■月星歴一五四二年十月大祭翌日③〈兄〉

 場所を応接室に移して、兄弟はもう一人の当事者を待っていた。

 屋敷に戻るというカームに、離れに滞在中のレイナへの伝言を頼んである。


「さっきの啓示の話だが」

「ユリウスですよ」

 アウルムにはあっさり白状する。

「嘘は言っていません」

 ただ、その人物が青銀の髪の男性だったと言わなかっただけだ。

 勝手に女性と誤解して、勝手に納得した。

「女神でなくとも、ユリウスも充分伝説級の人物だがな」

 アウルムは喉の奥でくつくつ笑う。


 明日の今頃には、アトラスの婚約話に『女神の啓示を受けて』という一文が加わって広まっている筈だ。


「だが、ユリウスは確かに存在している」

「そのようだな。お前があの剣を手にした経緯は、アリアンナから大まかに聞いた」

 表情を改めて、王は弟に向く。

「今回はお前とあの剣に助けられた

「はい」

「だが、それだけで済むまい。ユリウスはお前に何をさせたいのだろうか」

「魔物退治にいちいち呼び出されるのは勘弁願いたいものです」

 アウルムが思いの外真面目な顔をしていたので、アトラスは敢えて冗談めいた言い方をした。

「人外の存在の思惑なんて、見当もつきませんよ」


 ただ、剣は保持していなければならない。それだけは確かだ。

 話題に上がった白い砂漠が神域と呼ばれているのは、昔そこに剣が在ったからだ。

 魔物は剣が人の手に渡るのを拒む為に剣の周りを取り囲んでいた。剣の無い今でもその残滓は強く、魔物を阻み、人に障る。

 それが神の祟りのからくりである。

 剣を放置すれば、その場所を軸に同じ構図が出来上がってしまう。

 だから、剣は人が保持していなければならない。


「ところで兄上、私はどうしましょう?」

 言葉遣いだけは真面目に、笑いを含んだ口調でアトラスは問う。

「まさか、女王の帰還に併せて竜護星へ行けるとは思ってはいまいな?」

「それこそ、まさかですよ」

 さすがにとアトラスも苦笑した。


   ※


 月の大祭という大舞台で、内外の目に見せつけ、有無を言わせない宣言。

 カームの言うとおり、タビスが言った以上、五大公でさえ結局のところ黙るしかない。


 タビスであることを嫌がりながらも、その価値を正しく理解し、自身のことさえ冷静に扱い、有効に使う強かさ。

 ここぞという時に最良の一手を指すあたりは、案外司令官向きだとアウルムが言ったことがある。


 物を正しく使う為に必要なのは、分析力である。

 アトラスの場合、それは持ち前の好奇心に起因する。


「……先程の雪室の話は面白かった」

 アウルムは表情を改めてアトラスに向き直る。

「お前のことだから、レイナ殿の故郷探しの傍ら、何かしら興味を持っては調べて好奇心を満たしていたのだろう?」

「まあ、はい。食べ物にしても、技術的なことにしても、気になったら納得出来ないと気持ち悪いんですよね」

 旅が長期に渡った一端であることは否定出来無い。

 勿論、レイナは容姿や口調から故郷の当たりをつけるのが難しかったというはある。彼女の髪や瞳の色は北や西側に多いが、鼻梁やオトガイの形は東寄り、やや褐色がかった肌色は南寄りと言える。

 故にあちこち行ってみなければならなかったとはいえ、せっかく旅をしているのだからと面白そうという理由で足を延ばした場所は多々あった。


「他にはどんなものが興味深かった?」

「そうですね。身近なところですと、米の調理法が多種多様で面白かったですね」

「米か。このあたりでは出汁や香辛料と具材を入れて炊き上げるくらいでしか食べないな」

 具材は都度変わるが月星ではそれが基本だ。

「例えばそれが西の方のある国では、最後に石窯で焼いて水分を飛ばします。焦げ目が香ばしくて美味いんですな」

 特に魚介を乗せたものがアトラスとしては気に入った。


「また、東の国では炒めたりもしますね」

 炊いた飯を肉や卵、野菜などを混ぜて油で炒め、塩などで味付けしていた。米がパラパラしていて、これもまた美味だった。

「味をつけないで炊いて、味は後付けと言う訳か」

「そうですね。東の方は基本炊くときには味をつけない方法が好まれていたみたいです」

 水分を多めに糊状に炊いた粥というものが朝食の定番の国もあった。


「米自体には大して味もないだろう?」

「米の種類も違うのかも知れません。こちらのものよりも水分量が多い様に感じました。白飯は白飯でふっくらとしていて案外旨味があるのです。そういった国では、飯のお伴が色々発達してましたね」

