第三章 西側にて〜内部ゲバルト〜

3-1

「特訓ですか?」


突然の提案に普段冷静なロベールも驚きを隠せないでいるが無理もない。


僕が剣技大会に出たいと申し出たからだ。


以前レネと酒場で会話していたときに言われたことを思い出した。


「人類は昔から獲物を狩ることで生きながらえてきた。すなわち、狩りができないやつは家族を養うことができない。モテたいなら、好きな人を守りたいなら強くならなきゃいけないんだ」


十五歳の青年の言葉が的を射ていて正直ぐぅの音も出なかった。


なぜ金持ちの男がモテるのか?


それは大切な人を養うだけの能力があるから。


そしてお金に予約のある人は余裕ができるから。


優しいだけじゃ、面白いだけじゃ守りきることはできない。


とくに戦火の中では心身ともに強くないといけないのだ。


これ以上彼女に能力を使わせてしまい、最悪の結果となってしまえば僕は必ず後悔する。


だからシルフィを守るだけの『力』が必要なのだ。


レネに言われたことは悔しいが認めざるを得なかった。


ここのところシルフィはたまに魂の抜けたような表情をしたり、急に身体が痛いと言い出して一日中寝ているときがあり、それを見ているのが辛い。


ハロルド戦のときもコルベインとの戦いのときも何もできなかった自分が悔しくてならない。


だからロベールに特訓を依頼することにしたのだが、そのことをすぐに後悔した。


普段の紳士的な姿からは想像もつかないほどのスパルタ教育。


図太い丸太を持って素振り千回の直後に腕立て、腹筋、背筋、スクワット百回を三セット。


これを毎日続けた。


記憶がないほどに時間が経ち、崩れるように眠り、筋肉バキバキデーを乗り越えるとあっという間に二週間が経った。


特訓前は重たくてまともに振れなかった剣もなんとか片手で振れるようになり、破壊された小さな丸いバックラーは鉄製の盾にランクアップした。


それでも見た目の格好良い青銅の盾は重くて持てなかった。


三ヶ月間に及ぶ特訓を終えると、いつもの優しいロベールに戻っていたが、僕には天使と悪魔くらい別人に見えてならなかった。



ヘメリア剣術大会当日。


僕は十代の部にエントリーした。


この大会に出場条件はない。


兵士だろうと農民だろうと参加することができる。


もちろん『羽なし』の僕も例外ではない。


ルールは至ってシンプル。


三分間の間にステージから落ちるもしくは戦闘不能になること。


武器を捨てて両手を挙げればリタイア扱いとされ敗北が決まる。


しかし、息の根を止めた場合には無条件で処刑される。


もし三分間で決着がつかなかった場合、観客の拍手の数の多さで決まる。


今年の参加者は多かったが、先の戦いでソルニア兵だけは人数制限された。


賛否が飛び交ったが無理もない。


参加者の待合室にトーナメント表が貼り出されるとざわついた。


優勝候補といわれているレネとソルニア兵の次期団長候補の少年くんはフィルマン兄弟のことを崇拝していたが、二人とも先の戦いでリリィとレネにつけられた傷が治らずいまだ重症。


レネに対する復讐心は強く、相当な戦いになることが予想された。


それにしてもレネは色々な意味で同性から敵対視されやすい。


これもイケメンとして生まれてきたもののカルマなのだろうか?


