自分がいた。


ゆっくりとこちらを向くと、不敵な笑みを浮かべながら彼女の居場所をあごで指す。


僕たちの背後にある扉の向こうにシルフィがいる。


その扉は何の変哲もないただの扉だったが、易々と行けないことくらい学のない僕にでもわかった。


ジェレミーが指をぱちっと鳴らすと、予想通りどこからともなく無数のモンスターたちが顕現し一瞬にして囲まれるかたちになった。


「どうしてシルフィを攫った?」


ジェレミーは一度瞬きをし、唾棄だきするように冷たく答える。


「レンストラ家は代々レーゲンス家に兵士として支えてきた。少しばかりの理不尽に耐えながらもこの国の繁栄と発展。国民たちの幸せを願って。なのに、フランツの不倫をリークしたらここに飛ばされたよ。国を良くしようとしただけなのにな。それからは見ての通り。西側の監視=左遷。すなわちそれは戻ることを赦されない永遠の鳥籠。だったら新しい国をここに作ればいい。そう考えた。それをデパイのじじいが反発したから見せしめに村人たちを洗脳してやったんだよ」


正義感が強く真面目な人ほど嘘や隠し事ができない。


シェラプトをよくしたいという思いは一緒なのに方法が違うだけでこうも差が生まれる。


この男も被害者の一人かもしれないが、シルフィを攫ったことや洗脳したことは赦されることではない。


「新しい国を作るにはシンボルが必要だ。俺に相応しいきさきがな」


「それがシルフィだと?」


「ウィブラン人として生まれながら黒い羽を持ち、『厄災の天魔の子』などと呼ばれる哀しき姫。彼女ほど建国の妃としてうってつけな存在はいないだろう」


恋心は微塵もなくただの都合の良い存在として見ている。そのあまりに身勝手な考え方に怒りを通り越して呆れた。


「もうすぐこの地に俺の国が完成する。ウィグロ人たちによる新しい国を作り、新しいシェラプト王国を築くんだ」


窓から遠目に見える場所にウィグロ人たちがボロボロになりながら城を建築している。いや、させられていると言った方が良いだろう。


フランツ国王を暗殺させるだけでは飽き足らず、洗脳を続けて己の欲を満たすなんて狂っている。


「いまの話、本当か?」


下の階から槍を力強く握る青年が階段を登って現れた。


「兄さん、いまの話は本当なのか?」


怒りに満ちたその言葉はいままで見たことのないくらい鋭い目つきだった。


「レネ、大きくなったな」


「質問に答えろよ!」


「最年少副団長昇格らしいな。自慢の弟だ」


「質問に答えろ‼︎」


「忠誠を誓った人に裏切られた気持ちがわかるか?いままでの生き方ややり方を否定され、生きる意味を失った人の気持ち、お前にわかるか?」


良かれと思ってやったことが裏目に出て心に大きな傷を負う。


生きていればそんなこともあるだろう。


しかし、レンストラ家の長男として育ったジェレミーにとっては家系そのものを否定された気がしたのかもしれない。


「だからと言って人を操ってまでする必要なんてない」


「これはウィグロ人のためでもある。長いこと迫害を受けてきた彼らを俺が解放してあげるんだ」


「そんなの誰が望んでいる?」


「ウィグロ人だよ」


「笑わせるな。ウィグロ人が望んでいるわけがない。これは兄さんだけの望みだ」


「レーゲンス家に仕えるのはもうやめて、これからは使う側にならないか?」


「断る‼︎」


槍の矛先を兄に向けて構えると、背中にあった棍棒と盾を構えて弟と対峙する。


「お前だけはわかってくれると思ったんだが。残念だよ、レネ」


ジェレミーの言葉のすぐ後に扉の奥からやってきたのは“色”を失ったウェルトレク村の人々。


武器を持って扉の前に立ちはだかる。


この男は人の命を何だと思っているのだろうか?


「清阪殿、決して殺めてはなりません」


そんなこと言われても、僕も相手も素人ですよ?


