■月星暦一五四二年十月大祭後二日目②〈特産品〉

 時間があったら、とプロトには言ったのだが、予定とはままならないもので、まず初めにアキマン邸に向かうことになった。 


 城から滅多に出てこない宰相のアルムと城門の前で遭い、聞くと王からの親書をレイナに持っていくところだと言う。

 中身が想像つくだけに、同行することになった次第だ。


 レイナはアキマン邸の母屋で、ヴァルムとアウラと共にお茶を楽しんでいた。

 国から同行してきた女官や護衛には丸一日休暇を与えたという。

 初めて月星に来た者も多い。街に繰り出して、同僚への土産やら買い物を楽しんでいる筈だ。


 因みにハイネは朝早くからアリアンナに連れ出されたという。

ことなのか?」

 昨日の話題を思い出してレイナに問う。

「なのかしらね」

 ヴァルムに目をやると彼は首を傾げ、アウラは曖昧に微笑む。

 宰相は困ったようにふるふると首を振った。

「姫様の御心は、わたくしには計り知れません」

 言外に含むことがありすぎて、日頃のアリアンナの素行か伺い知れる。

「ところで、具体的には何が土産になるんだ?」

 案外当たり前と思っているものが珍しく需要がある、というのはこの国に於いても言える筈だ。王がアトラスに求めたことに繋がる。

 認識していない自国の良さは、伸ばせば強みになる。


「例えばそれ」

 レイナはお茶のお伴に出されていたお菓子を指差した。

「程良く甘くて、女官仲間に配るのに丁度良いそうよ」

 澱粉と砂糖で練ったものにナッツやドライフルーツ、薔薇などを入れて一口大に切り分けた弾力のある食感の菓子である。 

 月星では非常に一般的な菓子である

「なるほど。日保ちするし良いかもな」

 アトラスも執務の合間によく食べていた記憶がある。


「ナッツの蜂蜜漬けも好評ね。蜂蜜自体の味が違うのは花が違うからかしら?」

 竜護星の蜂蜜はもっと粘度が高く、甘味よりも薬の意味合いが強い使われ方をする。


「それから、絵皿が可愛いとはしゃいでいたわね。発色と柄が良いって」

 元々は女神の姿絵を描いて、お守り代わりに家に置いたのが始まりだった。

 そのうち花や猫といった身近な柄が描かれるようになり、装飾品としての意味合いが強くなった。


「自分用にはストールが軽くて好評の様よ。ちょっとお値段は張るけど暖かいと」

「羊ではなく山羊の、それも髭のみを使って織っているものですね。嵩張らず暖かいので重宝します」

 暖かな島国育ちのアウラの言葉は実感が籠もっている。

 言われていれば、この地方の山羊は毛が長い。特に髭の部分は柔らかく、一匹からの量も取れないので貴重となる。

 月星は乾燥して暑い気候と思われがちだが、朝晩は案外冷える。寒暖差がある為そういったちょっとした防寒具は必需品だったりする。


「あとは香草や香辛料。お食事は全般的に少し刺激的スパイシーで美味しいと。料理が得意な娘が再現できないか試すと意気込んでいるわ」

「それは調理法レシピを提供させましょう」

 宰相が請合う。

「いいのですか?」

 料理には秘伝に類するものも多い。経験と研鑽の賜物という献立もあるだろう。

「殿下が貴国で故郷の味をお望みだと言えば、料理長は喜んでまとめますとも」

「ありがとうございます」

 妙なところで権力の無駄遣い。アトラスは苦笑いで礼を言う。


「お前たちは何かないか?」

 ヴァルムとアウラにも訊いてみる。

「と言われても……」

 幼い頃から何度となく月星に訪れている二人は言葉につまる。

「そういえば、ヨーグルトを飲物にする発想が面白いと思いましたわ」

 アウラが記憶を辿って答えた。

「そういうものか」

 弓月隊でも訓練の後などによく飲んだ。ヨーグルトを水で薄め、蜂蜜などで味を整えるだけの単純シンプルなものだ。果汁や暑いときには塩を少し加えたりもする。


「そういえば、月星の人って薔薇好きだよね」

「それは私も思いました」

 ヴァルムが言えば、アウラも同意する。

 そのまま風呂に浮かべたり、乾燥させてポプリにしたり。香油にして髪や肌に使ったり、入浴時にお湯に落としたり。もちろん香水としても使う。

「薔薇の花弁がジャムにして食べられるものだとは思わなかったわ」

 これもお土産になると、レイナが呟く。

 あまりにも身近な薫りに、それは盲点だったかも知れない。


「それで、これは何の調査だい?」

「兄上からの宿題」

 多くは語らず、そう纏めた。

「五年間の報告書を書かねばならん。その一環」

 直々に王に依頼されたが、そうでなくとも任務ということになっているので報告書は必要だ。

 それが行動履歴でなく興味一覧、または名産品一覧になりそうなことまでは説明する必要はなかろう。

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