23 フクロウと予兆
「葉子さん? どうかしたのですか?」
少女の両腕に抱かれているスズランも、小首を傾げたように見つめる。葉子は、「何もないよ!?」と言ったものの内心はあたふたしていた。
(今のは何⁉ 一瞬だけ、女性の声が聞こえた気がしたんだけど……)
彼女はきょろきょろと辺りを見渡した。しかし、この場には自分自身とカルミアとイベリス、子犬のスズランしかいない。
「さてと。休憩は終わりにして、そろそろ出発しましょう。僕は夕方までにアストルムに着きたいので」
イベリスはそう言うと、荷物を持って立ち上がる。「あなたたちも早く」と声をかけると、再び森の中を歩き始めた。挙動不審になっている葉子を特に気にしていない様子だった。
カルミアはスズランを抱きかかえると、心配そうに葉子を見た。彼女は荷物を持ったまま何か考えているふうだったからだ。
「ごめん、カルミアちゃん。先に行ってて! 後から追いかけるから!」
金髪の少女にそう言うと、葉子はにこりと笑った。カルミアは、「わかりました」と言うと、子犬とともにイベリスの後ろを歩き始めた。
葉子は大きく深呼吸した。先ほどの声のことが引っかかっていた。まさか、幽霊なのか、それとも幻聴だろうか――? そんな考えが、葉子の頭の片隅によぎる。
(そんな、昼間から出る訳ないよね!? きっと気のせいよね!)
彼女の額にうっすらと汗がにじんでいた。以前みたいにストレスで具合が悪くなるのは勘弁だ。「私は、大丈夫……」と必死に自分にそう言い聞かせていたが、
(でも、さっきから……)
今度は、頭上に向かって右手を伸ばしてみる。すると彼女の指先が、ふわりとした物に触れた。
「何これ?」
頭の上に何かが乗っている。葉子は不思議に思ったが、とりあえず今は、イベリスたちに追い付かなければならなかった。小走りで進むと、目の前に金髪の少女の後ろ姿が見えた。
葉子は息を整えながら、頭上に手を伸ばす。ふわふわした物体は、まだ彼女の頭の上にいるようだ。
「カルミアちゃん。私の頭に何か乗っているんだけど、わかる?」
葉子に声をかけられて金髪の少女は振り向いた。カルミアは立ち止まると、不思議そうに首を傾げる。
「その子はフクロウですね。葉子さん、いつの間に拾っていたのですか?」
どうやら葉子の頭の上には、一羽の猛禽類が止まっているらしい。何故に?
「フクロウ……? 拾った訳じゃないんだけどね」
葉子は疑問符を浮かべながら、ふわふわした物体を何度かつついてみた。だが、それは石のように彼女の頭の上から動かない。
今度は両手でフクロウを持ってみる。やはり、ふわふわしていて触り心地がよかった。そうこうしていると、パチリ、と一人と一羽の視線が合った。つぶらな瞳が、じっと葉子を見つめている。
カルミアが、その生き物をまじまじと見た。スズランも興味を持ったのか、フクロウに鼻を近付けると、ふすふす鳴らしている。
「まだ子供のようにも見えますが……。すみません、僕はあまり詳しくないのです。この子は、この森に住んでいるのでしょうか」
少女は顔を上げると辺りを見渡した。振り返って、自分たちが歩いて来た道を見やる。
このフクロウは、どこかの枝から落ちてきたのだろうか? もし親とはぐれていたら可哀そうだ。二人はその場でしばらく考え込んだ。
「どうしよっか……」
葉子がそう呟いて、再び両手に視線を戻したが、そこには何もいなかった。
小さな生き物は先ほどと同じように彼女の頭頂に止まっていたのだ。「あれ?」と葉子は首を捻った。このフクロウを両手で持っていたはずだが、いつの間にか移動していた。ずいぶんと動きが早いらしい。
「ちょっと大人しくしててねー」
彼女は再度、両手を伸ばしてフクロウを掴もうとするが、空気を撫でるだけで終わった。どうやら頭上で躱されているようだ。
「ちょ、もう!」
仕方がないので、今度は顔を横に振ってみる。だが依然として、その物体は葉子の頭頂に乗ったままだ。
「何なのよ~! このフクロウ! 大人しくしてなさいって!」
「ヨウコさん。あなたはいったい、さっきから何をしてるんですか?」
少し先まで歩いていたイベリスが、不審そうな顔をしながら戻って来る。葉子は赤面すると、「それがその……」と言い淀んだ。彼は、「早く進みましょう。もうすぐ一五時ですよ――」と言いかけて、
「あれ、ヨウコさん。頭に葉っぱが付いてますよ?」
そう言って、彼の手が伸びてくると、葉子の頭にくっついていた葉を取ってくれた。
(きゃー!)
