第58話 アインバック観光
伯爵家との晩餐の翌日、私達3人は伯爵の計らいでアインバックという伯爵自慢の港町を観光していた。
それというのもラッカム伯爵がフィセルまで送ってくれることになり、その隊商の準備が整うまでアインバックの観光を強く勧められたからだ。
とはいえ私達の後ろには、伯爵が付けた護衛という名の監視役2名が付いてきていた。
この町に来た時は馬車の床に転がされていたし、その後は牢屋だったのでアインバックの町を見ていなかったのだ。
まあ、冒険者ギルドの入口は見ているけどね。
昨晩は被害者の会という話から、やけに上機嫌になった伯爵が饒舌になり色々話してくれたが、その中にはこの町に関する事柄が沢山あった。
そして今観光しているこの町の建物の壁が白、屋根は青で統一されているのは、海からやって来た商人達がこの町にやって来て初めて見る街並みに深い感銘を与えるためで、それにより交渉を有利にするためなんだとか。
あらゆるものを交渉に利用しようとする伯爵の情熱が垣間見える話だった。
この町には色々な国からやって来る交易船が入港してくるので、町の中にもそれぞれの国の人達が暮す区画があり、そこは最早外国といった感じになっていた。
町中を歩く人々の顔も異国の人と一目で分かる衣装や顔つきだったので、人物観察だけでも興味が尽きなかった。
そして聞えて来る話声も、全く分からないものが多いのだ。
それは市場も同じでこの国では珍しい食材やら装飾品、衣装等も売られていて見ているだけでも楽しかった。
そして町での買い物は全て伯爵持ちで良いという事なので、遠慮なく買い物をさせて貰っていた。
私への賠償金として、王都で買った大量のマジック・アイテムの代金を肩代わりしてもらっていた。
実に太っ腹な伯爵である。
そして商業区域から港湾区域に入って行くと、海に近くなったので潮の香が鼻腔を擽ってきた。
そして目の前には、大きな帆船のマストが見えてきた。
ここはゲームの世界なのだ。
武骨なコンテナ船よりも、優雅な木造帆船の方が趣があって良いものだ。
帆船の船首には美しい人魚を模した船首像が取り付けられており、航海の安全を見守っていた。
だが、目の前の帆船の舷側には、赤色のラインが描かれ、そこには等間隔で正方形の切り込みが入っていた。
あれ? これは交易船ではなく軍艦なの?
私がそう思ったのを読み取ったのか、伯爵が寄こしてきた護衛がそっと近寄ってきた。
「これは32門搭載の戦闘艦イブリン号です」
護衛の一人はそう言って、とても誇らし気に説明してくれた。
え、イブリンって、もしかしてイブリン嬢の名前を艦名にしたのですか?
「まさか、この船にラッカム伯爵が乗ったりするのですか?」
「ええ、この船はラッカム伯爵の乗艦です」
そう言えば、ラッカム伯爵を最初に見た時、貴族というよりも交易船の船長と思った事を思い出していた。
そこで脳内で、16世紀の大航海時代の艦長の制服をラッカム伯爵に着せてみた。
それは金モールの付いた青色の軍服に三角帽だ。
それに潮に焼けたラッカム伯爵の顔を付けてみると、思いの他似合う恰好だったので思わず顔がにやけてしまった。
私の顔を見たエミーリアも、なんだかニコニコ顔で楽しそうだった。
それにしても軍艦があるという事は、このゲームの海にも海賊がいるのだろうか。
「伯爵は海賊退治でもしているのですか?」
「いえ、違法貿易をする船の取り締まりです。その手の船は交易船の外見をしていますが、武装しているんですよ。時折、こうやって戦闘艦を見せつけて犯罪の芽を事前に摘み取っているのです」
ああ、日本で言う所の交番と同じ効果があるという事ね。
犯罪を取り締まる者が、ここにいるぞと存在を誇示しているのだ。
すると交易船で混雑する桟橋からの喧噪が、風に乗って聞えてきた。
それは荷作業をしているという感じでは無かったので、何かトラブルでも発生した様子に見えた。
するとまた護衛役の一人がすすっと近寄ってきて、私に耳打ちしてきた。
「あれは抜き打ち検査です。時折怪しげな船の積み荷を確かめているのです」
へえ、この世界でも密輸とかあるんだぁ。
私はよく見ようと、マジック・バッグの中から遠見のマジック・アイテムを取り出した。
その形状は折り畳み式の小型望遠鏡だ。
甲板の上では武装した兵士に守られた検査官達が、積荷の樽を無作為に開けては中身を確かめるという行為を繰り返していた。
それを身なりの良い船長のような男が、検査官の指揮官の顔に触れそうな距離で何やら罵声を浴びせていて、船の水夫達も腕を振り上げて声援を送っていた。
その光景はNBAで審判に食って掛かる監督と、それを応援する選手達といった感じに見えた。
と、その時、船の陰から小舟が樽を積んで離れて行くのが見えた。
その小舟は桟橋とは反対側に居るので、検査官からは死角になって見えていないようだ。
するとあの船員達の行為は、あの小舟から注意を逸らす為だという事が明白になってきた。
その小舟の向かった先は別の桟橋で、そこには幌付きの荷馬車が待機しており、その幌には車輪を模した紋章が付いていた。
水夫たちは積んできた樽をこっそりと荷馬車に運び込んでいたが、慌てていたのか、そのうち1樽の受け渡しに失敗して海に落としていた。
この港には川からの水が流れ込んでいるので港湾の中には水の流れがあり、落とした樽はそのまま反対側、つまり、こちら側に向かって流されていた。
馬車側の人間が何やら腕を振り上げて何かを叫んでいるようだが、船の水夫達は首を横に振っていた。
そしてその運び込みの指揮をしていた男が一瞬こちらを見たので、目が合ってしまった。
とは言ってもこの距離なら相手側からは、ここに人が居るのは分かるが顔までは分からないだろう。
「あの樽の中身を調べてみましょう」
私が提案すると皆首を縦に振っていた。
水の流れで樽が流れ着く場所を予測してそちらに移動していくと、先程の水夫達が落とした樽が流れ着いていた。
エイベルに拾い上げてもらい、樽の蓋を開けてみた。
すると中にあったのは、胡桃のような木の実だった。
それを見た護衛は「あ」と声を上げていた。
どうやらこの実は、彼らには馴染み深い物のようだ。
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