食と黒歴史
甘月鈴音
第1話 その1
黒歴史。それは闇に葬りさりたい過去の出来事。わたしの頭を叩けば、いくらでも出てくるのではないでしょうか。
ええ、まあ。わたくし、お恥ずかしながら、幼い頃から頭が良い方ではありませんでした。成績なんて下から数えたほうが早い方。
昔、こんなことがありました。
中学生のころ3姉妹でファミレスに行ったときのことです。
爽やかそうな好青年のウェイトレスさんに案内され、席に着くと、わたしはウキウキしながら注文をしました。
その日は暑く、さっぱりとした物が食べたかったので、注文票を指さしながら、わたしはこう言ったものです。「つめたいやつ。下さい」
冷たい奴。
ええ。冷奴。ひややっこを冷たい奴と言ったのですよ。ファミレスには写真があるので、そのときのわたしは、このファミレスでは豆腐を、冷たい奴と言うのか、なんて馬鹿なことを思ったのです。
姉も赤っ恥ものですよね。
ウェイトレスさんは、にこやかに、「ひややっこですね」っと優しく言ってくれました。なんとまあ、わたくしは愚か者なのでしょう。
うむ。穴があったら入りたい。
そんな訳でわたしの食の黒歴史をさらに引っ張り出してみようと思います。
ぐい。ぐい。ぐい。
あれは、わたしが社会人になったばかりのことでした。蒸し暑い夏です。
会社で出来た漫画好きの友達と、なにを話てなのか、いつの間にやら「聖地、ビックサイトなるものに行ってみない?」と誘われたのが始まりでした。
ビックサイト。いわゆるコミケです。夏と冬に開催される最大規模のコミケ。同人誌即売会ですね。いやはや、あれのすごさには驚きですよ。
熱気、熱気、熱気。──殺気。
夏祭りでも、ああも殺気だった空気は味わえません。皆さんの、あの鋭い目。まるで獲物を狩るハンターそのままでした。
殺られる。下手なことを言ったら!
そう思わずにはいられませんでした。っとゆうわけでコミケは3日間。二泊三日で東京旅行に来た、わたしと友達は初めてのコミケにヘロヘロになりました。
「もう、ホテルに帰ろう」
どちらからともなく言い、フラフラになりながら予約した新高輪ホテルへと向かったのでした。
その場所は東京品川駅より徒歩15分ほどで、当時(今はどうなってるかわからない)道すがら食べ物屋があったとような覚えがあります。
相当疲れていましたのでチェクイン後、しばらく休憩をとり、くつろいでいると、ぐるるるる、とわたしの腹の虫が盛大に鳴ってしまいました。
「お腹すいたよぅ」
「そうだね。確かホテルの道沿いに、美味しそうな肉屋があったよねぇ。あそこ行かない?」
ああ、あったあった。
二つ返事で店名も忘れてしまった肉屋に行くことになりました。
記憶が曖昧ですが、その店は、大きな扉からスタートします。わたしと友達はギギギっと扉を開くなり「えっ」と驚愕したのを覚えています。
「あれ? 扉の向こうは下に降りる階段になってる」
その不思議な作りに目をしぱしぱさせ、お互い顔を見回しました。なんだか不安を覚え、わたしは
「やめる?」
と聞くと
「行く」
と、友達が言うので階段降りることにしました。
綺麗な広めの階段は下の奥に続いていました。わたしたちは恐る恐ると、ひとつづつ階段を降りていきます。するともう一つ扉があったのです。
ガチャリ。なかに入るとモダン的なオシャレな空間が広がっていました。真ん中にはラウンジのようなものまであります。
んっ。んっ。んっ。
待て待て、これ、バーやない? お酒らしい物が見えるぞ。
そう、わたしと友達はオシャレな、レストラン・バーに入ってしまったのです。当時のわたしは居酒屋のような飲み屋なんて行ったこともなく、高級レストランなんて物も行ったことがありませんでした。
えっ、ヤバクナイ!! 値段高いやつじゃない。
旅行はあと2日もあります。
えっ。明日は企業ブースでグッツを買う予定なのに!!
