■月星歴一五四一年七月⑨〈状況確認〉【王の名は偽名】

「レオニスというのは本当に『』なのかい?」


 アトラスは、モースにした質問をハイネにも投げかけてみた。


「レオニスも、第二王子という立場の、れっきとした王族の人間ではあるんだ」


 レオニスは生まれつき体が弱く、滅多に外に出ないほど大人しい少年だった。そんなレオニスが王位に就いたのは、謀反により当時の王と第一王子イルベスが死んだ為である。


「謀反って、つまりレオニスは実の兄及び親を殺して王位を乗っ取ったという訳か」

「そう。まぁ、兄といっても双子だから歳は変わらない。でも、そういうところもレオニス、いやには影響していたかもね」

「ケイネス?」

「レオニスってのは勝手に名乗っているだけだよ。本名はケイネス・タンドル・アシェレスタ」


 アトラスは顔をしかめた。


 レオニスとは王の星を意味する古い言葉だったはずだ。

 そんな虚勢を張ってまで、肉親を手にかけてまで欲しい王座だったのか。

 自分の方が王位を継ぐのに相応しいという自信からきたものなのか。

 単にねたみや劣等感といったものを補う手段だったのか。


 何にせよ、そうまでして得た結果がこの有り様というのは情けない限りである。


 ハイネの話は続く。


 王位を手にして以来のケイネスは、人が変わったように平気で他者を痛めつけるようになっていった。


 逆らう者に容赦はなく、ハイネの両親もその為に殺され、彼自身もこの部屋のみ生活を強いられることとなった。



「だが、ハイネ、いくらそれなりに設えてあるとはいえ、こんな部屋に閉じこめられて、どうして逃げようとは考えない?捕らわれれば自由になりたいと思うものじゃないのか?」

 

 投げかけられた問いに、少年は首を振って答えた。


「そりゃぁ、こんなところは出たいさ。ケイネスを討ちたいとさえ思う」


 だが、そうはするなというのがハイネ母の遺言だった。 


「それで、僕は待っている」


 前王にはもう一人、ハイネと同い歳になる娘がいた。


 名はレイナ。


 王女は事件がおきる前に、ただ独り城を抜け出したまま行方不明だという。


「王女が行方不明なのは、母でもある前王セルヴァ様が逃がしたからだと思う」


 竜護星王家は元来巫覡の家系。女王セルヴァにはその血が色濃く出ていた。

 つまり、多少なりとも未来視の出来た女王が、ことを察して一番権力闘争に関わりの薄いであろう末娘を逃がしたというのである。


 それはおかしいとアトラスは指摘した。


 詰まるところセルヴァは、最初から末娘に王位を継がせたかったと言うことになり、王女自身も承諾して城を出ていたことにはなる。ならば、王女には供が付けられたはずだし、未だ帰ってこない理由も見あたらない。


