第48話 敗戦の代償
夏休みが終わり、九月に入った今日からは、新学期が始まった。
久しぶりに会えば、髪型が変わっている者、派手にサングラス焼けしている者など、多様な人物が居て、それぞれが夏休みを楽しんだことが伝わってくる。
「……どんだけ焼けたんだよお前」
「まじ? そんなに焼けてるか?」
「やべーぞ。鉄板で焼かれたのかと思った」
「言いすぎだろ絶対」
見違える程に黒くなっている翔に、碧斗は目を丸くした。
元々白い肌ではない翔だったが、だとしても焼けすぎな程に焼けている。
まあ、海やら川やらで遊びまくっていそうな感じもするので、そこまで不思議では無いが。
「てか、夏鈴と夏祭りはどうだったんだ」
まだ登校していない夏鈴を見て、碧斗は翔へと問う。
照れ抜きで話すなら、今しか無いだろう。
「とりあえずやばかったぜ。語彙がやばいしか無くなるほどにはやばい。やばすぎた」
「全然伝わんないな……」
「とにかくやばかったんだよ」
「なるほどな。手とか繋いだのか?」
「それがよ……花火見ながら繋いじゃったんだよ。しかも俺からだぜ?」
「うんうん繋げなか……ぶふっ!? ええ!?」
ダメ元で聞いたのだが、あまりにもロマンチックすぎる返答に、飲んでいたペットボトルの水を吹き出しそうになった。
祭りに誘うのにも一苦労だったこの男が、手を繋いだ? しかも自分から?
「浴衣も可愛くてよ〜、見てくれよこの写真!」
「……」
驚きにやられて何も言えない碧斗を傍目に、翔はニヤケながら自分のスマホで写真を表示し、碧斗へと向けた。
そこに映るのは、どちらも浴衣姿の夏鈴と翔だった。
「すっかりカップルだなおい……」
「碧斗、今なんて?」
「お前の浴衣の方が可愛いって言ったんだよ!」
「はあ? っておい! 離せ!」
そう言いながら、碧斗は笑って翔の肩を強引に掴むと、翔は困ったような顔になる。
実は、翔と夏鈴がそういう関係に近付くことに、一番喜んでいるのは流川碧斗だった。
するとそこへ、
「相変わらず仲良さそうだね、二人とも!」
話しかけてきたのは、山下夏鈴だ。
何やら気分が良いのか、顔には満面の笑みを浮かべている。
とはいえ、理由など分かりきっているので、問うたりはしなかった。
何より、翔と目が合った瞬間、露骨に恥ずかしそうにしているのがその証拠である。
◇◇◇◇◇
「うおおおおおお」
「ひ……陽葵ちゃん!?」
小野寺陽葵は、今日も今日とて通常運転、では無い。
まさかの、誰よりも早く登校しているという、奇跡的な事が起きていた。
が、それには大きな理由がある。
「……課題やってなかったの?」
奇声を発しながらペンを荒ぶらせている陽葵に、クラスメイトは困り気味に問う。
すると、「うん!」と、何故か満面の笑みで陽葵が返事をした。
まあ、分かりきっていたことだが、陽葵は夏休みの課題が終わっていない。
紫月にも言われたのだが、どうしても面倒くさすぎて後回しにした結果これだ。
「……はぁ。ほんとバカ」
そんな陽葵を遠くから見ていた乃愛は、若干微笑みながら、ポツンと呟いた。
――仲直りは、しなかった。
出来なかったというよりも、するべきでは無かったと判断した。
なぜなら、あそこに小春は居なかったし、二人だけで仲直りをしたとて、それはそれで少し心が気持ち悪い。
どうせなら、三人で居る時に仲直りしたい。
まあ、「ごめんなさい」とは言わないけど。
――だけど、やっぱり一緒に居て一番安心するのは、君達だって確認出来た。
それだけでも、三人からすれば大きな収穫だ。
◇◇◇◇◇
「久しぶり、小春ちゃん!」
「ふふ、お久しぶりです」
機嫌が良さそうに教室に入り、すぐさま群れが出来るのは夜桜小春だ。
機嫌が良い理由、それは言わなくても分かるだろう。
「なんか、もっと可愛くなった?」
「いえいえ。そんな事ないですよ。いつも通りの私です」
「いつもが可愛いからなぁ……」
「もう、褒め上手ですね。ありがとうございます」
黒髪天使の聖母のような微笑みに、クラスメイトはやられそうになる。
というか、やられていた。
「てかさてかさ、小春ちゃん知ってる?」
群れの中、ある一人の女子が小春へと言葉を向ける。
「碧斗くんと噂になった!?」と、ちょっと期待しながら、「はい?」耳を傾けた。
「二大イケメンいるじゃん? この前クラス来てた」
「ああ……はい。私はその時居なかったので顔が分からないんですけどね」
二大イケメン。陽葵と乃愛を苦しめた、忌々しき存在だ。
きっと今日も呑気に登校しているだろうし、何も思っていないのだろう。
そんな推測が、小春の頭を巡る。
すると、そんな小春を見越したのか、クラスメイトは少し神妙な面持ちになりながら話し始めた。
「――なんかね、夏祭りの時に陽葵ちゃんと乃愛ちゃんに乱暴したらしいよ」
「そう、なんですね」
若干悔しくなり、返事に詰まりかける小春。
「うん。"泣かした"ってすごい噂になってる」
泣かした。それは初耳の事実だった。
紫月から送られてきたとある文には、細かな状況や状態などは記されていなかった。
"男の子が女の子を泣かすのはダメだ"、別にそう思ってる訳では無い。
どちらが泣かそうが、正当な理由があればいいと思う。
