□月星歴一五三六年ニ月⑦〈真相〉

 夕食後、アウルムはアセルスに呼びだされた部屋で、給仕も護衛も下げてまったくの二人きりで珍しく酒を飲み交わすこととなった。


「お前も二十歳になる。そろそろ譲ろうと思うのだ」


 唐突に言われた言葉。

 否が応でも神殿での密談が思い出される。


 試されているとアウルムは思った。YESとは言ってはいけないと判断する。


「軍事に割いていた分をやっと内政に向けられるのです。これからが父上の腕の見せ所でしょうに」

 事後処理は山積み。いきなり引退を宣言されても困ると微笑って返す。

 だがアセルスはもう決めたとばかりの口調。

「わしは戦いしか知らぬ。平時の治世はお前の役目だ。さっさと譲って楽隠居させてもらう」

「では、終わらせてくれたアトラスに大いに感謝せねばなりませんね」


 アウルムの口調は冗談交じりだったが、アセルスの眦に険が交じる。

「アウルム、あれを懇意にするのはやめなさい」

 そこは手を取り合って、国に尽くせとか言う場面だろう。

 敢えて振ってみたとはいえ、意外にも真剣な口調にアウルムは面食らう。


 王は気づいた風もなくグラスの酒を飲み干しポツリとこぼした。

「しかし、本当にタビスが終わらせるとは……」

「予言がそれだけ正しかったということでしょう?」

「竜護星の王女、セルヴァと言ったか。王女の未来視さきみで告げられたのはタビスが勝敗の鍵ということ。今思えば、タビスを保有している方が勝つとは一言も言っていなかった」

 アセルスはため息混じりに、手酌で酒を注ぐ。

「ライネスはそれに気付いたのだな。確かに我らの手元にはタビスが居り、それ故負けるはずはないと、兵の希望になっていた。士気の向上に一役かっていた」

 だが、ジェイドの王ライネスは諸刃の剣になりうると踏んだ。

 故に戦場で、一騎討ちを所望する一方的な異例の通告を送りつけてきた。


「一見タビスが勝ちさえすれば我らの勝ちと、あちらに不利な条件のように見えた。だが、応じなければタビスは偽者だと触れまわり、その価値を下げるつもりだったのだろう」

 応じなくとも、『今は機では無いという女神のご判断だった』と回避することはできた。

 しかし、兵達、民には一抹の疑心は芽生る。


 結果、アトラスは応じた。

 応じた時点で、ライネスの思惑通りだった訳だ。


「どうしてです?」

 アウルムは理解できないというていで尋ねる。

 アセルス相手には使える程度に機転がきき、害にならない程度に愚かな振りで接しなければ危うい。


「どうしてって、タビスが負ければ、それは我らの負けを意味していたのだ。タビスが希望だったのは女神の加護があると信じているからだ。タビスが討たれれば、女神の加護が喪われたと人は解釈する。こちらは瓦解していただろう。我々の軍はタビスに頼りすぎていた」


 タビスに頼るように仕向けたのはアセルス自身だ。

 標的をアトラスに集めて、自身は後方の安全な所で戦局を眺めていたに過ぎないーーそう、アウルムは怒りを覚えるが、腹に留めて先を促した。


「あの男はタビスとは言え、たかだか一五歳の子供に負けるはずは無いという勝算があった。そして、実際アトラスには勝ち目は無かった」

「それほど一方的な感じはしませんでしたが」

「判らなかったか?あの王は楽しんでいた。周囲には辛くも受けているような演技すらしていた。技量はあちらの方が圧倒的に上だった。アトラスは振り回されていたのだよ」

「しかし、アトラスは勝ちました」

 だから終戦を迎えた。それが全ての筈だ。


「あれはアトラスが勝ったのでは無い。勝たせて貰ったのだ」

 やけに言い切るアセルス。

 酒のせいか、らしくなく饒舌である。

「相手も仮にも王を名乗る者ですよ?王が全てを投げ出して、そんな真似をしますか」

「ライネスは気付いたのだ。目の前に居るのが自分の息子だということに。そして愚かにも、殺せなくなったのだ」


「……なん、ですって?」

 アウルムは何を聞いたか一瞬解らなかった。

「本当に気付いてなかったのか?」

 意外という目でアセルスはアウルムを見やる。

「アトラスはジェイドの子孫ライネスの息子だ」

「そんな莫迦な。あの子は私にそっくりじゃありませんか」

「それが奇跡だったのだ。おかげで誰も疑問をもたずにすんだがな」

 何が面白いのか、アセルスはくくっと笑う。

「あちらの息子がタビスだったから手に入れた。タビスが勝敗の鍵。わしは手に入れさえすれば勝てると、当時は思っていた」


 一番目の届く場所ということで、息子とて育てた。

 たまたまあった、死産だった第二王子の戸籍にねじ込んだという。


「なんて、むごいことを……」

「まあ、辛い役目を押し付けたことになるな。まさか実の父親を手に掛けたと知ったら、あれはどうするかな」


 タビスは稀有な存在である。常に存在する訳ではない。

 当初は貴重なタビスが戦場に出ることを反対する声は多かった。

 だが、タビスがいるかいないかで士気が全く違う。実際にタビス自身が戦果をあげ続けた。

 いつしかタビスさえ居れば勝てるという風潮に変わって行った。

 だから最前線に立たせ続けたのだと思っていた。

 本人の血を吐く思いすら見ぬふりをして。流した血すら無かったことにして、怪我知らずのタビスという印象すら植え付けて。


 そもそも、アセルスは最初から本当に道具として見ていなかったわけだ。事実、大役を成した者を嘲笑する始末。


「まあ、結果的にはうまく転んだわけだから、後悔はしていない。……だが今後をあれの処遇はどうするべきか」


 アセルスは危惧していたことを言い出した。

 しかも、想定より条件が悪い。



――――――――――――――

【確かに言ったけれど……】

本編三章より

アウルムがアトラスに言った言葉です↓

「父上は仰った。お前には辛い役目を押し付けた。だが、後悔もしていないと」


【六章登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093077373506171

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