第26話 離陸

 飛行船の修理は順調で、母の設計図の通りにゴムと呼ばれる材質の袋を膨らませて、滑車のついた木材に固定した。


 ゴム袋の空気は浮揚レビテーションをかけて、飛行船全体を浮上させるらしい。


 プロペラは操縦桿と連動しており、飛行船の進む方向を決める。動力室もチェック済みで、プロペラも風力エアーを使ってタービンを動かしてみた。故障もなく、順調に動くプロペラ。そこまで確認して屋敷に帰った。


 夜、寝ていると部屋の扉を叩く音で目が覚めた。

 扉を開けるとジョゼフ爺さんが息を切らして、青白い顔をしている。


「た、大変じゃ! 今さっき、緑水街に帝国兵が現れたと電文がきた!」

「まさか……こんなところまで……!」


 辺境の遠くまで、わざわざ帝国兵が追ってきたのか。


「しかも、追ってきたのは、デウロン将軍じゃ!!」


 デウロンは俺たちがフォーロンへ向かうことを予想していた。確証がなければこんな辺境に来れるはずがない。それとも、長年の戦で得た勘というやつか。いや、ただの脳筋だからかな……。


「ジョゼフ爺さん、俺は飛行船で逃げます」

「行くんじゃな、マリアの導きの地に」

「敵地に何があるかわからないが、共和国のホーンに向かう」


 ジョゼフ爺さんは頷くと、持っていた箱を差し出した。


「送信機をもっていきなさい。マリアも持って行っていた。これは電文を送ることしかできないが、もしやホーンの地に受信塔があるのやもしれん。帝国の情勢は、わしが毎朝電文で送信する。フェア殿も何かあれば送ってくだされ」

「助かります」


 俺は今までお世話になったことを感謝すると、屋敷を出た。

 すでに緑水街から松明の火が微かに見える。デウロンの隊列がこちらに向かってきていた。


 丘を下り、急いで洞窟のなかに入った。出番を待つように飛行船は浮いており、いまにも飛び立ちそうだ。


 係留用の全てのロープを解き終えると、ゴンドラのなかに入った。


「『浮揚レビテーション』」


 操縦席からちょうど上にゴム袋を視認するための窓がある。そのゴム袋に強く浮揚レビテーションをかけた。

 ゴム袋を抱く大きな肋骨のような木材が軋む。

 飛行船は一度も飛ばしていない。

 だが、いまの浮遊力ならいけるはずだ。


 レバーを最大限に引くと、ゴム袋が前方に移動して、飛行船の頭が上がる。


「『風力エアー!』」


 プロペラが回り、飛行船が推進力を得る。

 操縦席の窓から月が見えた。

 滝の水が飛行船に当たり、轟音が飛行船内を揺らし、水飛沫が窓につく。


 急激な上昇で俺は操縦桿につまかまりながら耐えた。


「キャーッ!」


 と、後方の客室から女性の声が聞こえた。


「まさか……」


 誰か乗っている……⁉︎


 しかしそれどころではない。洞窟をなんとか出ると、森の木々の合間から、松明の明かりが微かに見えた。誰かが一人、洞窟の穴の淵に立っている。


 まさかデウロンか?

 しかし、滝の上流に立っていたのはルルカだった。

 収穫祭の美しい服を着て、松明を振っている。

 最後の別れのために駆け付けたのだろう。裸足で崖の岩に立っていた。


 ルルカなら故郷を守ってくれるだろう。ジョゼフ爺さんも、みな大切な家族だ。必ず戻ってくるさ。

 

 飛行船の高度を上げると、どんどんフォーロンの屋敷が小さくなる。

 ルルカの光も、緑水街ニジラスも。

 全部が、青く霞がかって大地の一部になり、区別できなくなった。


 レバーを中間に戻すと、ガラガラと滑車が回り、ゴム袋が飛空艇の中心に来る。


「すごい……ほんとうに浮いている」


 夜の雲に突入すれば、キリのような雨が操縦室の窓を濡らした。

 高度計を確認しながら、浮揚レビテーションの力を上げていく。


「これぐらい上がれば大丈夫だろう」


 そうして、操縦桿を固定して客室に移動した。


「マトビア! いるんだろ!!」

「あら、やっとお気づきになられましたか?」


 客室にある荷物部屋からマトビアがいそいそと出て来た。髪が乱れていて、心なしか目が回っているように見える。服の襟がひっくり返って、靴が片方脱げていた。


「スピカもいるんじゃないか!!」


 マトビアの次に荷物部屋から中腰でこっそりと出て来て、部屋の隅にさっと隠れた。


「見えてるぞ」

「申し訳ございませんフェア様。マトビア様たっての願いでしたので……」


 ほんとうにマトビアのためなら、暗殺でもしかねないんじゃないか。


「お兄様、こういってはなんですが、脇があますぎです。初日のランチのときにジョゼフ様が、書斎に秘密アリとした時点で、私がスピカを書斎に張り込ませるのは当然でしょう」


 得意顔で種明かしをするマトビアだが、元来の運動神経のなさで、いまだに足元はフラフラしている。


「書斎で映し出した地図を盗み見していたのはスピカか?」

「はい。フェア様に気付かれたので猛ダッシュして逃げました。そして逆にフェア様を尾行して、この飛行船まで辿り着きました」


 すごいな……スピカは本当に暗殺者の素質があるんじゃないか。全然気づかなかった。


「そのあとは、岩を持ち上げれば秘密の道に入れることを知り、このように忍び込めたわけでございます」

「え、あの岩を魔法無しで持ち上げたのか……?」

「はい」


 はい、じゃなくて……。たぶん母は、あの岩を持ち上げられるのは魔法の導きがある俺しか開けれないと考えて、仕込んだものだったはずだが……。

 母の予想まで超えてくるのか。


───

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