第62話 ヒュドラのすり身団子スープ
車輪蛇も普通の蛇と同様、淡白な味だった。おそらくこのヒュドラもそうだろう。肉の味が大幅に違うとは考えにくい。
淡白な蛇には甘辛いソースがよく合うが、同じものを続けて作っても飽きやすいかもしれない。
そこでリゼットは切り落とされたヒュドラの部位から大きめの骨を取り、小さい骨は肉とまとめて細かく切って、とにかく叩き潰して、毒消し草と混ぜて、すり身にした。
皮と鱗が固いので解体に少し時間がかかったが、レオンハルトのアダマントの剣は非常によく斬れるため問題なく肉の塊が取れた。
村でもらった根菜でスープをつくり、すり身をスプーンですくってスープに入れて煮る。よく煮込み、灰汁を取り、最後に毒を解毒するユニコーンの角杖を一回しし、味見をして塩加減を調える。
器に盛るときに毒消し草を細かくしたものをはらりとかける。
「できました。ヒュドラのすり身団子スープです!」
「本当に大丈夫なのかこれ」
「解毒はしっかりしているので大丈夫です。味見しましたし」
「してんのかよ! 本当怖いもの知らずだなお前!」
火を囲んで揃ってスープを食べ、揃ってほっと息を吐く。
「ホント、元を知らなきゃほぼ鳥肉だな」
「とても優しい味です……身も心も癒されます」
「少し肉が甘い。野菜の甘味と一体化して、うまいな。とてもあたたまる」
洞窟内の底冷えで冷えた身体に、スープのあたたかさが一段としみる。身体の奥からぽかぽかとあたたまり、少し汗ばんでくるほどだった。ヒュドラの力だろうか。
「ヒュドラは東方ではヤマタノオロチと呼ばれているらしい。八の頭がある蛇という意味だ」
「まあ、東方にも同じようなモンスターがいるんですね」
「そちらのモンスターは強い酒を捧げられ、酔っ払っているところを退治されたそうだ」
「いろんな伝承があるんですね」
遠く離れた場所でも同じようなモンスターがいて違う名前で呼ばれていると言うのも興味深い。
「酒は飲んでも飲まれるなという教訓だな。ディーは覚えておいた方がいい」
「うるせえよ。ってこれ、身体が熱くなるな」
そのとき、部屋の入口の方から二人分の足音が響いてくる。
「おお、すげえ! あのヒュドラを殺ったのか!」
部屋の様子を見て驚きと喜びの声を上げたのは、二人組の内、槍を持った群青色の髪の青年だった。そして太い柱の下敷きになっている生きたヒュドラを見て、後ろに引き下がる。
「い、いや、殺ってはいねぇのか……でも封印できてるのか。階段も出てるし、すげーな、お前ら。おっと自己紹介が遅れたな。おれはケヴィン、伝説をつくる男だ。こっちは相棒のユドミラ」
青い瞳を輝かせて得意げに笑いながら、後ろのもう一人を紹介する。
ユドミラは長い銀髪を編み込んでまとめ、頭にフードをかぶった女性だった。こちらも二十歳前後で、まるで彫刻のように整った顔立ちをしていた。その肩に弓がかけられている。
「不愛想なやつだが勘弁してやってくれな」
リゼットたちも自己紹介としてそれぞれ名乗るが、ユドミラはまったく反応を示さない。無表情のまま軽く視線を逸らす。
「俺たちの他にも冒険者がいたんだな」
レオンハルトが言うと、ケヴィンは苦笑しながら槍を背中のホルダーに固定する。
「ああ。たまたまこのダンジョンを見つけて入ったら囚われちまってな。あのヒュドラが厄介で、進むこともできずに参ってたんだよ」
「伝説がいきなり止まってるじゃねーか」
「だがこれで先へ進める。感謝するぜ。にしてもいい匂いだな」
ケヴィンは明るく笑いながらリゼットたちの食事風景を見る。
「ダンジョン内でこんな料理してるやつ初めて見たぜ。持ち込めるのは干し肉と硬いパンとチーズくらいだからなー」
「こちらでよろしければどうぞ」
器にすり身団子スープを入れて、ケヴィンに渡す。
「おお、お嬢さん! なんて優しい!」
「ヒュドラのすり身団子スープです」
「う、うぐぐ……」
ケヴィンは皿を受け取ったまま硬直した。
「ヒュドラ? ヒュドラって言ったいま?」
「はい。そこにいる新鮮なヒュドラです。おいしいですよ」
「う……うぐぐ……背に腹は代えられん……」
ケヴィンは皿に口を寄せて。
「うっ……」
口を閉じて顔を逸らす。それを三回繰り返す。
「早く食え」