ロベールのように器用なことできたら苦労しませんよ。


「ジェレミーのことはレネに任せましょう。我々は扉を開けてお嬢様を」


これは命を賭けた兄弟喧嘩。


ジョシュアとノーランがレネの援護に入り、僕とロベール、残りの兵士たちで村人たちと対峙する。


「兄さん、まだ間に合う。いますぐやめてくれ」


勢いよく突進したレネは槍を横にスイングさせるがジェレミーは容易たやすく盾で防ぐ。


すぐさま棍棒で反撃しようとするも機敏なレネが躱し、少し距離を置いて突きを続けるもなかなか鎧を貫けない。


徐々に距離を縮めていくジェレミーに圧倒されていくレネ。


「次期団長候補して期待されていたのにあの事件以降左遷されたまま、気づけば弟にも抜かれて、俺の人生は一体何だったんだろうな」


憎しみの感情で押し寄せる兄の顔には悲哀が籠っていた。


昔から線の細かったレネは主流の剣や弓ではなくリーチの長い槍を武器にすることで人の上に立つことができた。


自分に見合った戦い方を教えてくれた人は他でもない兄のジェレミーだった。


「兄さん、いつから棍棒なんてマイナーなものを持つようになった?」


一定の距離を保ちつつ隙をうかがうレネ。


「剣は何かと管理が面倒でね。俺にはこのモルゲンシュテルンがちょうど良いんだよ」


レネの突きを盾で防ぎながらさらに距離を縮めていく。


棍棒といっても原始人が持っているようなものではなく、くさりの先の球体に無数のとげがある鋭利なもの。


ジェレミーの大きな身体と合わさればまさに鬼に金棒。


その辺の扉や壁など意図も容易く破壊できるだろう。


一方の僕たちは一向に減らないモンスターちちと退治し続けるも、さすがの連戦で身体が悲鳴を上げている。


最初に投げた撒菱やロベールが天に放った大量の弓矢で数は減らせたが、体力を奪われ劣勢の状態になっている。


「もしかしてジェレミーを倒さない限り減らないんじゃ?」


「レネなら大丈夫です。わたくしたちはここを突破し、お嬢様を助けることに専念しましょう」


アットランダムに攻めるのではなく、扉に向かって中央突破していく。


気づけば扉の前まであと少しのところで来ていたが、合流した兵士たちは全員息絶えていた。


「少し離れていてください」


真剣な顔でロベールがこう言うと、深呼吸して剣を持ちながら独楽こまのように身体を回転させ旋風を巻き起こした。


近くにいた村人たちが一斉に吹き飛ばされ、道が切り開かれた。


「清阪殿、いまのうちに」


扉を開けようとすると、


「させねぇよ」


モルゲンシュテルンでレネたちを叩き飛ばすと、あるものをこちらに投げた。


この世界ではあまり知られていない爆薬に一瞬何が起こったのかわからず時が止まる。


おそらくコルベインから買った爆薬だろう。


デパイ村長からもらったイェグディエルの盾で間一髪防いだが、爆風で盾もろとも吹き飛ばされ、周囲の村人たちは爆発と同時に焼け焦げた。


起き上がって再度扉を開けようとすると、再び大きな爆発が起きた。


さっきよりも大きな爆発に背中が焼け焦げると思ったが、なぜか痛みはなかった。


振り向くと、僕を庇うようにロベールが盾となっていた。


爆発をもろに受けたロベールの鎧は壊れ、全身から血があふれ出ていた。


「ロベールさん‼︎」


その場に倒れ込むロベールを抱き抱えると、か細い声で、


「早く、お嬢様を」


「でも……」


「お嬢様、には、清阪殿が、必要、です……」


いや、ロベールも必要だよ。


絶対に失ってはいけない。


彼の持っていた剣を借りて一気に懐に入りジェレミーに斬りかかると、勢いに圧倒されたのか、モルゲンシュテルンを振ることもできないまま後退りしていく。

羽と足を斬り刻み動きを止めると、起き上がってきたレネが隙をついて背後からジェレミーの心臓付近に槍を突き刺した。


レネの目頭は熱くなっていて、その手は少し震えていた。


血を流しその場に倒れるとモンスターは消えていった。


「ロベールさんは僕が見る。早くシルフィを!」


急いで扉を開けるとそこには手足を縛られたシルフィがいた。


「カナタくん、どうしてここに?」


「説明は後。それより早くこっちへ」


縛られていた手足を解き、急いでロベールのもとへと戻る。


倒れている村人たちに驚いた表情でいたが、羽が焼け焦げ血まみれで意識を失っているロベールにひどく狼狽している。


「ロベール‼︎」


そう叫んだ後、僕とレネに向かって、


「これは一体どういうこと?」


あの勇ましいロベールがこんなボロボロになるなんて想像もしていなかっただろう。


もちろん僕もレネも同じだ。


経緯を説明すると、一瞬怒りの込み上げた表情を見せたが、すぐに冷静になりロベールの治療をはじめる。


