025: 再見 -- 『仇花の宿』にて

 『マスカレード・ファミリア』についてセンリに教えてくれたのは、意外にもマガミだった。

 久しぶりにマガミからの連絡があり、センリは武家屋敷を訪れた。その庭がいつもより静かに感じて、センリはヨウの姿が見えないことに気が付いた。

 マガミは変わらず大広間に座していた。センリが障子をそっと開けると、彼は鋭い視線をセンリに投げかけた。


「『マスカレード・ファミリア』の連中を覚えているか?」

「もちろん」


 センリが普段の笑顔でそう返すと、マガミは眉間を指で押さえてため息を吐いた。


「あんな試合を見せたんだ。そりゃ、覚えてるよな」


 その非難めいた声色に、センリは彼の言いたいことを察した。

 そもそも、あのPvPイベントでのマガミの目的は『仇花の宿』の評判を高めることにある。

 『マスカレード・ファミリア』は言うならば商売敵であり、そんな彼らとじゃれ合うような試合を中継されたことは、マガミの計算を大いに狂わせたことだろう。


「でもそいつらは引退するって聞いたけど?」


 センリが言い訳のようにそう言うと、マガミは重々しく頷いて口を開いた。


「それで、今回お前を呼びつけた。あいつらは引退前に、お前たちとまた刃を交えたいそうだ」


 その言葉を聞いた瞬間、センリはブッファの無邪気な言動と、セリアの物憂げな語り口を思い出した。


「またPvPのイベントが企画されている。今度の内容は、生き残りをかけたバトルロワイヤルだ」

「バトルロワイヤル……?」

「そうだ。参加条件は前回のトーナメントと同様、二人一組であること。ただし、チーム同士の協力は認める」


 センリは頷きはしたものの、いまいち腑に落ちないという顔をした。


「バトルロワイヤルなら、わざわざ俺らと戦いに来るんはリスキーちゃうか?」


 そう尋ねると、マガミは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「それはそうなんだが……あいつらにはそれなりの勝機がある」


 マガミはセンリの顔を真っ向から見据え、続きを口にした。


「『マスカレード・ファミリア』として、マサが試合に出る」


 その言葉はセンリをひどく驚かせたが、しかし同時に納得もさせた。

 セリアがわざわざ兄弟のことをほのめかしたのは、恐らくセンリの兄のことを知るマサの入れ知恵なのだろう。


「なるほど……前回のイベントのときから潜り込ませとったんか」

「そうだ」

「それで? 今回マッさんはどっちの味方になるん?」


 センリのその問いかけに、マガミは眉をひそめて口ごもった。そして大きく息を吐いた後、吹っ切れたようにきっぱりと言い切った。


「分からん。だが恐らくは、あいつの好奇心を満たしてくれる方を選ぶ」

「好奇心って……」


 センリは呆れたようにそう返した。しかしマガミは真面目な顔のまま、警告するように言った。


「忘れるなよ。お前もあいつの研究対象なんだ」

「分かっとる。力を使わんかったら、力に溺れることもない。そうやろ?」


 センリがそう言うとマガミは首を横に振り、何かを言おうと口を開いた。だがその時、廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。

 障子戸ががたんと開いた。庭から差す光に照らされていたのは、二振りの刀を帯びたままのカナギだった。

 彼はちらりとセンリを見ると、少し目を細めて彼らしい表情をした。だがその微笑みはすぐに消え、彼は険しい顔をマガミのほうに向けた。


「十人殺してきた。三人がターゲット。四人がターゲットの仲間。一人が同業者。そして二人が巻き添え」

「ご苦労さん。相変わらずいい働きっぷりだな、カナギ」


 淡々としたカナギの報告に、マガミはにやりと笑って返した。

 たった一日足らずで十人も仕留めてきたカナギに、センリは動揺するのを抑えられなかった。

 その強さだけでなく、死者をつらつらと述べるその声色に、センリは何か道を間違えたときのような不安を感じずにはいられなかった。


「それで、連絡って何ですか。新しい依頼ですか」


 腰に差した刀に手を添わせながら、カナギは言葉少なに尋ねた。


「いいや。センリとの仕事の話だ」

「センリと……?」


 マガミの返答にカナギは意外そうな顔をして、ちらりとセンリのほうをまた見やった。

 その丸まった瞳を目にしたセンリは、カナギの無邪気な性根は変わってなさそうだと、少し安堵した。


「また二人一組のPvPがあるんやて。今度はバトルロワイヤル」


 センリがそう言うと、カナギは目をぱちぱちとさせて首を傾げた。


「ばとるろわいやる?」

「全員で一気に戦って、生き残ったやつが勝ちっていう試合や」


 不思議がるカナギにセンリがそう説明すると、ようやく彼は納得したように大きく頷いた。


「分かった。『仇花の宿』の宣伝になるように戦えばいいのか?」

「そうしてくれるとありがたいんだが、今回は気を抜いていると死ぬぞ。勝ちだけを追い求めろ」


 今度はマガミがそう答えた。視線を戻したカナギに、マガミは続けて言った。


「二人一組とはいえ、チーム同士の連携が許可されている。つまり二対二だと思っていた状況が、実は二対四だったり、二対六だったりしてもおかしくないわけだ」

「なるほど」


 カナギはまた深々と頷いた。そしてセンリの方を振り返り、透き通るような瞳をセンリに向けて言った。


「俺がセンリを守り通し、センリが俺を守り通せば俺たち二人が勝つ。そうだろ?」


 センリはその言葉に寄りかかってしまいたい衝動にかられた。それを見通したかのように、マガミが大きくため息を吐いた。

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