■月星歴一五四三年十一月⑨〈纏う色〉
「それで?諸君らは私に何を求める?」
アトラスは問いかける。
「勿論、アウルム陛下の代わりに陣頭指揮を摂っていただきたく……」
口を開いたのは軍部のヴェスト。
「そんなことは解っている。私は何色を纏えば良い?」
アトラスは立場によって装束の色が変わる。
柔らかい口調だった分、問われた方は却って鋭いナイフで抉られたような顔をした。
「私はどの立場でそれを為せば良いかと聞いている」
アトラスはゆっくりと全員の顔を見廻した。
「タビスか?」
タウロが痛ましい顔をした。
アトラスが、タビスの名において何かを為すのを嫌っているのを、かつての副官は知っている。
しかし、タビスがいるから負けない。タビスがいるから女神の加護もうけられると、必然的に士気も上がるのもまた事実。
アウルムが出てこなくても、士気が上がるからタビスを担ぎだしたという言い訳が通る。アウルムが倒れたことを隠すことも出来よう。
「王子?」
王子として指揮をとるなら、王の名代という立場になる。
アトラスはタビスという象徴的要素だけではなく、月星一の剣士といわれるだけの剣の腕前、攻撃を要とする弓月の騎士団を率いられるだけの技量と統率力、内戦を終結させたという前歴もある。
だが、この場合アウルムが出てこられないことを悟らせる意味を含む。
手柄はすべて王のものにしなければならない。支持は王に集中しなければならない。
だが、肝心な時に出てこられない王を前に、民衆がどっちつかずになる可能性がある。
「王弟か?」
アウルムが出てこられない部分は同じだが、名代ではない。後継者の意味合いが強くなる。アウルムを諦めて、次期王として振る舞うということを意味していた。
これは王を護れなかった者達への痛烈な批判である。
アトラスにしては意地の悪い問い方である。
後にタウロが零した言によれば、「隊長、滅茶滅茶怒っていましたよ。部屋の温度が下がるのが判りましたもの」とのこと。
張り詰めた空気の中、果敢に口を開いたのはネウルスだった。
「恐れながら、アウルム様として立っていただきたい」
「兄上として?」
アトラスは射抜くような視線をネウルスに向けた。
「アトラス様と陛下は、御顔の造形はよく似ていらっしゃいます。体格も近い。髪の色を陛下に似せていただければ、遠目からは判らないでしょう」
「なるほど。影武者、という訳か」
アトラスの口元に物騒な笑みが浮かぶ。
「面白い」
「しかし、それではアトラス様の名誉に傷がつきます」
そんな叫びが複数上がった。
人は言うだろう。
月星のタビスのくせに、外国に引きこもり、いざという時でさえ傷に倒れたと。王の弟なら、兄の危機には真っ先に駆けつけるのが筋というものだろうと。月星の状況が悪化するようなことがあったら、不安、猜疑の丁度いい矛先として、アトラスに白羽の矢を立てるのは間違いない。
だが、アトラスは首を振った。
「ネウルスは正しい。名誉?そんなもの犬にでも食わせてしまえ」
「だからといって、アトラス様が貶められることは同義では無いはずです」
反対する一人は間違いなくウィルだった。曖昧にした部分が断定になることが許せないらしい。
暫く思案顔になったアトラス。
「城にヴァルムはいるか?」
「居ります。いつでも動けるよう待機しています」
「なら、後で竜護星から預かってきたとこれを持って来させろ。それで、最低限の名誉とやらは守れるはずだ」
アトラスは机の上に自身の剣を置いた。
初陣の時に先代の王から賜った、彼のために月星屈指の名工によって鍛えられた剣である。
反対していた者も、示された意図を悟って息を呑む。
『自分は共に行けないけれど、この剣と共にあなたのそばに居ます』と、ちょっとしたプロポーズの台詞のようだが、最高の宣旨である。
剣は自分の命を守るものである。己の分身といっていい。その剣を預けるということは、命を預ける事に等しい。
共に行けない自分に代わって剣を託す意味は重い。
「軍部は現状の詳細と作戦案をまとめておけ」
ヴェストは神妙に頷く。
「宰相は内政の方はお任せします」
アルムは顔色を変えずに了承する。
「ネウルス、言い出したからには、明日迄に私の身形をどうにかしろ」
初めからそのつもりだったのだろう、ネウルスは既に手配済みという顔をしている。
「それからハイネ、ちょっと来い」
アトラスは会議室を出て、ハイネを手近な部屋にひっぱり込んだ。
人物紹介はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093079405183440
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