第8話

「交渉は、決裂だ」


私の体からまだ慣れない低い声が響いた

小さな交渉部屋がしんとした


「お前らだろう、自分の手を汚さずに甘い汁吸ってるのは」


ホント人聞きが悪いこと言わないでよと男はまだくねくねしていた


「あのね、これはビジネスなの

薬なんかと違って、誰も傷つけないビジネス

あの法案が通ってからは

子飼いの連中が私たちのところに品物をほいほい持ってくるようになっただけよ

そして、それが偶々1000ドル以下だったってことだけ

犯罪でもないのだから、私たちはそれを買い取って

それを売って利益にしてるだけ」


ね、単純でしょと男は笑いかけた


「薬は面倒なのよね

折角良い製造元見つけても価格とか運送費で

何だかんだでトラブルになっちゃうし

昔みたいにみかじめ料がどうとか

誘拐で稼ごうとするとかは最近流行らないの」


静寂を埋めるかのように饒舌で

あくまで優しいトーンがそう言った


「店の不利益はどうなる?」


「あらいやだどんな店でも保険くらい入ってるものじゃない?」


「残念だったな、金を持ってる奴には分からない

無保険の小売だってあるんだよ」


ふうん何だか変な話よねと男は続けた


「それに何なのさっきからアタシの時計ばっかりちらちら見て」

誰かとデートの予約でもあるのと茶化した

私の心臓の鼓動が早くなる


早く、早くしなければ妹が殺されてしまう


「大事過ぎるデートがあるからね

楽しいおしゃべりはまた後にしよう」


何とかここを切り抜けて後は・・・そうだ


「あなたは交渉決裂って言うけれど

交渉ってそんな単純なものでもないのよお?色々やることはあるんだから

特にあなたの身柄がこちらで拘束されてる段階で

圧倒的に不利なのはどちらかしらね」


ねえ1時間程度で終わる拷問なんて映画で見たことある?

ないでしょ?

男がにいっと不気味に笑いかけた


「気を長くしていきましょ

デートの予約なんか、また後にでも出来るわ」


「待て、俺の身分を知ってるだろ

後、数分もすれば私の警備や警察がここに乗り込んでくるぞ」


私は男をにらみつけた

完全にはったりなのだが


「うっそお!やだこわーい!警察のお世話になりたくなーい

・・ってね

コレ見てよ」


この男の携帯電話は小さなジップロックに入っていた

その部品は完膚なきまでに破壊され

振られてチャリチャリと音がするだけだった


「他にもね、ポケットの中の私物は破壊済み」


後は靴にも仕掛けがあったみたいだけど

もう解体済みよと男は丁寧にウインクを送ってみせた


それは私の携帯電話も破壊されたということなら

誘拐犯人と連絡が取れない

あの最後の連絡から場所が変更になったとしても知ることすら出来ない

それならば人質解放は絶望的ということだ


「そう言えば、あなたのポケットに変な財布が入っていたの

変な身分証明書と一緒にね

うふふ、これってあなたと何か関係があるのかしら?

ここへ来てからあなたらしくない変な口調で喋ってるって自覚はあるのかしら?」


まだまだ沢山お話することはあるのだから

焦らずのんびりいきましょうよ!と男が私の肩をポンと叩いた


「あなたとは、お仲間かもしれないんだし!」


















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