非モテ組の僕には知るよしもない話だが。


「久しぶりだね、カナタ」


ステージ上でジョシュアが微笑みながら再会を楽しんでいる。


彼もノーランと一緒に大会に参加していたのだ。


二人の強さはソルニアのときに十二分に感じていた。


あのハロルドというヘメリアで一番屈強な相手とやり合ったのだから。


初戦からジョシュアが相手なんて勝ち目は極薄というより皆無に等しい。


「カナタとここで力比べできるなんてね」


「僕はこの出来レースを受け入れてないけどな」


冗談めいて言ったがほぼ本音だった。


この十代の部はソルニアの次期団長候補の少年くん、レネ、ジョシュア、そしてノーランの四人が優勝候補。


「はじめから諦めるのはよくないよ。どんなに強い相手でも必ず隙はある。本当に強い人は『精神力』が違うからね」


諦めているわけではない。どんな人間も必ず隙がある。


シルフィに良いところを見せるため、彼女を守る強さを手に入れるためには強い相手と戦うことが効果的なのも知っている。


だから必ず勝ちに行く。


「カナタとの戦い、楽しみにしてたんだ。さぁ、行くよ」


背中の矢を取り、弓を構えながらそう言うジョシュアは余裕綽々しゃくしゃくの表情だった。


無駄のない動きに隙なんて一つも見えなかった。


開始音と同時に盾を構えてジョシュアに突進する。


しかし、付け焼き刃だったことはわかっていた。


連日の筋肉痛と多くの人から注目されている緊張感で身体が思うように動かない。


ジョシュアの正確無比な連射に一歩も近づけず後退りしていく。


戦闘不能にまではならずとも、ステージの外に追いやられるかタイムオーバーになって判定負けは見えていた。


一方的な展開に客席から野次やじが飛ぶ。


『おい、地上人。どうした?』


『ディアボロスの子って噂は嘘か?』


『黒い十字架でカラスを召喚してみろよ』


『まだ一回も攻撃してねぇじゃんか』


『時間返せ』


痛くなる耳と心臓を抑えながらもジョシュアに立ち向かう。


弓矢を射るまでには多少なりとも時間を要する。


その隙を狙う。


それはわかっていたが、近づこうにも近づけない。


ジョシュアの射るスピードが早すぎるのだ。


やっぱり打つ手がない。


どうにかして近づかないとあっという間に時間が経過してしまう。


「カナタ、諦めたらそこで試合終了だよ」


どこかで聞いたことのある言葉だったがそれを思い出す余裕などない。


とにかく距離を縮めてふところに入らないと。


一頻しとしきりの連射を終え、新しい矢を背中から抜き取るその瞬間、持っていた剣と盾を上空に放り投げた。


突如奇行に走った僕の行動に一瞬会場の時が止まる。


それは目の前にいるジョシュアも同じだった。


上空を見上げ、手が止まった隙にポケットにしまっていた手裏剣をジョシュアに向かって連投する。


足首や太もも、腕に刺さると、ジョシュアはその場に崩れた。


いつもクールなドレッドノートのリーダーも初めて見た飛び道具に驚きを隠しきれていない様子だった。


会場は何が起きたのかわからず静まり返っている。


痛みを堪えながらゆっくり立ち上がろうとしている隙に一気に距離を縮め、股間を蹴ると、苦しそうにその場にうずくまもだえた。


宙に浮いていた剣と盾を取り、ジョシュアに剣先を向けたタイミングで三分が経過しタイムアウト。


かっこよさゼロで勝利した。


一部の観客からは「卑怯な手使ってんじゃねぇ」とか「ちゃんと戦え」などと非難を浴びたが、勝ちは勝ちだ。


ジョシュアのもとに歩み寄り、ごめんと言いながら手を差し伸べて身体を起こす。


「見事にやられたよ。強いね」


男の大事な場所を蹴られても紳士的な態度のジョシュアを見て、尊敬と嫉妬の両方の感情が湧いた。


この人がリーダーになった理由がわかる気がする。


「でも対戦相手が僕で良かったね。これがレネやノーランだったらどうなっていたかわからないよ」


ジョシュアの言う通りだ。


レネやノーランに同じことをしていたら半殺しにされていただろう。


「それにしてもさっきの飛び道具は一体?」


「母国に伝わる『忍術』というものだよ、ジョシュアくん」


かけてもいない眼鏡のブリッジを指で押し上げるフリをして偉ぶってみる。


