■月星歴一五四一年七月⑫〈協力〉

 看守の交代が来るまで、まだ時間がある。

 アトラス達は看守室で方針を決めることにした。


「レオニスの居室はどこだ?」


 ライは看守室を漁り、城内の見取り図をのようなものを探し出した。

 見廻り用の巡回の順路を記したものらしい。

 足りない部分を書き足し、目的地への最短順路ルートを記してアトラスに説明する。


「しかし、まあ。坊ちゃんも出てきちゃいましたか。ま、そりゃ出ますよね」


 ライはハイネを見やって、露骨に困った様な顔をする。


「僕が出てきちゃまずいみたいな言い方だね」

「失礼。ただ、くれぐれも気をつけてくださいね」

「足手まといになるつもりはない」


 不貞腐れる少年。だがライは真面目な口調でハイネに向き合う。


「あなたに荒事をさせるつもりはありません。でも坊っちゃん、あなた、『』でしょう」

「?……僕はブライトだ。あと、坊っちゃん言うな!」

「そうではなくて。でしょう?」

「そういう意味なら、たしかに『』だけど、それがなんだよ?」

「だから気をつけてくださいという話です。間違っても、レオニスの目を見ないように」


 アトラスには意味が解らない話だった。


 いくつか興味深い単語も飛び出し、大いに気になったがあまり時間も無い。 

 今、聞くことでもないと自制する。


 ライによると、城内の者の多くは容易く倒せるという。

 彼らの意志はほとんどなく、城主の意向通りに動くだけなのだ。


 つまり、事をなさねばならないと言う義務感だけで、その為にどうすればより良い功績があげられるかなどは意識内に無い。

 また、その行為も自身で望んでするわけではなく強制的なものであり、歯向かうという意志も強いて失わされているらしい。


 簡単に言えば、レオニスの操り人形と化しているのである。

 看守や、玄関にて目にした者達の一糸乱れぬ動きもうなずける。


 また、ハイネが閉じこめられ、その両親が死に至らしめられたのもレオニスの意志通りには動かなかったからと推測するのは容易い。


「ハイネ、お前は牢に閉じこめられている連中を解放しろ」


 アトラスは鍵束を見つけ出してハイネに差し出した。

 何を言っているという顔のハイネに、ライが口をはさむ。


「あぁ、なるほど。解放された者達に城内の連中を引きつけられている間に、連れの方を迎えにいかれるわけですか」


 ライはハイネには荒事はさせないと言った。

 牢に閉じ込められているのは罪を犯した者では無く、レオニスに逆らったかレオニスの不興を買った者だ。

 処刑されないよう、匿われているとも言い換えても良い。


「お前の身分、またはモースの名前を出せば、連中は従うだろう」


 ライを見やると、頷き返してくる。

「時が来たと伝えてください。それで通じます」



 ハイネは意図を測りかねてはいたが、モース祖父が仕込んでいたことだけは理解できたようだ。


「この城には二種の人間しかいないと述べたら、モースは否定しなかった」


 則ち、操り人形とそれ以外。


「恐怖に屈して従う者もいるだろうが、城内の人の少なさから多くはないだろう?」

「ええ。モースさまが手を回して逃がしてきましたからね」


 残りは従っている振りをしている者達。

 モースの指示の下、息を殺していると考えるのが妥当だ。


「ライ、お前は意志のある連中を誘導して城を制圧しろ」

「でも、俺は城内に詳しいですよ?」


 アトラスはライを軽くにらみつけた。

 ライは好奇心丸出しの顔をしていた。彼は謁見の間での、レオニスとの会話を聞いている。

 アトラスがレオニスに用があるのに気づいているのだろう。


「解かっていますよ。ハイネさまが解放した者達と城内の連中を連携させなきゃ、あなたの仕事が絶えませんものね」


 承りました、と仰々しく礼をとる仕草が鼻についたが無視した。



「アトラス、君は一人でレオニスの所に向かう気なのかい?」

「こんなに長く重い剣を扱える人がそう簡単にやられるものですか」


 またもや答えたのはライ。

 本当に知っているのか、知ったかぶりなのか。

 判断は付かないがその口調が気に障る。


 だが、アトラスとしては、レオニスと二人きりで会わねばならないので都合はいい。


   ※※※


 ハイネとは看守室で別れ、アトラスとライは無骨な階段を登っていく。


「竜に乗れる者がアシェレスタというのはどういう意味だ?」

「竜に騎乗できるのは、開国の祖アシエラの血の契約なのですよ。体内に流れるアシエラの血の匂いを嗅ぎとって、竜は騎乗を許可してると言われてます」


 『アシェレスタ』とは王家の姓ではあるが、『アシエラの血を持つ者』と言い換えられる。

 長い歴史の中でブライト家は王家との婚姻が幾度も行われている。

 時々、アシエラの血が色濃く出る者もいるのだとライは話す。


「アシエラは巫覡でしたから、その血統は異物を受け入れやすい。逆を言えば自身で剥がせるのですが」

「それがハイネへの忠告の意味か。操られやすいから気をつけろと」

「まあ、意志が弱ければ誰でも操られちゃうんですが。あの通り坊っちゃんは精神が未熟おこさまなので」

「だからあのまじないか」

「そんなところです」


 気休めですけどね、と苦笑するライの顔は本心に見えた。


 アトラスは竜に乗ることが出来る者をもう一人知っている。

 意志は強いが抜けてるところもある少女。

 嫌な予感しかしない。



 地上階まで登り、ライとは別れた。


「なるべく殺さず無力化してくださるとありがたいです。ここ、人手不足なんで!」


 そんな声が背中にかけられる。


「最初からそのつもりだっ、つうんだ、よっ!」


 アトラスは、いきなり遭遇した女官を叫ばれる前に当身で気絶させ、その奥にいた兵士を二人、剣を抜かせる前に無力化した。


 ほとんど自我がないから動きが単純、とライは言っていたが、なるほどという感じだった。

 兵士の外套を外し、紐状に割いて後ろ手に縛っておく。


 そんなことを何回繰り返しただろうか。


 自我のあった者も何人かはいたが、アトラスの敵では無かった。

 これからライ達に合流を指示するのも手間だったので、同じ様に縛らせて貰った。

 後でライやモースがなんとかするだろう。


 そこまで面倒は見られない。


【一章 登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456

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