「そもそも、未来が視えていたならば、レオニスの乱も回避できただろう?」


 アトラスの未来視さきみ自体を疑う発言に、ハイネは顔をしかめた。自国の王の侮辱をされたように聞こえて面白くないという顔。


「セルヴァ様は、視たいものが視えた訳じゃなかったんだ」


 ハイネは自身の体験を語った。


  ※


ーーハイネは子供の頃、内容までは覚えていないが、レイナと二人で未来を教えて欲しいとセルヴァにせがんだことがあった。

 占いを聞くよう気楽な気持ちだったが、セルヴァには申し訳なさそうに謝られてしまった。


 セルヴァは言った。自分は誰かが視た未来を見せられているだけなのだと。受信者として、それを伝えているだけなのだとーー。


   ※


「でもセルヴァ様はいくつか重大な未来視さきみを遺しているよ。例えば、ある国の内戦を終結に導く鍵になる人物を言い当てたとか」


 今度はアトラスが苦い顔をした。


「……その話なら知ってる。俺の故郷の話だ」

「へぇ、そうだったんだ。結果は?」

「……さっきの言葉は謝罪する。内戦は終結したよ。くだんの人物が終わらせるという形で」

「やっぱり。さすがセルヴァ様」


 身内の功のように喜ぶハイネに、アトラスは何も言えなかった。


   ※※※


 いつのまにか、空は朱に染まり始めていた。


 人形のように表情のない女が二人、食事を運んできた。


 やはり動きはどこか絡繰からくりの様で、不自然さを覚えずに入られない。


 逃げないと確信しているのか、配膳中は鍵も掛けない。隙だらけである。

 これで外に出ようと考えないハイネがアトラスには理解出来ない。


 皿の上の内容は、囚われの身にしては良いといえよう。


 柔らかい白パンとトウモロコシがメインのクリームスープ。副菜が少々。

 だが、どこか大味で何かが足りない。


「君って奴は分からないな」


 ハイネは呆れたように、咀嚼《そしゃく》するアトラスを眺めた。


「こんな状態にありながら、取り乱しもしない。怒るどころか冷静に自分を陥れた奴の情報収集をして。その上、差し出された食事を平気で食べている」


 信じられないというハイネに、アトラスは笑って答えた。


「毒なんて入れやしないさ」


 なぜならば、二つの盆に盛られた食事の品目に差はない。

 誰がどちらをとるかも分からないのに毒物を混入できるはずもない。


 アトラスの理論は、ハイネは殺されないという定義の上に成り立っていた。


「どうして判る?僕だって反逆のおそれがあるとして閉じこめられているのに」

「じゃあ何故、お前は五年も生かされている?」


 問い返すアトラス。

 この答えはハイネの質問の答えになる。


 アトラスは返答を待たずに続けた。


「お前さんにはまだ利用価値があるか、そうするように圧力をかけている奴がいるのさ。どちらにしろ、ただの囚人にこんな部屋は割り当てない」


 ここは『牢』ではあるが、身分の高い者を想定してある為にそれなりのしつらいがされていた。

 おかれた家具も当初は正規の部屋に使用していたのであろう。色が褪せ、古くはあっても上質のものである。


「お前の爺さん、王に直接意見できるほどの実力者らしいな。エブルが受けためいを明け渡してしまうくらいの、な」


 ハイネの顔に驚愕の色が交じった。

「どうして祖父だと?」

 アトラスを連れてきた老人、王家を支えてきた一族ブライト家の長なる人物モースは、ハイネの母、カルゼリーナの父にあたる。


が似ているわ」

 そう言ったアトラスは、すでに食事を終えていた。


 盆の上の食器類は割と丁寧に重ね、下げるべきところに出しておく。


「ハイネ、食べ終わったら協力してもらうぞ」


 アトラスの望みは連れの少女を助け出すことである。


 少女のことだ、自分を助けるなどと意気込んでみては、どこかでへまをやらかしてるに違いないというのがアトラスの見解だった。

 そして、アトラスの指摘は見事に的中することとなる。


「……でもどうやってここから出るというのさ?」


 ハイネは言った。


 この部屋の出入り口は、正面玄関のある位置を一階としたときの地下三層にあたる。

 外部空間との接触が可能なのは窓とドアだけだが、半階分ほど下げられて造られた位置にあるのくせに窓は正規の位置にあわせられている為に床から見ると非常に高い所にある。

 たとえ届いたとしても外は絶壁で、落ちて渓流に飲まれるのが関の山である。


 アトラスはにやりと笑ってややさび付いた金属の塊を懐から取り出して見せた。


 この部屋の鍵だ。


「どうやって?」

「城内にも協力してくれる奴がいるみたいだ」


 アトラスとしては、夜になる前にレオニスから少女を引き離したい。


 あり得ないとは思いたいが、一応女性の範疇であるからして、万が一のを回避したいが為だ。


「好条件だと思うが、これでもまだ、レイナとやら帰城を待つか?」


 迷うハイネ。


 母の遺言には反したくはないが、状況を整えた上でレイナを待つのも手ではないかとも思えてきたのが判る顔をしていた。


「案外、時は満ちているのかもよ」


 どこか確信めいた口調で言って、アトラスはハイネの反応を待った。


【一章 登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456

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