036: 親疎 -- レーセネにて
ギルドマスターの登場に、少女二人ははっとして震える口を開いた。
「スピネラさん……! わ、私……」
「ご、ごめんなさい。騒ぎになってしまって……」
言葉に詰まるコウの横で、ライラが申し訳なさそうに震え声で謝った。
「いいのよ。むしろちょうどいいってもんだわ」
スピネラはからっとした声色でそう返すと、立ち上がって指を鳴らした。すると氷の翅がぱりんとひび割れ、きらきらと粒を残して消えていった。
「さあさあ、ご覧あれ! 稀代の魔術師、スピネラ様のご登場よ! 私の氷魔術に酔いしれなさい! そして私のギルドに入りなさい!」
そう芝居がかったセリフを吐きながら、スピネラは白いグローブのはまった腕を掲げた。その手の甲には、魔法を使うために必要な水色のジェムがはまっている。
「<
彼女がそう唱えると、グローブのジェムが水色の輝きを放った。そして背後の噴水がみるみるうちに凍り付き、さらにその上に氷を伸ばしていく。
そしてあっという間に、雪の結晶を象った美しい氷像がそこに現れた。
陽の光を浴びてきらきらと輝くそれは、ただ綺麗なだけではない。形を何もない所から生み出すには、かなり優れた立体把握能力が必要なはずだ。
センリは思考を巡らせながらも、その場の人々の目が氷像に釘付けになった隙を見計らい、ヨウの腕を掴んで人混みをなんとか抜け出した。
人気のない通りに駆け込み、センリは一息ついて切り出した。
「……そういや、ヨウはなんであんな人の集まる場所におったんや?」
ヨウは息を整えながら口を開いた。
「えっと、ゴーズィさん……今俺が所属してるギルドのマスターと、待ち合わせをしてたんです」
「ああ、『ヴァルハラ騎士団』の。会うたことあるで」
「そうなんですか?」
センリの相槌に、ヨウはきょとんとした顔でセンリを見上げた。
「せやで。セペルフォネで偶然な。俺の知人と知り合いやったらしい」
そう言いながらセンリは目を閉じ、猫たちの視界に意識を浸した。
セペルフォネでゴーズィと会ったとき、彼はリルの道案内でカーマのアトリエに辿り着いていた。恐らく今回も道に迷ってしまったのだろう。
案の定、ここから少し離れた場所に彷徨うゴーズィの姿があった。
「見ぃつけた。……ほんなら、ゴーズィんとこまで送ってったるわ」
「え、見つけたって」
「それは企業秘密ってやつやな」
くるりと振り返ったセンリがそう言って笑うと、後ろを付いてくるヨウはまた疑問符を頭に浮かべた。
「ほんで、ゴーズィを待っとったら姉ちゃんに出くわしてしもたんか」
センリは前へ向き直り、話を変えるように尋ねた。
「そうなんです。俺は今しかないと思って謝ろうとしたんですけど、近づいたら姉ちゃんの友達をびっくりさせちゃったみたいで……」
「そうなん?」
それにしてはかなりの怒り様だったなとセンリが思っていると、ヨウはそれを嗅ぎ取ったかのように苦笑して言った。
「姉ちゃんはきっと、初めての友達だから大事にしたいんです。俺……姉ちゃんに友達ができたなんて、知らなかった。リアルで会ってるときにも全然、そんなこと一言も言わないで……」
センリがちらりと様子を伺うと、ヨウの小さな肩は微かに震えていた。
「センリさんの言う通りでした。姉ちゃんは……俺がいなくても平気だった。あの友達といるとき、姉ちゃん、笑ってた。俺、家族なのに……姉ちゃんの笑顔なんて、見たことなくて……」
ヨウはそこで深く呼吸をした。センリはただ、彼の言葉を待った。
「センリさん。俺、気づいたんです。俺が強くなりたいと思ったのは、一人で生きるためとか、そんな綺麗な理由じゃない。ただ……姉ちゃんに認められたかった。姉ちゃんよりも強いってことを、知らしめたいだけだった」
一つずつ確かめるように言葉を紡ぐヨウは、胸の前に持ってきた拳をぐっと握って続けた。
「でもそんなんじゃ、いつまでたっても認められるわけがない。だって俺は自分の言葉じゃなくて、『お前なんかより俺の方がずっとすごいんだ。父ちゃんや母ちゃんだってそう言ってるのに、なんで姉ちゃんはそれを認めないんだ』って、他人の評価を無理やり押し付けてただけなんだから」
センリは空気の塊が喉に詰まったような、一瞬の閉塞感を堪えた。その告解は、センリの口から吐き出されているかのようだった。
ヨウはばっと顔を上げ、決意を秘めた眼差しをセンリに向けた。
「だから俺、決めました。俺は姉ちゃんに信頼してもらえるように、刀の腕を磨きます。姉ちゃんの隣を目指すことが、今までの自分の不甲斐なさを詫びる一番の方法だと思うから」
センリはヨウを眩しく思いながら、いつも通りの笑顔を浮かべようとした。でも今は顔が強張っているような気がして、その動揺がヨウに伝わっていないことを祈るように口を開いた。
「その気概を持っとうだけでも十分偉いと思うで。謝るチャンスなんて、ずっとあるわけやないからな。ヨウならきっと、すぐ仲直りできるわ。……手遅れになる前に」
その言葉を聞いた途端、ヨウは不思議そうに目を瞬かせた。しかしセンリは固まった笑顔を崩さず、前から歩いてくる人影に手を掲げた。
「ああ、ゴーズィさん。お探しもんはこちらですか?」
茶目っ気を滲ませてセンリがそう言うと、重そうな鎧をまとったゴーズィは早足になりながら答えた。
「おお、センリ! ヨウを預かっていてくれたのか。かたじけない」
「ええってことよ」
笑顔でセンリが応じる横で、ヨウは少し頬を膨らませてずいと前へ出た。
「ゴーズィさん! だから言ったじゃないですか! 絶対迷うでしょって」
「す、すまない。広場は一人でも行けるようになったと思ったのだが」
「もー。次からは俺がついていきますからね!」
「そうだな。そうしてもらうしかなさそうだ……」
一回り下であろうヨウに説教をされ、ゴーズィは鎧越しでも分かるほどにしょんぼりとした。
センリの方を向き直ったヨウはきりっとした顔になって、改まるように言った。
「センリさん。ここまでありがとうございました」
「おう。ギルドマスターから目を離さんようにな」
センリがそう声をかけると、ヨウはにっと笑ってみせた。
「次はイベントで会いましょう」
彼のその言葉にセンリは一瞬驚き、すぐに笑みを返した。
「ああ。そんときは手加減せんで」
そして『ヴァルハラ騎士団』の二人と別れたセンリは、踵を返して『仇花の宿』へと向かった。
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