これは、金がなくなる。そうだ、今なら引き返せる。やめ……。
「いらっしゃいませ。2名さまでございますか?」
うへぇ〜。やめられない。もはや、引き返せない。苦笑いしながら「ハイ」と肯定すると、格好良くて優雅な店員さんが席に案内して下さいました。
「お酒は飲まれますか?」
「いえ」
ここで飲めるなんて言ったら、あのバー、カウンターに通される。
無理。あんなカウンター、漫画でしか見たことないよ。
「ねぇー。うちら場違いじゃない? こんなTシャツにズボンとかって変じゃない」
コソコソと話すわたしたち。髪はボサボサ。化粧は汗で剥がれかけている。ショルダーバッグとトートーバックでスニーカー。
ざっ、庶民。
夕飯にはまだかなり早い時間だったため、他に客もなく、比較する対象がいなかったのは、良かったのか、悪かったのか、このドレスが似合いそうなレストラン・バーで、場違いな、わたしたちは席に案内されたのでした。
ああ、引き返せない。どうしましようか。
もしや、肉、一切れ二切れで、一万円。だったりしたら……。こうなれば、恥を忍んでジュースだけ頂いて帰るか? いやいや、社会人にもなってそれは無いわ。
自問自答をしたような記憶があります。
注文票を見て安堵する。値段は覚えていませんが払えない値段ではありませんでした。しかし、当時のわたしたちの夕飯金額の予定を超えていたのは確かです。
まあ、次の日の昼を安めの物にすれば、なんとかなるでしょう。
わたしたちは肉とパンとジュースを注文し食事にありつきました。
お肉の味は、まあまあ。っというのも場に飲まれて、兎に角、早く店を出たかった。わたしたちは、ほぼ、無言でホークとナイフを持ち、やっつけ食いにかかりました。
肉を味わえたまえよ。っと思うでしょうが、仕方がありません。
「ごちそうさま。さっさと、この場違いなところから出よう」
わたしと友達は机のうえの伝票を探しました。
「あれ、ない。伝票ないよ」
「えっ。お店の人が置き忘れた?」
「えっ、こんな高級そうな店で、忘れるなんてある」
なんの根拠でしょうね。高級店イコール忘れる人はいない。と思っていました。魔の悪いことに店員さんは見当たりません。
わたしたちの席は窓際の少し離れた場所。大声で呼ぶのは忍ばれた。
困ったぞ。そこに
ピコン。わたしは
「こんな高級そうな店なんだから、伝票は会計のところに置いてあるんじゃない」
「あっ。そうかも」
阿呆二人。帰り支度をして席を立つ。会計といえば出口付近。なにも気にせず出口に向かう。
げっ!!
会計をする場所がない。そうです出入り口にはレジらしい物が無かったのです。そして、またまた魔の悪いことに店員さんが見かけられない。
どないするよ……。
ふと、そういえば階段のうえにレジっぽい机があったような。
「そうだ。会計は階段のところなんだよ。あそこから、この店がスタートしてるんだよ」
っと、わたしが言うと、友達は
「そうかなぁ?」
と腑に落ちないような顔をしながらも友達も肯定しました。
阿呆二人。
さあ、階段のうえに行こう。
扉を開け、階段を登る。
ええ、考えても見て下さい。コレ、食い逃げですよね。
わたしたちはお金を払いに、しかし、店からすれば、食い逃げ。
店 対 阿呆二人。
さて、勝敗は……。
──げげっ。誰もいない。
階段を登り切ったところで、店員さんがいないことに焦る。行きもいなかったのに、なぜ、根拠なく店員さんがそこにいると思ったのだろうか。
やば。これ食い逃げ状態じゃん。
ようやく、そのことに気がつく二人。
「戻ろう」
わたしたちは慌てて階段を降りることにしました。
冗談ではない、お金を払うつもりが無銭飲食になる。パトカーで連行されて「始めから食い逃げするつもりだったのか」なんて怒鳴られたら泣いちゃう。
警察沙汰になったら、入ったばかりの会社はクビになる。親からは飽きれられ、わたしの人生真っ暗に。
ほら、ほら、ほら、ほら。──来た!!!!
「お客様」
息せき切って、厳しい表情で店員さんがこられた!!
いやいや、まあまあ、どうしましょう。
「あわわわわ。ゴメンナサイ。食い逃げじゃないです。会計が階段のうえでかと思って……って、会計する場所がお店のなかでみかけられなくて……普通に考えても、この行動おかしいですよね。うわぁ、本当にごめんなさい」
ああ、阿呆な言い訳しかできない。信じてもらえるか? こんな下手な説明で。
店員さんはニコリと優しく
「お会計は、お席でいたします。すぐに参りますのでお席にお待ちください」
と、上品に言ってくださったんです。
「席でするんですね。そんなお店、初めてで、すみません」
「大丈夫ですよ。お気になさらずに」
天使だぁ。
人生初。食い逃げ未遂事件。あれは恥ずかしかった。
ウム。穴があったら入りたい。そう思ったのでした。
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