第十三話 すいとうのみずをみず
テントの中で三人、川の字に寝転がりながら吊るされたカンテラをぼーっと眺めていた。
驚くことに、テン魔クの中には照明と寝具も置いてあった。まあ、それはいいとして……。
ぐぅー、と誰かの腹が鳴る。
「お腹減ったね……」
誰も食べ物を持ってきていなかった。なんという失態であろうか。
各自持っている水筒の水も、ほぼなくなりかけている。
「……申し訳ありません。道を間違えた件もそうですが、こうなることも予測して物資を用意しておくべきでした」
「それはこちらの落ち度でもある。レキスが気にするようなことではないさ」
とは言ったものの、参ったな。この状態で明日また半日歩くとなると、相当きついぞ。
旅慣れてない影響が、こういう所に出て来るんだな……。いや、それ以前の問題か。
「ふぅ……。ん?」
ふと思い立ち、俺はがばっと身を起こした。
「どしたの?」
「ああ、いや……だめか……」
再びごろんと寝転がる。
「ちょっとなによー。気になるじゃない」
「……もしかしたらダジャレ魔法で食べ物が出せるんじゃないかと思ったんだがね……恐らく三分で消えてしまうので意味が無いかな、と」
「えっ、何それ面白そう」
「気休めにはなるかもしれませんね。ただ、結界の中では魔法は使えなくなるので不発に終わるかもしれません」
「な、なんだって。じゃあ、やめておこうか」
「しかし、ダジャレ魔法は常識では測れない部分があるので、一応試してみたらいかがでしょう」
「うむ、そうか。それじゃあちょっとだけ……」
再び身を起こし、リュックから木製の食器と鉄の鍋を取り出す。二人に食器を渡すと、俺は食べ物ダジャレを考え始める。
うーん……食べ物か。すぐに頭の中に浮かぶのは、やはり自分の働くスーパーの商品だな。
「それじゃあまずは、からあげ
ポンッと音をたて、それぞれの食器の中にプラスチックのパックに入った五個入りの唐揚げが現れた。
「発動しましたね」
「わっ、これ唐揚げ? おいしそう……いただきまーす!」
チャトがフタを開け、嬉しそうに唐揚げを口に入れようとする。
「ちょっと待った」
「んにゃっ」
「毒見、ではないが、まず俺が食べてみるよ。ちょっと待っていてくれ」
よく見覚えのある唐揚げを手に取り、口の中に放り込む。噛むと、よく知った味が口の中に広がっていく。
間違いない、これはうちのスーパーで売っている唐揚げだ。醤油ベースに黒こしょうが良く効いた、濃いめの味付けが売りである。冷めているのがちょっと残念だな。
食べ物ダジャレは俺の中で馴染みのあるものが出て来るのだろうか?
「うん、大丈夫そうだ。二人とも、食べてみてくれ」
「いただきまーす!」
「いただきます」
声を揃えて、二人とも唐揚げを食べ始める。いただきますと言いながら、
「んーっ、おいしい」
「濃い味付けが、疲れた体にしみますね」
「はは、よかった。作りたてを提供できればよかったんだがね」
そういえば、作りたてを食べる機会なんてあまりないもんなぁ。冷めた惣菜をレンチンするのが俺の日常だった……。
「こうなると、ご飯も欲しくなるねぇ」
「ごはん、か……。めしも
ポンッと茶碗の中に、またしてもプラスチックのパックに入った白米が現れた。どうやら食器は必要ないみたいだな。相変わらず冷めているようだが。
「にゃはー、すごいすごい」
「もはやなんでもアリですね」
「はは……。そうだ、飲み物もいるか」
リュックから木製のコップを取り出し、二人の前に置く。鉄の鍋に意識を集中し、ダジャレを唱える。
「この水、のみや
唱えた瞬間、鍋の中に二リットルサイズのペットボトルに入った水が現れる。フタを開け、コップに注いで飲んでみるが味に変なところはなさそうだ。
「ままま、どうぞどうぞ」
「おや、これはどうも」
二人のコップに水をそそぐと、グイッと一気に飲み干してしまった。唐揚げのせいもあるだろうが、相当喉が渇いていたんだろうな。あとは……栄養バランスか。
「そうだ、野菜も食べ
ポンッと音をたて、プラスチックのパックに入ったサラダセットが三人の前に現れた。
そう、これもスーパーの売り物だ。千切りのキャベツにレタス、コーン、トマトが入っていて、ご丁寧にフタにドレッシングがセロハンテープで貼り付けてある。
消える前に全て食べようとしているのか、毒見を待たずにドレッシングをかけると二人とも手づかみでサラダを口に放り込んでいく。君たち、ちょっとお行儀が悪いですぞ。
「むぐむぐ、ごくごく、もしゃもしゃ」
「ぱくぱく、ぼりぼり、んぐんぐ」
テント内に勢いの良い咀嚼音が響く。そして……。
「ぷはーっ、ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
全員、出て来たものを全て食べ終えた。床にはカラのペットボトルとパックが転がっている。
「はぁー、おいしかった。満足満足」
「残念ながら、そろそろ胃の中の物が消え始める頃だよ」
「やだなぁ、どんな感じなんだろう」
「一気にお腹が減るんでしょうか」
「べこんってお腹が引っ込むんじゃないか?」
「うぅ」
みんなで、静かにその瞬間を待つ。しかし、一向に腹が減る気配がない。
「……どういうことだ?」
「もう、五分は経ってますが」
「まだお腹いっぱいだよ。……けふっ」
ダジャレ魔法の効果は三分のはずだ。現に、床に散らかっていたゴミは時間差で消えて行った。うーん、腹の中に入ったものは例外なのだろうか。
「うーん、まだまだ謎の多いスキルだな」
「実に興味深い能力です」
「まあ、とにかくラッキーだったね」
「ああ。ひとまずこれでぐっすり眠れそうだ」
「それでは、歯を磨いて寝ましょうか」
カバンから歯ブラシを取り出そうとする二人を、俺は制止する。
「待った。貴重な水を使うのは勿体ないぞ」
「でも、歯磨きしないと気持ち悪いよ」
「ふふ、実はいいネタを思いついたんだ。口の……」
「……口の汚れを
レキスにネタを先に言われてしまった。
「うん。……それ」
言おうとしたネタを先に言われることほどばつが悪いものはない。先読みしやすいダジャレでは時々あることなのだが。
「では、改めて。……口の汚れを
みんなで口をもぐもぐさせ、確認する。うん、口の中がさわやかになった気がするぞ。
「もむもむ……うん、スッキリしたかも!」
「確かに。これは便利ですね」
「もう使えないけどね。今日は水不足だから特別だよ」
こういう時の為に、他の歯磨きネタも考えておいたほうがいいだろうか。例えば……マウスがきれいになり
「それじゃ、寝よっか」
「いや……食べた直後に寝るのは体によくないらしい。もうしばらく起きていたほうがいいかもしれないよ」
「なら、ちょっとお話ししようよ。レキちゃんのこと、もっと知りたいし」
「……別にかまいませんけど」
「にゃほりはほり聞いちゃうぞぉ」
「どうぞお手柔らかに」
こうして、食事を終えた俺たちは、レキスへの質問コーナーに突入するのであった。
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