スーパーカブに乗る異世界の郵便屋さんは冒険がしたい。

げこすけ

第1話 リオンとスーパーカブ

冒険の街、王都ヘリオス。

その城下町に隣接する『アグーの森』、その深く生い茂った林道で、商人風の中年夫婦の悲鳴が響き渡る。


「ひいーっっっ!!た、助けてくれえ!!」

「あ、あなた!待ってぇ!!」

「は、早く!!」

己の身に迫り来る残虐な死に抗うように、夫婦は恐怖し泣き叫びながら走る。


グアルルルッッッ!!ガァッッッ!!


必死の形相で森の中を逃げ惑う夫婦の後ろから、獰猛な咆哮を上げた獣が一匹。


地獄の番犬ケルベロス。


ケルベロスは左右にステップを繰り返し、木々をすり抜け、大きな木の幹に夫婦を追い詰めた。


グァルルルルル…


ケルベロスの三つの頭がそれぞれヨダレを垂らし、低く唸り声を上げ、ゆっくり中年夫婦に近づく。


「ひ、ひいーっっっ!!もう、ダメだあ…!!」

「あ、あなたぁぁぁぁッッッ!!」

ケルベロスに追い詰められた夫婦は、お互いの体を抱きしめ、身震いと後悔の懺悔の中、人生の最後を覚悟した。


バルルルルーン!!


なんだ!?この音は?

獣!?それともモンスターの雄叫び!?


突然耳に入った今までに聞いたことの無い音に、夫婦もケルベロスも動きを止め、辺りを見回す!


ドドドドドドッッッ!!


どんどん近づいて来るその音に、目の前にいるケルベロスとは違う新たな恐怖が夫婦を襲った。


突然、森林の中から猛スピードで現れた車輪が二つある赤い乗り物?が夫婦とケルベロスの間に颯爽と割り込むと、ザザーッッッッ!!と、派手に後輪を滑らせて止まった!


赤い乗り物…


その後ろには大きなおにぎり型のボックスが装着され、前輪の灯火機の辺りに『〒』マークが書かれた黒い鞄が掛けてある。


その名も郵政車両『MD110』

スーパーカブ!!


土煙が舞う中、この世の物とは思えない赤い乗り物に乗る茶髪の冒険者風の青年が、装着している目元のゴーグルを首元に下ろす。


「大丈夫かい?」

その青年はニヤリと笑った。


「ひ、ひいいいーッッッッ!!

あ、あなた誰ですか!?」未知の乗り物に乗る青年に、悲鳴をあげる男主人!


「俺?俺は…」


ガウッッッ!!


狂犬の様に飛び掛かるケルベロスに向かって腰の長剣を抜き、ケルベロスを避けると青年は叫んだ!!


「俺は! 郵便屋さんだッッッ!!」


パーンッッッ!!!!

ケルベロスの3頭の内の真ん中の頬を、剣の横面で叩きつけると、「ギャウーンッッッ!!」と悲鳴をあげ、ケルベロスはドウッ!と倒れ込んだ。

すぐに立ち上がり態勢を整えるが、その青年の姿を見ると「ハッ!」と我に帰った様に攻撃をやめて、後退りをした後に森に走っていく。


「ふーう…危なかったな?」ニカッと青年は笑った。

「あ、ありがとうございます〜!!一時はどうなるかと思いました!!」

「いやいや♪大したこと無いよ?配達中に偶然見かけたもんだからさ?」

余裕の笑顔で答える青年。

「そ、そうですか〜 あ、ありがとうございます〜 で、では私達は…これで」


人の良さそうな夫婦は、寸前の所を助けてもらったのに何故かそそくさと感謝の言葉も少なめに、早く立ち去ろうとする。

礼ぐらい言うのが人としての礼儀というものであろう。

 その中年夫婦に、青年は続けて声を掛けた。

「おーい?その前に…返すもん返してくれよ?」

「え?」ギクリとする夫婦。


「偶然見かけたんだよ♪

あんたらが、この先のドートルさんの家から金品持って出ていくのをさ?」全てを見透かしている様に青年は話す。


「く…コイツ…

俺達が盗みに入ったのを全部見てたのか?」

「あ、あなた!!やっつけてやりなさいよ!!」

「おうよ!生かせておけるか!!

変な乗り物乗りやがって!

たかが郵便屋さん風情に舐められてたまるかい!!」

冒険者や剣士かと思えば、郵便屋さん?脅かしやがって…


男はさっきケルベロスに襲われて泣いていたのが嘘みたいに、笑みを浮かべながら懐から抜いた剣を青年に振りかざす。


「ふーん?」

冷めた目で青年はひらりと剣を振ると


カーンッ!


簡単に男の構えた剣をはたき落とした。


「ひ、ひーっっっ!!」

「なんだい!!だらしない男だねっ!!」男は情けない悲鳴をあげ、その場にへたり込み、盗んだ金品の入った革袋を青年に差し出す。


「言ってなかったか!?俺は郵便屋さんである前に、冒険者でもあるんだぜ?」

呆れる様な笑顔の青年に

「先に言ってよっ!!」と、盗人夫婦は思わずツッコミを入れた。


 青年に盗人夫婦が泥棒に入った事を土下座で懺悔していると

「おーいっっ!リオーンッッ!!」

森の奥から叫び声が聞こえると、立派な白い顎髭を蓄えた老人が、さっきのケルベロスと一緒に走ってくる。


「ドートルさん!!金は返して貰ったよ!」青年は大きな声で叫んで、その老人に答えた。

気がつくと泥棒夫婦は消えていない。

逃げ足は天下一品のようだ。


「ハア…ハア…悪いな…リオン…ありがとう」

息を整えながら老人は青年に感謝する。

どうやらこの青年の名前はリオンと呼ぶらしい。

リオンの元にさっきのケルベロスが近づくと、

クォン クゥーン♪

と甘えた鳴き声を出し、尻尾を振りながら擦り寄ってきた。


「さっきは悪かったな?『ケル』『ベロ』『スー』よしよし♪痛かったか?ゴメンゴメン♪」と擦り寄ってきたケルベロスの頭を順番に撫でてやる。

「あんな悪党なんぞ、わしのケルベロスの餌にしちまえば良かったのに」

ドートルという男は納得がいかない様だ。

「そんなわけにはいかないよ?ドートルさんの大事な家族だろ?コイツらに人殺しをさせたくないよ」


「番犬代わりにケルベロスを幼子の頃から飼っていたが、まさかケルベロスの散歩の時間を狙って泥棒が入るとはの…

油断したの」

「今度、トム爺に聞いて防犯グッズでも用意してもおうか?お金は掛かるけど」

「むう…考えておくか…

ところで、お前さんはわしの家に何の用じゃった?」

防犯グッズの事を気難しい表情で考え込むと、ドートルは何故リオンが自分の家に立ち寄ったのかを思い出した。


「おいおい、ドートルさん。

俺を誰だと思ってんだよ?俺は郵便屋さんだぜ?」


リオンはスーパーカブの鞄からドートル宛の手紙を出すと、ニカッと笑いながら渡した。


彼の名はリオン。


スーパーカブに乗る異世界の冒険者であり、郵便屋さんである。

リオンの冒険が始まるのは、まだ先の話である。

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