■月星歴一五四三年十一月⑮〈会議〉
ネウルスを伴い会議室に現れた『王』に、二種類の感嘆の声がに漏れた。
起立して礼を取る面々を座らせると、ネウルスは釘を刺す。
「『陛下』はまだ本調子ではありません。皆様、手短かにお願いします」
部屋の灯りは通常より控えめにされている。
上座に近い方から、軍部の
ヴェスト、向かいには十六夜隊隊長のウィル。ヴェストの隣には問題の街の担当者であるオスト、スール、ノルテ、カームと続く。
ウィルの横には弓月隊からタウロ、新月隊隊長のノイと並ぶ。
「先ずは私から説明します」
状況を知っているヴェストが、他の五大公が口を開く前に『王』への注意を遮った。
「橙楓星が提示した期限は今月中。月星の勝利条件は砦の奪還です」
「具体的には、何処迄すれば奪還になりますか?」
ネウルスが問いかける形で確認を促す。
「月星の国旗を砦に掲げることですね」
視線を受けて、現場を見ているオストが引き継いだ。
「砦には現在橙楓星の旗が掲げられています」
ネウルスは頷き、視線をヴェストに戻す。
「作戦を説明お願いします」
「砦奪還は弓月隊と新月隊を軸に展開します」
ヴェストはざっくりと概要を説明する。
「攻撃に特化している弓月隊が注意を引いてるうちに、奇襲を得意とする新月隊が攻め入る形です」
「街の防衛は我ら十六夜にお任せください」
ウィルがヴェストの言葉を繋いだ。
「因みに、砦への侵入経路は判明したのかな?」
『王』が尋ねた。
砦の外側に櫓を組み立てるだけの広さは無い。当然のことながら、梯子が届く高さではない。
「外壁を登ったようです。石垣の隙間に指をかけて、指だけの握力で登りきったみたいですよ」
「またしても壁か」
橙楓星の人間は、とことん壁登りが好きらしい。
「今後はネズミ返しでも付けて対策せんとな」
「ネズミ返し?」
「石垣に反りをつけておくんだ。一見登れそうに見えるが案外難しい。もう出来たものに後から組むのは困難だから、その場合は、迫り出すように一枚板を噛ませてやるだけでも違う……」
「『陛下』」
ネウルスがこほんと咳払いをする。
「今話す事ではなかったな。アトラスが纏めた資料に書かれているから、あとで検めると良い」
つい、好奇心を優先してしまった。見なくとも、隣にいるネウルスが呆れているのが判る。
「砦というのはーー今回は破られたわけだが、本来外からの攻撃を想定しており、内側からを想定していない。ノルテ殿、敵はどう護ると思う?」
『王』は建物の構造に詳しいノルテに振った。
「扉はもちろん死守。妥当なところで、上から弓矢で狙い撃ちますかね。油などを撒いて壁は登れないようにするでしょう」
ただの油ならまだいい。煮えた油ならたまらない。糞尿など衛生的でないものを撒かれることもある。
「馬防柵の設置は確認されてますし、歩いて行くしか無いですね」
そもそも建造物攻略に、馬は適切ではない。馬防柵は櫓対策と見るべきだろう。柵が邪魔で運ぶことが出来ない。
「櫓は作らせてはいる?」
「一応は」
「ヴェストさま、どう仕掛けますか?」
ネウルスが問う。
「砦の上の弓隊は櫓から狙うとして、攻撃は大盾で矢を防ぎながら、人海戦術でへばりつくしかないでしょう」
「煙で燻し出す手もありますが、何にせよ穴を空けねばなりません」
新月隊のノイが述べた穴とは侵入口を示していただろう。
「穴、か……」
『王』は呟くと暫し考え込み、やがてぽつりと零した。
「いっそ、壊すか……」
「は……?」
一同一様に、何を言われたの解らないという顔をした。
「図面はこちらにある。壊しても修復可能な場所と一から作り直さねばならない場所の区別はつくだろう。投石機で壁を壊して丸裸にしてやる。そこを弓で狙う」
ネウルスすらぽかんとした顔。眉間に皺が寄るのが通常の男の、こんな顔はなかな貴重である。
「可能か?」
「と、投石機の用意はしておりますが……壊す?」
『王』はタウロとノイを視界に入れて続けた。
「向こうは籠城と近接を想定している。しかも毒を使うような連中だ。弓月と新月は精鋭部隊だ、そんなことで喪いたくない」
タウロの口が「たいちょう……」と動いた。
「投石機の弾道を一点集中出来れば、壊すことは可能でしょう」
いち早く我に返ったノルテが応じた。
「計算します」
スールがペンを走らせ始める。
旗を挿げ替えるだけなら、実はもう一つ手がある。
だが、その手段を使える者が今、月星には『いない』。
人物紹介はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093079405183440
ネスミ返し→正しくは武者返し
ですが武者という言葉を使うのはどうかと思いネズミ返しにしてあります。
まあ、影武者という言葉をすでに使っているのですけどね。
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