葉子は心の中で黄色い歓声を上げた。「イベリスさん、ありがとうございます!」と言うのと同時に、二人の間をフクロウが横切った。
どうやら彼に葉っぱを取ってもらっている間は近くの木の枝に止まっていたらしい。フクロウは再び彼女の頭頂へ戻ってきた。そこがまるで定位置という風に。イベリスの視線が、葉子の頭上へ向かう。
「ところで……フクロウですよね? いったい、どうしたんですか?」
彼が不思議そうに丸い生き物を見つめた。葉子は困り顔になりながら、
「私にもよくわからなくて。とりあえず、この子も一緒でいいですか?」
「は、はあ……。旅は道連れと言いますし」
その後、
ため息を吐くとイベリスは空を仰ぎ見た。葉子も疲れから地面に座ってしまう。カルミアが心配そうに、「大丈夫ですか?」と聞いた。
それまで葉子の頭に止まっていたフクロウが地面に下りた。コツコツと、彼女のブーツをくちばしでつついた。そして、葉子のケープの襟元に差していた羽根飾りを、くちばしに咥えると羽を広げた。
「あ、それは!」
アウトゥムで、別れ際にエーデルからもらった羽根飾り。葉子はとっさに手を伸ばしたが、素早さはフクロウの方が上だった。それは軽やかに木の枝を移動していく。まるで――。
「もしかして……。あなた、案内してくれるの?」
葉子は感極まって声を上げた。彼女の問いにフクロウは鳴き声などで返事はしない。ただ、その瞳がじっと見つめるのだ。
「それじゃ、アストルムまでお願いできる?」
彼女はそう言うやいなや立ち上がった。フクロウは羽ばたくと、さらに少し先の木の枝まで飛んで止まった。くるりと顔を動かして振り返る。
「森の案内人……いえ、鳥ですか!」
イベリスは感心したように呟いた。小さな生き物が、彼女たちをアストルムの方へと導いてくれている。
かれこれ五分ほど歩いただろうか。鬱蒼としていた世界が、やがて明るくなり始めた。フクロウに導かれているうちに一行は、森の中から抜け出していた。視界の先には街道があり、その先には――。
「一時はどうなるかと思いましたが……。あのフクロウのおかげで、アストルムまで帰ってこれました! 幸運でしたね」
イベリスが嬉しそうに言うと空を見上げた。葉子も頷いた。
(幸運……。エーデルさんが言ってたのって、これのことだった?)
彼女が考えていると、フクロウが再び頭に止まった。葉子は微笑むと、「さっきはありがとね」と言った。フクロウは小さく、「ほっ」と返事をした。
「その子、あなたに付いて来るようですね」
カルミアも笑みを浮かべている。葉子ははにかんだ。こうして、珍妙なふくろうが仲間になった。
「さあ二人とも!」
イベリスに促されながら、彼女たちは道なりに進んだ。すっかり気力を回復したので足取りは軽かった。こうして目的地に辿り着いた。
(ここが、アストルムなのね)
外から見ると、都市の周りはぐるりと壁で囲まれており、要所には出入する門があった。アウトゥムとは比較にならないほど大きな都市だと感じられる。葉子は小さくため息を吐いた。イベリスとカルミアは門をくぐって、アストルムの中だった。
(もう少しでイベリスさんとお別れか~……)
名残惜しさを感じながら、葉子は彼らに続いて足を踏み入れようとした。その瞬間――彼女は立ち止まった。
(あれ……?)
何故だろうか。どこからか視線を感じる。それも一人ではなく複数だ。葉子は反射的に背後を振り返り、辺りを見渡したが、周辺の人々は忙しなく行き交っているだけだった。
「おい! そこの女、そんな所にいたら邪魔だろ!」
通りすがりの中年男性に怒鳴られ、葉子は急いで門前の端に走り寄った。
(何だろう……)
ここに何か踏み入れてはいけない予感が、彼女にはあった。歓迎されていない。先ほどの機械の魔物のように――。そして自分自身が、出口のわからない迷路に迷い込んでいく感覚もあった。
「葉子さん! 今夜は宿でよろしいですか?」
カルミアがそう言いながら駆け寄って来た。彼女は、今の考えをかき消すように、「うん!」と返事すると、えいっとアストルムへ足を踏み入れた。その時どこからか音が聞こえた気がした。
それは藤山葉子にとって、吉兆なのか、凶兆なのか――。
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