日本人であることを誇りに思いながら二回戦でも忍術を駆使して勝利した。



三回戦。


「順調じゃんか、カナタ」


「ノーランと戦えるなんて光栄という言葉しか浮かばないよ」


嫌味ったらしく言って強がったものの、今度こそ負け戦。


ここに来るまでで二度も忍術を見せてしまい、手の内を明かしてしまったが、彼に勝つには正直これしかない。


しかし、それでも良いのだ。


どんなかたちであれ、強い相手に勝つということが自分に自信をもつために必要なこと。すなわちこれがシルフィを守るための力となる。


ステージ上で僕の名前がアナウンスされると、一回戦、二回戦のときよりもさらにブーイングが増している。


『卑怯者』とか、『帰れ』とか、『詐欺師』とかめちゃくちゃなことを言われている。


ある意味相手をあざむくのが忍術なんだけれど。


ノーランは大剣を扱っているのに隙がほとんどない。

大きく振りかぶっているのに無駄がない。


まるでナイフのように軽々と扱ってみせる。


それでいて力が弱まることがない。


腕力だけでいえばジョシュアやレネよりも勝っているから下手に近づくことはできない。


「悪いが俺は優勝狙ってるんでね」


自信と決意に満ちたノーランの目は真剣だった。


ノーランはなぜかレネをライバル視している。


理由はわからないが、きっとノーランとイケメンが嫌いなのだろうと勝手に決めつけた。


肉弾戦で勝てる見込みはほぼない。


だから一定の距離を保って攻めることにした。


開始音と同時にノーランの足元目掛けてダメ元で撒菱まきびしを放ったが、見事に躱された。


それもそのはず。


二回戦で撒菱を放って度肝どぎもを抜いてやったのだから。


この世界の人たちが忍術を知っているはずもないが、同じ手が何度も通用するほど相手は弱くない。


羽を広げたノーランは空を飛んだのだ。


「おい、ずりぃぞ」


「どの口が言ってんだよ」


ジョシュアも二回戦の相手も僕のことを舐めていたわけではないだろうが、空から攻めてくることはしなかった。


上空から半笑いでツッコミを入れられ、そのまま僕の上半身目掛けて剣を向け突進してくる。


「マジかよ」


思わず声が出るほどに早く、そのスピードは上空から海中にいる魚を捕まえる鳥のようだった。


仮に盾で防げたとしても、吹き飛ばされてステージから落ちてしまうかもしれない。かと言って、いまから躱すには時間が足りない。


まずい、何も閃かない。


経験値が圧倒力に足りてない。


そもそもド素人が三回戦まで来られたことが奇跡と呼べる。


会場の空気は完全にノーラン。


ハヤブサのようなノーランの勢いは増していく一方。


どうする清阪 奏達。考えろ。


剣を地面に突き刺し、盾を前に出したまま中腰になってふぅーっと深呼吸をしてガードの体制に入る。


ほんの数秒の出来事だった。


持っていた盾をノーランに向けて投げると、上空で盾を貫き、そのまま地面に埋まっていった。


勢いからして剣が盾を貫通することや、急に方向転換できないことも予測できた。


大会用に用意した木製の盾で臨んで良かった。


だから盾を投げた直後に上半身をマトリックスやイナバウアーのようにして攻撃を避け、そのままノーランの背後に回り込み、お尻に二本の指を突き刺した。


はじめてされるカンチョーに聞いたことのない悲鳴をあげるノーランに申し訳ないという感情よりも面白い感情が勝ってしまい、腹をかかえて笑った。


その姿に会場からはどよめきが広がっている。


カンチョーなんていまどきしている人はいないし、ましてやこの世界では誰も知らない。


悶絶して起き上がれないノーランを抱え、そっとステージ下に置いた。


内容はどうであれ静かな勝利を収めた。


「おい、カナタ。一体何をした?」


よくぞ訊いてくれたと言わんばかりに僕は腰に両手を当て、


「我が国に伝わる伝統芸能『カンチョー』だよ、ノーランくん」


またもかけていない眼鏡のフレームを押し上げる仕草をしてみせた。


日本のみなさん、なんかすんません。



まさかのベスト4進出に、いままでブーイング一色だった会場の雰囲気が変わった。


しかし、準決勝の相手は僕の永遠のライバル(自称)レネ。


