第20話 北畠具教の戦い

北畠具教が桶狭間での出来事を聞いたのは、伊勢長野城(現在の三重県津市と伊賀の境あたり)であった。長年敵対関係であった長野氏とは、北畠具教の次男、具藤を長野藤定の養子に迎えて和睦が成立し、今や北畠家の親戚筋となっていた。長野氏は北伊勢で勢力を持っていた神戸氏とも争いが絶えず、同じく北勢地域に根を張る赤堀氏と手を結んでいた。長野氏はこの赤堀氏を攻めるべく、今の四日市市の塩浜方面へと進軍していた。本体は五千ほどの兵であったが、守備兵として北畠からも七百ばかりの兵を援軍として派遣していた。


「お館様、桶狭間にて、織田の軍勢、今川軍に勝利したとのことでございます」


鳥谷尾満栄が報告に上がっていた。長野氏の重臣達は一葉に驚きの表情であったが、小袖の上に紺色が際だった陣羽織姿の具教は、さして驚くでもなく、静かであった。


「五分と五分と思うておったが、そうか、勝ったか。これで我が軍が神戸らを打ち負かし、北伊勢を平定できれば、長島の一向宗をおとなしくさせるのも容易となろう。西が開ければ信長殿にとっても良い土産じゃがな」


だが、戦況は芳しくはなかった。中伊勢(今の中勢)地域で根を張る草生氏が神戸氏側につき、南からも攻められていた。


数日後、塩浜からの長野軍撤退の報が届いた。ほどなく、伊賀地域でも土着の豪族同士の争いが激しくなっており、三好氏の伊賀侵攻に備え、援軍を求めてきていた。


「騒々しいの。いったん北伊勢は休戦じゃ」


鳥谷尾とともに、具教はこの日長野城を出て、多気の城に戻った。


伊賀国は少し特殊な国であった。甲賀を含め、後に忍者を多く輩出し、ある者は戦国大名に金で雇われ、諜報活動にいそしむことになったのだが、この頃はまだ、各々の国人が自治を行い、あるいは連合を組んで領地を守っているような様であった。一応、仁木氏がこのあたりの守護であったが、影響は小さく、さながら独立国といってもよかった。また、この伊賀地域は、東から京に上る道筋でもあり、また、大和を支配するには重要な地域でもあったので、北畠や六角、大和の三好など、様々な有力勢力が侵攻し、支配下とすることを狙っていた。


この頃、京都では将軍義輝が形なりとはいえ、三好長慶らを支配下に置くことに成功し、将軍の威厳を保つことに成功していた。長く争い混乱していた京都の政治も一時的にではあるが安定していた。


京都での安定を機に、三好勢は北伊勢、大和、伊賀などに領土を拡げるべく度々侵攻してきた。北畠の領地に近く、かつての南朝(吉野)への道筋でもあった宇陀郡は三好勢のものとなりつつあった。


多気の城に戻った具教は、鳥谷尾に大川助九郎を呼ぶように言いつけた。やがて着流しのままの大川助九郎が現れた。


「お館様、北伊勢は惜しゅうございました。まさか草生が攻めてくるとは」


具教の命を受け、大和から京に出ていた助九郎は半月前に戻っていた。北伊勢敗北の知らせは多気の地で聞かされた。


「予想はできたことだが。北伊勢をものにできれば信長殿への援軍もたやすくなると思うておった。残念じゃ」


助九郎は具教の独り言にも聞こえた言葉に黙っていた。


「それで、京での段取りはいかがであった」


具教は助九郎に三好勢と相対していた筒井氏と手を結び、大和の勢力を維持しようと画策していた。


「はっ。京都本能寺にて筒井順慶殿、叔父にあたられる筒井順政殿とともに会われるとのことでございます」


「そうか、伊賀の情勢は」


「服部党の百地泰光殿が中心となり、近隣の国人達で同盟を結んだようにございます。こちらからは三千ほどの兵をお貸し願えぬかと申しておるようでございまするが」


「ご苦労。では、筒井順慶と早速に会うぞ。手配致せ」


「かしこまってございまする」


助九郎は一礼すると足早に出ていった。代わりに古くからの家臣、家城之清が入ってきた。こちらはすでに戦の装束を整えていた。


「お館様、準備が整いましてございまする」


家城は、出陣に意気盛んな気持ちが身体からほとばしっていた。


「順当なら波瀬からと思っておったが、北伊勢の戦でずいぶんと兵を減らしおってな、そちには迷惑をかける。三千ほど、山に強い兵を先に遣わし、百地の指示に従え。よいな、決して無駄な兵を出して減らすことないよう、気を配ってくれ」


山間地を支配下に置く家城にはゲリラ戦も得意とする兵を多く抱えていた。


「かしこまりました」


そう言うとこちらも足早に出ていった。


一方、具教は着流しに着替え、大川助九郎、佐々木四郎左衛門を引き連れ、京へと旅立った。


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