第4話 華月学園の三大美女


「……えぇ!?」


 平和な"華月学園生活"を送ろうと、顔を上げるとそこには陽葵、乃愛、小春の姿が。

 クラスメイトと同時に、想像もしていなかった事実にも対面した碧斗は、そう声を出した。


「……あ、碧斗くん?」

「……あ、すいません、なんでもないです」


 なんとなく感じるクラスメイトの視線を無理矢理断ち切り、小川先生に返事をする。


「そ、そう。それならよかった」

「はい、すいません……」


 今、三人はどんな顔をしているのだろうか。

 自然消滅で消えてしまった彼氏が、目の前に現れて。

 怒りか、呆れか。それとも――。


「はい! 今日からクラスの一員になる流川碧斗くんね! みんな仲良くしてあげてください!」


 改めて、先生から紹介される碧斗。

 元カノが三人いるという事実が判明した今、逆に恥ずかしくなってしまった。


「じゃ、あそこの空いてる席座ってね」


 小川先生が指を差しながら席を教える。

 とにかく、その三人の隣じゃなければいい。

 もう既に平和的な学園生活は送れる気がしないのだが、出来るだけそっちのベクトルに向けた方がいいからだ。


「はい」


 なんとか平静を取り戻して、何事も無かったかのように返事をする碧斗。

 というか、碧斗とその三人しかこの状況は理解できていないのだが。


「あ、すいません、どこですか?」


 考えることに精一杯で、しっかりと確認していなかった碧斗は、もう一度先生に自分の席の確認を取った。


「あそこ! 山下さんの隣!」


 どうやら、山下さんという人の隣らしい。

 三人の苗字はそれぞれ、小野寺、如月、夜桜なので当てはまっていない。


「わ、わかりました……」


 露骨に安堵した碧斗は、自分の席を視認してから、そこへ向かった。

 顔を見ても、元カノ達の誰かでは無い為、ひとまずは安心だ。


「じゃ、今日も問題無く生活するようにね! 号令!」


 碧斗が席についたのを確認した小川先生。

 そして、担当が号令をすると、正式に朝のホームルームは終わりを告げた。


 小川先生が教室を後にして、一限目まで10分の空き時間。


「流川碧斗くん?」

「うん、そう」


 隣の女の子から話しかけられた碧斗は、特に詰まることもなく返事をした。

 昔から比較的にコミュ力がある方の碧斗は、友達作りにも自信がある為、こういう時は難なく会話することができる。


「今日からよろしくね」

「うん、よろしく。名前聞いてもいい?」

山下夏鈴やましたかりんだよ。かりんって呼んでくれたら大丈夫!」


 隣に座る夏鈴は、とても優しい雰囲気を漂わせていた。

 いや、激動すぎた朝のホームルームの疲れから、勝手に優しく感じているだけかもしれないが。


「夏鈴、ね。よろしく」

「分からないことあったら何でも聞いてね」

「うん、ありがとう」


 微笑みながら夏鈴は言う。

 疲れとかではなく、本当に優しいようだ。


「ごめん、早速一つ質問なんだけどさ」


 夏鈴の優しさに甘え、碧斗は言葉をかけた。


「ん?」

「席替えとかってあるの?」


 席替え。それはきっと、学生ならば楽しみイベントの一つだろう。

 だが、生憎今の碧斗にはそれが楽しみではなく苦痛なものでしかない。

 今は夏鈴が隣だから良いものの、元カノが隣になったりしたらそれこそ平和的とは真逆になる。


「え、席替え?」

「うん。俺が来たからみたいなのあるのかなって」

「……もう夏鈴のこと嫌いになった!?」

「あ、違う違う! 全然そんなことない!」


 どうやら夏鈴は、持ち前の優しさ故に悪い勘違いをしたようだ。


「びっくりしたあ。ちょっとしか話してないけどもう嫌われたのかと思ったよ」

