第23話 OK、覚えたよ

 目の前に、気絶した男の子が転がっている。これが日本あっちなら、落とし前はこれで十分だけど、この世界じゃ違う。

 ジュリエは、まだ剣を抜いたままだ。


 ――主、どうなさいますか? 殺すのが嫌なら、この場合、手を切り落とす事になりますが……


 気絶した男の子は、ジュリエに蹴飛ばされたお陰で鼻が折れているみたいだったけど、これじゃ足りないってのがジュリエの意見。


「やだなあ、もう……」


 これは、やらなきゃいけない事だ。でも……『杖』のテストにはいいタイミングだって考えるぼくがいる。

 ぼくは少し考えて……腰のベルトに差していた短杖を抜いて男の子で突き付けた。


「……しょうがない。やろうか……」


 ぼくは殺しはやらない。この子にこれ以上の怪我をさせるつもりもない。兼ねてからの予定通り、『遠くに行ってもらう』事にした。


 第三級時空魔法。対象を設定した場所に飛ばす。


「Bye-Bye」


 少し魔力が身体から抜けて行く感覚がして、男の子は足先から消え始めた。


「ふぅん、こうなるのか……」


 男の子の行き先は『ルイーダの酒場』だ。ぼくの想像では色んな冒険者たちが居て、勇者に仲間として誘われる日を待っている。


 男の子は足先からデジタル模様になって、やがて完全に消えてしまった。


 その光景を、ジュリエが目を剥いて見つめている。


 ――主、これは……


「時空魔法。結構、簡単なやつだよ」


 時空魔法は軍に居た時空魔術師から盗んだ。扱いが難しく、ぼくが使えるのは二級までを少し。転移場所の設定次第では恐ろしい事になる。


 例えばだけど、転移場所の設定を他の物体と被らせると、対象は大爆発する。勿論、時空魔術師は国の監視対象だ。


「……帰ろっか?」


 ぼくは、男の子が勇者の仲間になれる事を祈った。


 だって、勇者の仲間になれないとルイーダの酒場で永遠に燻る事になる。下手したら削除デリートされるかもしれない。


 ぼくが付けた『落とし前』を見て、野次馬たちがそっと目を逸らした。

 上手く行ったみたい。

 結果に満足して、ぼくたちはその場を後にした。


◇◇


 その日、自由行動を許可したアマンダたちは、中々、帰って来なくて、ぼくはおかんむりだった。


「逃げたのかな……」


 腕時計を見ると、時刻は既に夜の十一時になろうとしていた。


「……やっぱり、孤児は駄目か……」


 少しでも信用したぼくが馬鹿だった。多少の荷物に現金がパーになった。また会った時には『落とし前』をつけなきゃならない。


 そんな事を考えていると、ぼくとジュリエが取っていた部屋のドアが強く叩かれた。


「なに、もう……」


 この時にはもう、ぼくとジュリエは食事も入浴も済ませ、寝巻きのローブに着替えた後だった。


 またしてもお楽しみを邪魔されて、一遍に不機嫌になったジュリエがドアを開けると、そこにはボロボロの格好になったアマンダとチルドレンたちが涙目になって立っていた。

 ぼくは、うんざりして言った。


「遅いよ。晩ごはん抜きね」


 そんな事とは関係なく、アマンダはその場に土下座して言った。


「リトル・スノウさん! お、お願いです! インギィを助けて下さい!!」


 つい先日も見た光景に、ぼくはやっぱりうんざりした。


「……なに、どうしたの?」


「れ、レヴィンにインギィが捕まっちまって……このままじゃ……あ、あたしならどうなっても……だから……!」


「……無茶するなって言ってあったよね……」


 ぼくにはやらなきゃいけない事が山ほどある。アマンダはいい子だけど、ぼくの言い付けを守らずトラブルを起こしたのなら話は変わる。


 チルドレンにとって、ぼくは『雇用主』だ。言う事を聞かないヤツはいらない。

 そう思ったぼくだったけど……

 アマンダが泣きながら言った。


「スノウさん、レヴィンの手下を消しちまったでしょう? それであいつら、仲間を返せって絡んで来て……」


「ウソ、本当に?」


 なんてこと。原因はぼくだった。

 明日にダンジョン探索を控え、ぼくは疲れて溜め息を吐き出した。


「……分かった。捕まったインギィを取り戻せばいいんだね……」