レネは初戦で優勝候補の一人であるソルニア帝国次期団長候補の少年くんをあっさりと倒し、その後も傷一つつけられることなくここまでやってきた。


一方の僕はほぼ捨て身の状態。


シルフィが見ている手前、こいつにだけは負けたくないと思いつつも何の策も浮かばない。


一番勝ちたい相手を前に体温が上昇する。


レネがステージに上がると、黄色い声援が湧き上がる。


『レネ様、素敵!』


『なんてお美しいのでしょう』


『意中の方はいらっしゃるのかしら』


僕の背後から聞こえてくる黄色い声援という名のノイズにさらに体温が上昇する。


「よくここまできたな」


僕を見下ろしながら挑発するレネ。


「お前だけは許さんぞ」


年下にナメられるなんて屈辱以外の何者でもない。


ましてやこんなアイドルみたいな男にシルフィを渡せば僕の存在価値は消滅したに等しい。


「何をそんなに殺気立ってるんだ?冷静さがなければ僕には勝てないよ」


余裕をぶっこいているレネをぎゃふんと言わせたいと思いつつも手の内はほぼ見せてしまった。


一人だけ違う戦い方をする僕の噂は一気に広がってしまったため同じ手はもう使えない。


となると真っ向勝負するしかない。


開始音が鳴る。


しかし、レネは一向に動こうとしない。


一瞬呆気に取られたがこれが挑発だと察した。


「どうした?怖気おじけづいたか?」


僕の挑発に乗ることなく槍を地面に突き刺したまま腕を組み、戦う姿を見せないレネ。


少しして、手の甲をこちらに向け指を曲げてカモンと挑発し返してきた。


バカにされたものだ。


しかし、レネの狙いはわかっている。


僕を挑発して冷静さを失わせること。


空を飛ばれたら厄介やっかいなので槍を持つまでゆっくりと近づく。


しかし、一向に戦う様子を見せない態度に痺れを切らし、走りながら斬りかかると槍で弾かれた。


剣がステージの外に放り出される。


「これで丸裸だな」


勝ち誇るレネ。


万事休す。という演技をした後、忍ばせていたクナイで斬りかかる。


しかし、リーチが足りなかった。


「おっと、危ない」


後ろに避けながら、


「どんだけ忍ばせてんだよ」


槍の矛先をこちらに向ける。


せっかく近づいたのに簡単に距離を保たれてしまった。


レネの使うリーチの長い槍に振り回され、避けるのがやっとだった。


吹き矢を出す余裕もなく、どんどん押し込まれる。


空を飛ばずとも倒せると思われていることが悔しかったが策がない。


槍をクナイで必死に弾きながらもずるずると後退していくと、一瞬レネが笑ったように見えた。


次の瞬間、視界が変わった。


ステージから落とされていたのだ。


一撃もヒットさせることなく負けた。


めちゃくちゃ悔しかった。


強いことはわかっていてもレネに負けるのだけはなんだか嫌な気分になる。


レネはそのまま優勝した。


ダークホースとしてこの大会を掻き回した僕だったが、レネに負けたこと=シルフィを取られる気がしてならなかった。


「カナタは一体何者なんだ?」


真正面から対峙することこそ兵士としての戦い方。僕のように色々なものを隠し持って戦うことは邪道極まりないのだろうけれど、結果的に四位に終わったことで小馬鹿にできなかったのかもしれない。


「実は……」


トロープンベラハでディアボロスの子になりきり、命懸けのボランティアをするときの条件の一つとして、イーリスに忍者道具のことを説明してスティネイザーの鉱石で作ってもらっていたのだ。


忍者というものを理解してくれたのかどうかはわからないが。


「というわけで、ただの地上人だよ」


本当はもう少しひねった言い方をしてみようかと思ったが、スベる気がしてならなかったのでやめた。


「でも以前より強くなったよ。なんて言うか、自信に満ちている感じでなかなか隙がなかった」


「ハロルドとの戦いのときは足手まといも良いところだったけどな」


ノーランはジョシュアのように優しい言い方ができないもんかね。


どうしてこうも嫌味を言えるのだ?


自分でも以前より強くなった実感はあったが、

結果的にレネに負けた。


試合後にシルフィが声をかけてくれたが、なんだか気まずくてまともに顔を見られなかった。


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