第5話 仮面の魔法使いクロウ

 仮面の魔法使いの突然の登場に、ガイザールは訝しげな声を上げる。


「では、褒美に……。ん? なんだ、貴様は? 羽虫が余の前をうろつくな。不愉快である。それとも余の邪魔をする腹積もりか?」


 俺は普段より少し声を低くして、ガイザールの問いかけに答える。


「私の名はクロウ。貴様を滅ぼす者だ」


 ガイザールは一瞬固まる。それから吹き出すように大口で笑いだす。


「ふぁっふあっふあっ!!! 余を滅ぼすだと? 千年前に余が世界を支配したという歴史を知らぬのか? 無知は罪であるぞ、仮面の男よ」


 俺はわざとらしく首をひねる。それは挑発するために行った動作だ。


「つまり、貴様の名はたった千年で歴史に埋もれる程度だったというわけだ。存外、大した相手ではなさそうだな」

「なんだとっ!」


 ガイザールは唾を飛ばしながら怒号を放つ。それから手を俺に突きつける。


「余を愚弄して生きて帰れると思うな、矮小なる者よ! 骨の一片も残さんぞ! 【ダークスフィア】!」


 ガイザールが巨大な漆黒の球体を投じる。対して、腰を落として待ち構えた俺は、手刀でその球体を彼方へ弾き飛ばす。


「なっ……!」


 飛んでいった球体は遠くの山に着弾する。山は消滅した。


「な、なかなか厚い魔力障壁を展開できるではないか! ならば余の最強最高の魔法で粉砕してやろう! 【ゴッドジャッジメント】!」


 その魔法、実在してたのか。

 そんなことを思いつつ、俺は雷の螺旋を掌底で消し飛ばす。

 触れた瞬間に強い痺れは感じたが、全身の筋肉を張れば耐えられた。


「ば、バカなぁあああ!!」


 ガイザールは信じられないとばかりに叫ぶ。しかし、俺からすれば別に不思議な話ではない。

 なにしろ、ラスボスである魔王や、ファイナルアビスの最下層に潜む裏ボス、そして最終的な勇者の強さを、俺は知っているんだ。

 あいつらが繰り広げる戦闘は、この戦いとは規模がまるで違う。


 そして何より、前世を思い出したあの日から今日まで、俺は一日足りとも筋トレを欠かしたことはない。

 今の俺は、初日に【ゴッドジャッジメント】を放てた俺よりも格段に強い。


「貴様、何者だ! クロウなどという名は聞いたことがない! その仮面の下は当代の勇者なのか! 姿を見せよ!」


 必死なガイザールの問いかけを、俺は冷徹に切り捨てる。


「それを知ってどうするんだ? 貴様はこれから死ぬというのに」

「くっ……!」


 小さく呻いたガイザールは、俺への恐れを振り払うように虚勢を張る。


「おのれ! だが、魔力障壁を使いこなせるのは余も同じこと! 余には魔法も物理も効かん! つまり、余が貴様を一方的に攻撃できるのだ! その大層な魔力障壁で余の猛攻をいつまで凌ぎ切れるか、見せてみよ!」


 ガイザールの両手に魔力が集中していく。

 だが、それを指を咥えて待つ義理はない。俺はその場で蹴りを放った。

 お互いの距離は離れている。しかし、俺の蹴りは空間ごとガイザールの魔力障壁を割ると、物理耐性さえ突破して、その巨大な体を半分にする。


「ぐぎゃああああ!」


 ガイザールの上半身と下半身が分かれた。どす黒い血が大地を汚す。

 まともな生物なら死ぬ筈の損傷を負ったガイザールは、しかし生きていた。


 これは予想外だ。

 俺の現段階の最強の遠距離攻撃が耐えられた。

 こいつ、ファイナルアビスの雑魚敵と同じくらい強い。


「ぐおおおお! 余の守りを打ち破るなどあり得ぬ! その魔法……まさか、いやそうか! 貴様、空間を分かつ異次元魔法、【ワールドブレイク】を使ったな!」


 ガイザールは上半身だけで絶叫すると、続けて意外な名前を口にした。


「どうしてなのだ! どうして貴様が奴と……ギル・リンバースと同じ魔法を使えるのだ!」


 俺の頭の上に、はてなマークが点灯したような気がした。

 ギル・リンバースというのは、もちろん俺のことだよな。でも、なんでここで俺が出てくるんだ? こいつは千年前の邪神。俺と関わりなんかある筈がない。ひょっとして、これも裏設定なんだろうか。


「まさか、貴様の正体は──」


 その先のセリフを遮るように、俺は全力で踏み込んだ。瞬時にガイザールへ肉薄すると、右の拳を振り上げて、筋肉を肥大させる。

 なんだかんだでずっと遠距離攻撃を軸に戦ってたが、俺の本領は近接戦闘。純粋なパンチを繰り出してるんだから、相手に直接叩き込んだ方が強いに決まってる。


 力こそパワー。筋肉は大体のことを解決する。


 俺は右ストレートを放つ。完璧な体重の移動まで込めたその拳は、ガイザールの無防備な腹部に突き刺さった。

 莫大なパワーが吹き荒れて、ガイザールの腹に巨大な風穴が空く。


「ぁああああ! 余はまた貴様に滅ぼされるのか……! 恨むぞ、ギ……!!」


 叫んでいる途中で、残った体がガラスみたいに砕けていき、ガイザールは消滅した。

 もはや大邪神が存在したという痕跡はどこにも残っていない。

 見上げれば、空は青かった。

 王国側と魔国側、すべての者に注目される中、俺はマントをばさっと翻す。


「我が名はクロウ! 闇を払う者なり! 王国の兵士達よ! 勇者に告げるのだ! より強くあれと! そうでなければ魔王は打ち倒せないと!」


 そう大声で伝えると、俺はダッシュで逃げた。


 まあ、途中想定外なこともあったけど、終わりよければすべてよし。

 ガイザールのせいで有耶無耶になったが、戦争も王国側が優勢だしな。

 さて、忘れない内に青年とジジイをぶっ殺して、首を回収したら帰ろう。


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