ディーに言われて決心したかのように口をつけ、一口スープを飲む。
強張っていた顔がふっと緩み、中の具を食べ始める。
「……うまい。ヒュドラがこんな上品なスープになるのか? 信じられん……」
「よかったらこちらもどうぞ。車輪蛇の甘辛焼きです」
残っていた車輪蛇の甘辛焼きの串を渡す。
「へーえ、おもしろいな。どれどれ――……うん。まったりとしてしつこくてエグみがあり……結構なお味で……うげえ」
忌憚のない意見を言うケヴィンを、ユドミラは冷めた目で見ていた。
リゼットはユドミラにもスープを渡そうとしたが無視される。満腹なのかもしれない。
「オレ、結構うまいと思ったんだけど……?」
「俺もだ。彼はモンスターを食べ慣れていないからだろうな」
「……オレ、知らないうちに味覚が変わっちまったのか……?」
ディーは絶望したような表情で手をわなわな震わせる。
「進化ですわね」
「うるせえ」
「環境に適応したということだな」
「うるせえ」
「あんたらずっとこんなもの食って探索してるのか?」
車輪蛇の甘辛焼きを食べながら、ケヴィンは渋面で聞いてくる。
「はい。モンスター料理は新鮮かつ力が湧いてくる素晴らしい料理ですから」
「すげえな……あんたらならいつか伝説になれるだろうな。そしてこのおれもだ!」
ぐっと一気に食べ切り、水で流し込む。
疲労感に溢れた息を吐いて口元を拭う。
「――さて。本題はここからで……」
ケヴィンの口元が笑みの形をつくる。
「おれたち協力しないかい? 人数が多い方が安全だろ?」
「協力ですか……」
「ああ。もちろんお宝が見つかったら分け前は等分でな」
悪くない条件だ。
未知のダンジョンを攻略するのだ。人数は多いほうがいい。休憩の時の見張りの負担も軽くなる。
だがリゼットにはひとつ気になることがあった。
「おふたりはいつからこのダンジョンにいらっしゃるのですか?」
「ん? あんたらのやってくる少し前じゃねーか? あんたらだってまだ日が浅いだろ?」
ケヴィンは首を捻りながら答える。
そうしているとケヴィンの後ろにいたユドミラが、階段の方へとまっすぐに歩いていく。一言も発さないまま。
「おい待てよ相棒! 悪いな、じゃ!」
ユドミラを追ってケヴィンも階段を下りていく。
そしてまた三人に戻った。
「……もったいねえなぁ。腕は割と立ちそうだったぜ」
すり身団子スープのおかわりを食べながらディーがぼやく。
「同じダンジョンにいるならまた会うこともあるだろう。味方とも限らないが」
「なんでだよ」
「……不思議なんです。私たちが入った時はモンスターの新しい死体はありませんでした」
すべて白骨化していて、いまにもすべて朽ち果てそうな死体ばかりだった。
つまりここ最近新しく倒されたモンスターはいなかったということだ。
「それがどーした?」
「あのおふたりが跡を残さないように始末しているのなら、それもあるかもしれませんが」
とてもそれだけの手間をかけるとは思えない。
「彼らは俺たちの後に入ってきたのかもしれない」
「それが何か問題なのか?」
「もし嘘だとしたら、必要のないところで嘘をついているのは気になるな」
レオンハルトもリゼットと同じ危惧を抱いている。
ディーはそれを笑い飛ばした。
「向こうの勘違いだろ。考えすぎだって」
「それはそうなのですが……」
そもそもこのダンジョンで出会うことすら偶然が行き過ぎている。どこか作為的なものを感じた。
「モンスターを食べてくださったので悪い方と思いたくはないのですが……」
「その判断基準は危険だと思う」
「まーそれよりも、このヒュドラどうするんだ?」
ヒュドラの身体は太い柱に押さえつけられたままである。まだ生きている。
「不死も燃やせば変質するのではないでしょうか? じっくりと燃やして灰にすれば……」
リゼットの思い付きに、レオンハルトが頷いた。
「……ああ、そんな話は聞いたことがある」
「よかった」
リゼットはヒュドラを炎で包む。激しさは求めない。ゆっくりと確実に焼いて灰にしていく。
ヒュドラの身体が段々と崩れ落ち、最後には琥珀色の魔石だけが残った。
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