第二章 王女来訪編

■月星歴一五四ニ年一月①〈思惑〉

 王城内の安定に比例して、首都アセラの街も本来の活気を取り戻しつつあった。


 街を離れ、縁の者を頼って避難していた者も徐々に戻り、行商人や旅人も寄り付くようになっていた。


 その様子を如実に表していたのは、広場や屋外劇場での公演が始まったことだろう。


 劇作家や俳優。吟遊詩人、踊り手、画家や学者などが広場等の使用料を払い、催しや、講義を行う。


 街の人間にとっては、娯楽であり、異国の文化や知識に触れる数少ない機会である。


 公演を気に入ったら、金を払う。

 金額は決まっておらず、多くはこころざし程度である。

 演じる方も金儲けが目的ではない。


 こうした公共の場で公演を行うことによって、貴族や王族に見初められれば、直接雇われることもある。

 資金を出して貰って研究を続ける手立てとなる場合もある。


 時間が出来ると、アトラスは積極的に街に繰り出して、街の人と話をし、街で食事をし、公演に足を運んでいた。


 たまに、お使いの途中で足を止めた少年の様な装いのレイナを見かけることがあった。

 女性は髪が長いという先入観がある為、案外見破られることはないという。


 どうやって、教育熱心なモ―スの目を抜け出してきたのか気になるところだが、これも社会勉強と見ぬふりをしてやる。


 公演者が支払う使用料は城に入るのだから、王が自ら還元している様なものだ。



 アトラスがレイナと出会ったーー正確には拾ったのは、彼の故郷である月星だった。


 あつらえた様に、自分に関わることだけ分からないという稀有な記憶喪失。


 役人に預けるなど、方法はいくらでもあっただろうに、自分で身許を探すと決めて五年。


 果たして、辿り着いたのが竜護星だった。


 よりにもよって、前王と上位継承者を弑逆して即位した王が、意にそぐわない者には投獄又は処刑を、民には圧政を強いていた。


 とち狂った王も居たものだと、関わらない方が賢明と思いきや、その王はレイナを妹だという。


 そんな状態では、『連れて来ましたよ、さあ、どうぞ』と預けて終わりという訳にもいかない。


 どっぷり関わってみたら、うっかりあの世に足を踏み入れる手前の大怪我を負い、目覚めてみれば国を救うのに尽力した人物として祭り上げられてしまっていた。


 代々王家を支えて来た一族、ブライト家の長なる人物であるモ―スの差金である。



 一方レイナは、『残虐の限り尽くしていた偽王を斃し、国を救った王女』として、次の国主としての自分と向き合わねばならなくなった。


 レイナの記憶は、本来の名前を呼ばれたとたんに思い出したというのだから、作為的なものを疑うのはやぶさかではない。


 レイナに出逢う様に仕向けた人物が、そうまでしてアトラスに関わらせたかったものが何か、思い立ったのは街で講演をしていた学者の話を聞いたからだった。

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