「例えば?」

「小魚などを甘じょっぱく煮たもの……佃煮と言いましたか。あるいは塩漬けした根菜や葉物。そういえば、イカや魚の内臓を発酵させた塩辛というのは、クセが強くてレイナは食えなかったなぁ」

 当時を思い出して、アトラスの口元がほころぶ。


 加えて、白飯を潰してタレを付けて焼く煎餅なる菓子の話や、ついて餅という形にした場合の食べ方などを説明した。


「意外なところでは、米から造った酒がまた美味い」

「米でも酒が、ねぇ」

 王アウルムは今ひとつ想像し難い様子ながら、興味深そうに話を聞いている。


「食材といえば、大豆という豆が優秀でして」

「大豆と言うくらいなら、豆の一種か」

「ええ。若いまだ緑の実は、茹でたり蒸したりして塩をかけてそのまま食べるのですが、これが素朴ながらも酒の肴に良い。完熟すると煮物などに。乾燥させて保存食。発酵させると調味料になり、独特の風味で、スープのベースにも使えるのです。栄養価も高く、畑の肉とまで呼ばれるそうです」

「それは使い道が多そうだな。こちらでも栽培出来る植物なのだろうか」

「温度や日照条件は分かりませんが、割と痩せた土地でも育つと聞きました」


「なるほど」

 うなずき、アウルムは笑みをみせる。

「そういうことなのだよ」

「はい?」

「私はそういう情報が欲しいんだ」

 アウルムの海碧色の瞳が熱を帯びた。


「商人は極端に言えば売れる商品、利益の高い物しか持ってこない。それが必ずしも、こちらの求めているものとは限らない」

 現地では他愛のないものでも、こちらでは物珍しかったり、価値のあるものだったりする。

 要は使う者次第だということだ。


「私はね、アトラス。我々は長い間、戦う相手ばかりを見て、強くあることばかりに重きを置き、自分達の立つ場所を省みず、民には苦労を強いていたと思うのだ。だから、これからすべきことは、国を豊かにすることだと思うのだよ」

 それは金品を手に入れるという意味ではない。


「確かに、七、八十年前の食卓の方が豊かだったと、聞いたことがあります」

 軍事に予算が傾き、兵糧に割く分が増えていた。しわ寄せが来るのは民の食だったと言っても過言では無い。


「栽培する植物が増えれば、天災で全滅を避ける備えになるだろう。食糧を長期保存できれば、備蓄への不安がやわらぐだろう」


 夢を語る少年のような顔で、アウルムは言葉を紡ぐ。


「今ある物も、水やりや剪定のコツ一つで実が大きくなるかも知れない。収穫量が増えるかも知れない。味が良くなるかも知れない」


「食材や調味料の種類が増えれば、食卓にも多様性が生まれるだろう。調理法が増え、美味ければなお、満たされる。満足は余裕に繋がる」


「建造物もそうだ。世の中にはもっと堅固なものを作れる技術があるかも知れない。または、強度は変えずに十ある工程を半分に簡略化できるかも知れない。そうやってあいた時間は違うことに使えるだろう」


 アトラスはアウルムの言わんとしていることを察した。

「どこどこのあの食材は実が大きくて美味い。知り得るのがそんなことでも、そうする為の技術への手がかりになるということですね」

「そうだ。だから、どんな些細なことでもいい。詳細が解らなくてもいい。実際に行った人間の目で、そういった事柄をまとめてはくれまいか」

「お安い御用です」


 承りつつも、アウルムが本当はまとめる以上のことをさせたかったのが容易に想像できた。


「アウルム、すまない」

 去ることを決めた身としては、残すことしか出来ない。

「気にするな。お前はもう少し楽に生きよ」

 アウルムは呆れた風に笑う。


「お前ほど国外を、いろんな場所に行った人間はいない。その情報だけでも充分有益だ」

「はい」

「まあ、急に新しい技術を提示されても、人は今迄やってきたことへの自負がある。広めるのもそう容易くはない。だが、が選定した技術だと言えばいくらか難易度は下がるだろう。しっかりお前の名は使わせてもらうからーーだから、しっりまとめなさい」


 そんな話をしているうちに、レイナの到着が告げられた。

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禁域図解

https://kakuyomu.jp/users/Epi_largeHill/news/16818093084479095160


兄一人目は真ん中

https://kakuyomu.jp/users/Epi_largeHill/news/16818093088534325836

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