「そんなひどい人間じゃないよ俺」


 三人の彼女と自然消滅した男のセリフには、説得力が無い。

 まあ、そんなことを隣の夏鈴が知る由もないのだが。


「なになに、もう一目惚れとかしたの?」

「え、ええ?」

「だから席替えしたいのかなって」


 鋭い勘をぶつけてくる夏鈴に、一瞬焦った碧斗。

 残念ながらその逆だ。

 全然したい訳では無い。


「……さすがに違うけど、なんとなく気になって」

「ふーん。まあ、多分しないと思うよ。」

「そっか、ありがとう」


 夏鈴の心の内は全く読めないが、流石に元カノがこのクラスに三人も居るとは思っていないだろう。

 そう結論付け、碧斗は一限目の準備をした。


「はい、今日はここで終わります」


 チャイムが鳴ると、数学の先生は終わりを告げる。

 そうして、少し年老いた女の先生は、プリントを持ちながら教室を後にした。

 二限目の授業は、移動教室らしく、まだ華月学園について右も左も分からない碧斗は、みんなについて行くしか無かった。


「はぁ……数学ほんと分かんない」


 あくびをしながら、夏鈴はそう呟く。


「そうなんだ。結構頭良いのかと思ってた」

「夏鈴、まだ自分がバカなんて言ってないよ!?」

「あ、ごめん」

「まあこの前の小テスト10点だったけど」

「え、何点中?」

「100点」


 ニッコニコな笑顔の夏鈴は、やっぱりバカだったらしい。

 とはいえ、本当に愛嬌がある、というか愛されるタイプの人間だ。

 それは見た目もそうであり、いかにも女の子というような可愛さを孕んでいた。


「次、化学室だよ」

「うん、ありがとう」

「場所は?大丈夫?」

「まあ多分。覚える為にも一人で行ってみる」

「そっか、じゃあまた後でね」


 初めての移動教室という事もあり、心配をしてくれた夏鈴は、碧斗より一足先に友達と移動教室へと向かった。

 改めて、教室内を見渡す。

 既にあの三人は化学室に向かっていた為、教室にはいなかった。

 だが、変わらない事実を気にしていてもしょうがない。


「……いくか」


 碧斗はおもむろに立ち上がると、位置を覚える為にも一人で教室へと向かおうとした。――その時だった。


「……てお前、あの時の!」


 立ち上がった碧斗の前に居るのは、まだ名前も知らない男の子。


「……え?」


 話した覚えも無ければ、会ったこともないのに、相手は碧斗に見覚えがあるらしい。


「碑石の前で立ちションしてただろ!」

「……あ、ああ!」


 心当たりがあった碧斗は、思い出すように反応をした。

 勿論、立ちションではなく碑石の前にいたことの心当たりだ。


「やっぱ立ちションしてたな! 面白いやつめ」

「いや、してない」

「嘘だ、転校初日からあんな事するやつ初めてみたぞ俺」

「だからしてないわ!」


 どんどんと一方通行で進んでいく相手。


「碧斗だっけ?」

「そうそう、よろしくね」

「おう、よろしくな。俺は間宮翔まみやかける。かけるって呼んでくれ」

「かける、ね。かっこいい名前してんじゃん」

「立ちションする奴には負けるけどな」

「だからしてないって……」


 碧斗が「華月学園高等学校」という碑石の前で立ち尽くしていた時、話しかけてきたあの見知らぬ男の子は、翔だったらしい。

 というか、本当に立ちションをしていたら今頃もまだ進路指導室で説教されている。


「じゃ碧斗、一緒に行こうぜ」

「うん、わかった」


 一人で行こうとは思っていたが、時間も時間だ。

 友達も増やしたい為、碧斗は翔と共に行くことにした。


「なー碧斗、」


 目的地まで歩く途中、翔が口を開く。


「ん?」

「どう? このクラス」

「どう、か。わかんないなまだ」