お互いに落ち度があって、お互いに悪い部分があるなら、むしろそうなって当たり前だ。
――が、今回だけは違う。
陽葵と乃愛には、何も落ち度が無い。
騙した奴が一番悪い。
優しければ優しい程、好きであれば好きである程、純粋であれば純粋である程、その作戦は刺さるから。
だから、騙される方は何も悪くない。
――だって、"人を騙す"というは、人格者であればある程、刺さってしまう野蛮な行為なのだから。
そう考え、小春は唇を少し噛んだ。
そして、紫月から送られてきたとある文を思い出すと、その感情を言葉にぶつけた。
「――そうですか。まあ大丈夫です。陽葵と乃愛には、私がいますから」
決意を宿した綺麗な瞳で、小春は言い切った。
◇◇◇◇◇
「なあ、さすがに気まずいわ」
「うん。まあ、仕方ないよ」
校門に入りながら、共に登校していた二大イケメンはそんな会話を交わす。
夏祭りでプライドを削られたこともあり、心には少し変化が出てきたようだ。
が、それはまだまだ、生ぬるい変化だった。
玄関へ向かうと、二人はそこで初めて『何か』が違うことに気が付いた。
「……おい、すげー見られてる気がすんだけど」
「そう? いつも通りじゃないかな?」
そう、いつも通りだ。
いつもの様に歩き、いつもの様に女子達の視線を奪っている。
――目線を、向けられている。
「そ、そうか。ならいいけどよ」
「うん。って、心配しすぎじゃないかな」
「そうだったな、悪い悪い」
「あはは、行こうか」
どうでもいい女子共の視線など気にすることなく、二人は教室へと向かった。
教室に入っても、変わらなかった。
が、今日は歓喜の悲鳴が聞こえない気がする。
――代わりに聞こえるのは、ヒソヒソと話す声だった。
「うわ、きたきた」
「やばくない? ゾッとするんだけど」
露骨に、二人に聞こえるように会話をしている女子がいた。
いつもなら嬉しく言われるはずの「来たよ」が、今日はやけに蔑むような口調で聞こえていた。
「ねえ、あいつらがやったんでしょ?」
「三大美女のこと、襲おうとしたらしいよ」
ヒソヒソと、その声は大きくなっていく。
ついに、二人の耳へと届いた。
「……おい、まさか言ったのか? あの野郎」
「……もしかしたら、そうかもしれないね」
指すのは、陽葵と乃愛のことだ。
が、それは違う。むしろ、クズ二人の事など話題にもしたくないし、口に出したくもない。
ならば誰か。
ぐるぐる公園に来ていた華月学園の生徒は、何も陽葵と乃愛だけでは無い。
――同じA組に、居たとしたら?
そして、二人を泣かした姿を、ばっちりと見られていたとしたら?
が、どうでもいい女子などに興味が無い二大イケメンは、それに気付くことは無かった。
「なんだか、居心地がわりぃな……。いつもの目線がねーよ」
「別にいいじゃないか。……僕はそんな奴らに興味は無い」
周りから嫌悪の目線を向けられている二人は、不快な気持ちを抑えて強がった。
気にしないはずなのに、気にならないはずなのに。
夏祭りの、あの時のような目線を感じ、思い出してしまった。
そのまま、胸に抱えた不快感は消えることなく、午前中を消化した。
昼休みになっても、その視線は変わらなかった。
というか、授業中もどこからか「きも」や「やば」と聞こえてきていた。
とにかく、冷ややかな目線を向けられていることを、肌で感じる。
「……最悪だ」
「……そうだね」
そうして、初めて二人は事の重大性に気が付いた。
夏休み前は羨望の目線を向けられていたはずが、今は180度変わって、嫌悪の目線へと変わっている。
心当たりはある。当たり前のようにある。
「悪かった」と言う自覚も、少しだけならある。
――が、それはあくまで、二大イケメン達の感覚だった。
三大美女の人気は、何も姿形だけでは無い。
性格ありき、人間性ありきの人気だ。
それが、二大イケメンとの明確な違いであり、明確な優位点でもあった。
だからこそ、周りを巻き込む力も二大イケメンよりも強い。
誰かに優しくすれば、その誰かは優しくされた人に好印象を持つに決まっている。
「……なあ、俺もう無理だ」
「……気にしない方がいい。僕も嫌だけど」
次第に、二大イケメンの心は、どんどんと削られていく。
こんなにも、嫌な気持ちになったことは無い。
見下され、嘲笑され、嫌悪されるのは初めての経験だった。
――「自分達がしてきたこと」を、されているだけなのに。
「……早く行こうぜ、外」
「……そうだね。行こうか」
いつも、外で食べているのだが、今日はこうして理由をつけて行きたくなってしまった。
「完全に自分が悪い」その気持ちを、ちょっとでも軽くする為に。
情けない逃げ道のように、二人はそう発言する。
「――失礼しますね。B組の夜桜小春と言います。このクラスに、『高瀬心穏』さんと、『加藤優太』さんという名前の方はいますか? すいません、顔が分からないので手を挙げてくれると助かるのですが」
――三大美女の一人、そして完璧すぎて好きになれなかった『夜桜小春』が、前のドアから完璧なタイミングで登場し、二人を呼んだのは、その時だった。
――――――――
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