 これは、ぼくの中途半端な『落とし前』が切っ掛けのトラブルだった。おそらく、ジュリエの言う通り、容赦なく殺しておけば話はまた変わったんだと思う。


「……」


 色々と悪どい事をやって来たぼくだけど、さすがに人殺しは嫌だ。口をへの字に曲げて考え込むぼくに、アマンダが泣き付いた。


「は、早く! インギィが……インギィが……!」


「だから、分かったって言ったよね……」


 ぼくはバックパックの中にあった短杖を取り出した。


 さて……レヴィンとやらに拐われたインギィだけど、アマンダの言う通り、一刻を急ぐ事態にある。


 ぼくは力任せの脳筋じゃないし、暴力は好きじゃない。こういうのはスピーディに、かつスマートに済ませたい。


「う~ん……この場合、どうなるんだろう……召喚術? いや、引き寄せになるのかな……だったら呪術になるけど……」


 悩みながら、結局、ぼくは呪術による『引き寄せ』を使う事にした。

 インギィを取り戻すだけなら召喚術でもいいけど、ぼくは呪術の方が得意だったってのが大きな理由。

 一言で呪術って言っても色々ある。

 アスクラピアの神官が使う呪術は死を誘うものや鈍化や失意なんかのデバフ効果があるものが多いけど、あれは『信仰心』とやらが必要だ。

 勿論、ぼくは神さまなんて信じない。そんなぼくに信仰心が必要な呪術は難しい。

 という訳で……

 ぼくは魔術系統の呪術の方が得意だ。今回は物寄せの応用でインギィを引き寄せる。


「何でもいいけど、インギィの持ち物ってある? あったら出して」


 すると、泣きじゃくるアマンダを後ろにいたチルドレンの一人が、バックパックの中からインギィの下着を取り出した。

 荷物を取られなかったのはよし。

 ぼくは手早くインギィの下着を手に取って、その辺の床に放り投げた。媒体はこれでよし。


「……」


 集中する。

 呪術を含めた魔術全体に言える事だけど、魔法の行使には強いイメージが重要だ。


 銀色の髪の犬人ワードッグ。イングリット。通称『インギィ』。アマンダの仲間だけど、本当は孤児じゃない。チルドレンの中で、唯一読み書きが出来て、多少とはいえ計算も出来る。そんな彼女には秘密がある。


 物寄せの呪術を発動させると、目の前に五十cm四方の黒い影のような空間が出現したので、ぼくはそこに手を突っ込んで『引き寄せる』。


 影の中に右手を突っ込み、手探りでインギィの腕っぽい物を掴んだので、思い切り引っ張った。


「うむむ……見てないで、手伝ってよ……」


 その辺でアマンダも理解したのか、チルドレン全員がぼくの腰に抱き着くようにして後ろに引っ張った。


 すると黒い影の中から、ずるりと裸のインギィの上半身が飛び出した。

 インギィの顔は恐怖で強張り、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


「リトル・スノウ!」


「叫ばなくても、聞こえてるよ」


 全員で力いっぱい引っ張ると、影からインギィがずるずると抜け出して来る。もう少し。


 全身が飛び出した所で、まだインギィの足を掴んだままの手が出て来たけど、それはジュリエがショートソードで切り捨てた。

 そこで、ぼくは術を消した。

 するとあら不思議。そこには全裸のインギィが!


「やれやれ……子供の小競り合いにしては、洒落になってないね……」


 最初はココの耳。今日は裸に剥かれたインギィ。目的は一目瞭然。やる事だけは一丁前だ。


「……」


 ジュリエが切り捨てた手は、レヴィンとやらのものだろうか。どちらにしても、ここまで来ると捨て置く訳には行かない。


 ぼくは、床に転がった誰かの手をゴミ箱に突っ込んだ。そのぼくから離れず、抱き着いて涙を流すインギィの髪をくしゃりと撫でる。


 間一髪、なんとか間に合ったというところ。


「……レヴィンね……覚えたよ……」


 この落とし前はつけさせる。


 一人の探索者としてもそうだけど、悪ガキ程度にナメられる訳にはいかない。本格的にムカついたのは、久し振りだった。

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