 男らしい見た目の翔から、クラスを心配している旨の発言が飛んでくる。

 人は見た目じゃないんだな、と思う所だったが、やっぱり人は見た目だったらしい。


「可愛い子いる?」


 心配じゃなく、女の子についてだった。


「いやぁ、まだ全然見てないんだよね」

「んだよそれ。見ろや」

「見ろやって言われても」


 高校生らしい会話が、歩きながら繰り広げられている。


「翔はいるの?誰か可愛い子」


 碧斗はそう聞くが、正直名前もまだ分からないので、意味が無い。

 と思ってたのだが。


「碧斗の隣の夏鈴ちゃん可愛いよな」

「え、夏鈴?」

「は? もう下の名前で呼びあってんの!?」

「いや、まあ」


 どうやら、翔の意中の女の子は山下夏鈴らしい。

 確かに、あの雰囲気と愛嬌は、男らしい翔との相性が良さそうだ。


「いいなー。席変われよ俺と」

「ちなみに聞いておくけど、隣誰なの?」

「陽葵ちゃん。良いだろ」

「……」


 絶対、変わらない。

 とはいえ、それを伝えるのも野暮なのでここは黙っておく。


「参考程度に教えてやろうか? このクラス、いや、この学年のTOP3と言われてる美女達を」


 入学してまだ二ヶ月程しか経っていないはずだが、どうやら、もうランキング的なのがあるらしい。

 碧斗は「うん」と返事をし、興味本位で聞くことにした。


「まず一人目は、どぅるるるる」


 自前のドラムロールのような音を出す翔。

 そして、その名前を口にした。


「俺の隣、小野寺陽葵ちゃんだ」

「……ああ」


 まあ、さっきの「良いだろ」という口ぶりからも、なんとなく予想はしていたので驚きはしなかった。


「なんだ、あんまり驚いてないんだな。同じクラスにいるってのに」

「察してたから」

「そうか。じゃあ二人目の発表だ。どぅるるるる」

「音が安っぽすぎるだろ」


 お世辞にも上手いとは言えない、というか下手な自前ドラムロールの音を出す翔。

 碧斗の言葉は気にせず、二人目の名前を口にした。


「これまた俺たちのクラス、如月乃愛ちゃんです」

「……まじかよ」

「まあ俺はそこまで可愛いと思わないんだけどな。どうやら人気らしい」


 翔が口にした二人目は、如月乃愛。

 1-Bの一員で、金髪巻き髪ポニーテールの女の子だ。

 てか――、

 考える隙も与えず、翔は三人目の発表に移行した。

 

「三人目言うぞ。どぅるるるる」


 三回目にして聞き慣れた自前ドラムロール。

 下手くそを通り越してもう何も感じないので、止めることはしない。


「夜桜小春ちゃんだ。これはまあ安定だな」

「……え?」

「なんだその反応。あの子はもう完璧美少女って感じだよな。欠点が無い」


 三人目は、夜桜小春らしい。

 和風美人というか、瓜実顔というか。

 そんな風貌が、一学年には大好評らしい。


「それ、クラスTOP3じゃん」


 学年TOP3と言っていた翔だが、その三人が同じクラスに居るわけがない。

 碧斗は、当たり前の疑問を飛ばす。


「そうだよ。クラスTOP3にして学年TOP3ってこと。凄すぎるよな、うちのクラス」

「本気で……?」

「おう。まあでも俺は夏鈴ちゃん派だけどなー」


 翔の表情は、いたって純粋そのものだった。

 どうやら、学年TOP3というのは誇張でも盛りでも何でも無く、紛うことなき事実だったようだ。

 

 その三人を聞き、碧斗は冷静に考えてみる。

 他のクラスの、知らない名前の女の子が出てくると思ったのだが、TOP3は知ってる名前。

 まだ学校に来て初日なのに、既に知ってる名前――。

 そして碧斗は、ある事実に気付いた。


 ――いやいやいや、学年TOP3の美女ってみんな俺の元カノなんですけど!?