「ミューズ神よ、力をお貸しください。チキツァー」


翳した両手から水色の光が放たれ、徐々に傷口が塞がっていくが、爆薬は思っていたより破壊力があり、ロベールの肺を傷つけていた。


「いや!ロベール、死んじゃいや!」


何度も何度もアーユスの力で治療するが意識が戻らない。


父親の代わりとしてずっと一緒にいてくれた彼女にとって、こんなかたちで別れを迎えるなんて考えたくないだろう。


「医療班は?」


「いま呼んでる」


僕の問いに答えたレネの声には焦りが見えた。


レネにとってもロベールは剣技だけでなく人としてのお手本だった。


「ロベール!ロベール‼︎」


ロベールの手を強く握りしめ、意識が戻るよう祈るシルフィをそっと見守ることしかできなかった。


ー離宮で葬式が行われた。


王族と近習、ジョシュアとノーランも参列している。


シルフィは泣いていなかった。


というより泪が枯れていた。


目元が真っ赤に腫れている。


ロベールが倒れたあの後、意識が戻ることはなかった。


彼とともに土に還すものを探しに部屋に入ると、「ちょっとロベールと二人きりにしてほしい」と言われ、扉の外で待っていた。


しばらくするとシルフィは泣き出した。


赤子のように大きな声でわんわんと泣いていた。


姿は見えなかったが、立っていられないほどに泪が溢れたのだろう。


一緒に街を歩き、色々と教えてくれたこの世界の父親と言ってもいい人。


修行に付き合ってくれたおかげで少し強くなれた。


皆が別れの挨拶をしているなか、レネの姿がない。


「イスカ、レネを見ていないか?」


「いらっしゃらないですね、お手洗いでしょうか?」


リリィやグリューンまでいるのに来ないなんて失礼なことはない。


僕は式を抜け出し捜すことにした。


少し離れた場所にある木の幹に腰かけながら、果てしなく広がる雲海をぼーっと眺めていた。


「ロベールさんの顔見なくていいのか?」


こちらを向くことなく悲壮に満ちた表情で口を開く。


「どんな顔すればいい?兄さんによって多くの人が亡くなった。多くの人が傷ついた。僕はロベールさんになんて声かければいい?」


いつもの強気なレネ副団長の面影は微塵もなく、レネ・レンストラ十五歳の少年の姿だった。


「兄さんは僕の憧れだった。強くて優しくて格好良くて。毎日口癖のように言ってたことがある。『レンストラのものとして生まれた以上、レーゲンス家に仕え、国民を守るのが定め。羽の色とか関係なく弱きものを助ける。それがレンストラ家だ』って。だから副団長になった。そしたら王都に戻せると思った。それなのに、兄さんは自身のプライドに負けた」


自分に戦いの基礎を教えてくれた師匠と実の兄、同時に家族を二人も失ったのだ。


辛い気持ちはわかる。


でも、別れの挨拶をしなければ絶対に後悔する。


僕もじいちゃんが天国に行く顔を見たことで辛くても生きようと心に決めることができた。


人は死から逃れることはできない。


どんなに金持ちでもどんなに愛されていても。


「ロベールさん、いま幸せだと思うぞ。こんなにも悲しんでくれる人がいるんだから」


レネはいままで抑えていた感情が爆発したように崩れながら泣いた。


それを見て僕も泣きそうになったけれど、ここでどっちも泣いたらロベールに笑われそうだからレネが泣き止むのを待って別れの挨拶に行く。


墓の前には三人の人がロベールを囲んでいた。


目が合うと、


「あなたが噂の地上人ですね」


「生前は父がお世話になりました」


「父と仲良くしていただきありがとうございます」


この人たちがロベールの子供たちだということはすぐにわかった。


優しい口調や目元がそっくりだ。


一緒に歩いた日やスパルタの修行をしてもらったこと、いつもシルフィのそばで守り役として支えてくれた。


出会ってから日は浅いがたくさんのことを思い出すと、堪えていた感情が溢れ出てきた。


成長した子供たちと、強くなった『娘』に看取られてロベールは旅立った。



デモ活動中に捕えられたと思われていたウィグロ人たちは拷問や処刑されたのではなく、彼らを治すために特別な部屋に連れて行き治療を受けているそうだ。


詳しいことはわからないけれど、いずれ正常な状態に戻るらしい。


万能薬という名の洗脳薬や爆薬を作らせていたコルベインとそれを使って生き物を操り建国を目論んでいたジェレミーが手を結んでいたが、今回の件で二人の野望が打ち砕かれたことで騒動は収まった。


ジェレミーは意識が戻り次第なにかしらの罰を受けるだろう。

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