 と。


 小野寺陽葵、如月乃愛、夜桜小春。

 一学年が誇る美女は、全て碧斗の元カノだ。

 まあ、こんなことを翔に言えるはずも無く、碧斗は悟られないように会話を続けた。


「てか、学校TOP3かもな。他学年の顔も見たけど全然いないわ」

「……それも本当っぽいな」


 そんな三人の元カレということを、誇るべき事なのか。

 はたまた、自然消滅でそんな三人を失ってしまった自分を恥じるべきなのか。

 答えは分からない。


「じゃ、俺あっちだから。また後でなー」


 そんなことを考えていると、いつの間にか化学室に到着しており、翔は自分の席へと向かった。

 碧斗も自分の席へと向かい、夏鈴の隣へと腰を下ろした。


「迷わなかった?」

「うん。結局、翔と一緒に来たから」

「あ、翔くんと来たんだ。それならよかった」


 翔が惚れている女の子と話している碧斗。

 なんとなく罪悪感も生まれるが、今はそれよりも大事な事実確認がある。


「てか夏鈴、一つ聞きたいんだけど」

「ん? なに?」

「夏鈴の中で学年TOP3の可愛い女の子って誰?」


 翔が言っていたこと。

 思いっきり疑ってる訳では無いが、さすがにクラスに学年TOP3がみんな在籍しているとは考えられなかった。

 それは、元カノという関係性も相まって。


「急に攻めた質問だなあ。ていうか、他の人の名前分かるの?」

「いや、一応聞いておきたくて」

「ふーん?」

「ほんとに何も無いから!」


 ここでも鋭い勘を飛ばしてくる夏鈴。

 バカなのとは裏腹に、こういう時には冴え渡るのがいかにも夏鈴らしい。


「でも、女子達の中では、陽葵ちゃんと乃愛ちゃんと小春ちゃんが横並びで可愛いって言われてるよ」

「横並び?」

「うん。全員一位っていうか。順位付けるのも本当はダメなことなんだろうけど、そんなのもどうでも良くなるくらい三人は可愛いの」

「そうなのか……」

「もしかしたら華月学園の中でもかも」


 やはり、真実だったみたいだ。

 翔の言っていた学年TOP3は、本当に碧斗の元カノ達だった。

 そして、学校TOP3という言葉にも、一気に真実味が増してくる。増してきてしまう。

 誇るべきか分からない事実。

 とにかく奇想天外すぎる状況に、碧斗の頭はパンパンになっている。

 そんなことを考えていると、二限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響き、程なくして、担当の先生が入ってきた。


 実験だったからか、なんとなく二限目はいつもより速く終わったように感じる。

 その後は、特に何事も無く、三限四限と消化していった。

 ここまで特に、元カノ達からの接触は無いのだが、それが助かっているのか、逆に足枷になっているのかは、碧斗にはよく分からない。


 四限も終わり、昼食の時間。

 それぞれが持ってきたお弁当や、惣菜パンなどを机に出し、食べる準備を進めている。

 机の位置を変えたり、空いてる席に座ったりで、それぞれが友達と組んでいるその姿は、正に高校生だ。

 そんな中、碧斗の前には翔が来ていた。


「美味そうな弁当だなおい」

「俺のお母さん料理うまいんだ。てか、翔のも豪華すぎない?」

「昨日のうなぎの余り」

「うなぎ!?」


 お昼の弁当がうなぎとは、どれほど優雅な弁当なのだろうか。

 だが、それに負けない程に碧斗の母親には料理の腕前があるので、そこまで羨ましくはならない。

 否、ほんの少し、羨ましい。


「ちょっとトイレ行ってくる」

「ん、おうよ」


 我慢していた尿意を消化する為、碧斗はトイレへと向かった。

 

 ――そんな碧斗を見て、追うように、ある生徒もトイレへと向かった。


「……ふう」


 出すものを出して、手を洗った碧斗。

 我慢すればするほど、出した時の解放感も増していく。

 そんな、非生産的にも程があることを考えながら、トイレを出た時、それは起こった。

 


「――やっほ、碧斗」


 

 微笑みながら、その性格故に何の気まずさも見せずに、碧斗に話しかける生徒。


 ――この学校の三大美女の一人、元カノ・小野寺陽葵の姿が、そこにあったのだ。


――――――――


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