023: 問答 -- アトリエにて

 鉱山都市セペルフォネでは、機械が奏でる単調なリズムがずっと付き纏ってくる。それを心地よいと思える人だけがこの街には集まるのだ。

 路面もどこか煙たく、レーセネとは違って錆び付いたような景色がずっと続いている。銅板のような風合いの壁は寒々しく、冷たい輝きを放つ金属のパイプがあちこちを走っていた。

 ガラス張りのショーウィンドウが続く大通りには、武器や兵器などが流行りの服のように展示されている。そのうちの一つに異様な雰囲気を醸し出す店があった。

 その店のショーウィンドウには『SoL』の中の景色を描いた風景画が並び、上部についた幌には“Van Ku Sith”と金の絵の具でサインされている。

 その芸術作品たちは金の額縁に入れられており、脇には彼らを引き立てるように無骨な銃が置かれていた。

 センリがそっと店内に入ると、赤銅色のドアベルが大人しい音で鳴った。

 落ち着いたダークウッドの床と、ひまわりのような黄色に塗られた壁が、不思議と調和した空間だった。中央にはくつろぐ客のためのソファとテーブルが一組置かれており、銃を納めたショーケースが少し距離を取って数個配置されていた。

 そのさらに向こうには一人の少女が小さな椅子に腰かけていた。その眼前には彼女の身体と同じ程のキャンパスがあり、それに向かって彼女は一心不乱に筆を動かしている。

 その青髪に、彼女がカーマと手を組んでいたクーシーという少女だろうと、センリは見当付けた。

 サインの入れ方といい、好む色や画風といい、彼女はゴッホに強く影響を受けているようだった。渦巻くような視界の表現は、精神病を患ったゴッホの絵によく似ていた。

 センリはとりあえずソファに腰を下ろし、カーマに到着を知らせるメッセージを送った。下手に動いてクーシーの邪魔になると、彼女にねちねちと文句を言われてしまうだろう。

 やがて黄色い壁の一部が動き、隠されていた通路を現した。その中から金髪を揺らして歩いてきたカーマは、クーシーに目をやりながらセンリの方へやってきた。


「いい店になったっしょ。いつかここをサロンみたいにして、芸術家たちを集めるのがあたしの夢なんだー」


 センリの隣にどさっと身体を投げ出したカーマは、自慢げにそう言った。


「武器商人が芸術家を飼うとか、何かの冒涜とちゃうの」

「たしかにあたしは武器商人だけど、死の商人じゃないもん。存在への問いかけの仕方が違うだけ。クーシーは命を描いて、あたしは命を撫でる。そして金で縁取って輪郭を残すの。そう在ったことを忘れないように」


 カーマの言葉はいつも、抽象性の中で迷ってしまうような響きだった。言葉で印象派の絵画を描いているような感じだ。


「もっとも、画家たちと違ってあたしが支配的なのは認めるけどね。存在の型を取ることは枷を付けることと似てるし。そういえばさあ、カナギって首枷って意味もあるんだって。面白いよね」


 唐突にカナギの名前を出してきたカーマに、センリは眉をぴくりと動かした。


「お前の言葉遊びに付き合うために来たわけやないんやけど」

「あは、そうだった。でもね、お兄ちゃんに見せたいのを持ってる人が、今街で迷ってるらしくてさ」

「迎えにいけばええやん」

「やだよ。クーシーから離れたくないもん」


 センリが何を言っても、カーマは自分のペースを崩そうとしなかった。本でも開いて会話を切り上げようかとセンリが思ったとき、彼女は真剣な顔になって口を開いた。


「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんはカナギって人のことを、どう思ってるの?」

「恋バナなら他をあたってや」


 センリは腕を組んでぶっきらぼうに言った。しかしカーマは首を振って続けた。


「恋愛かどうかは関係ない。あたしはただ、お兄ちゃんとその人を繋ぐものが、絆なのか鎖なのかをはっきりさせたいだけ」


 思わぬことを聞かれたセンリは、怪訝な顔をカーマに向けた。彼女は金髪を耳にかけ、むすっとした顔で言った。


「あたし、嬉しかったんだよ? 最近お兄ちゃんがカナギって人を大事にしてるって聞いてさ、お兄ちゃんも誰かを大切にするようになったんだって。だって、今までのお兄ちゃんは自分だけを見て生きていたから。あたしたちの存在すら目に入れようとせず」


 カーマはそこで深く息を吐いた。次の言葉を口にするには、覚悟が必要だと言いたげに。


「あたしはさ、あたしの存在を認めてもらうために頑張ってきたつもりなの。父親は愛人作って殺されて、母親はそれで発狂して。あたしの存在って、親の心すら繋ぎ止められないくらいどうでもいいものなんだって思った」


 彼女は嘲笑を滲ませた声でそう吐き捨てた。そして自分を奮い立たせるように、センリをきっと睨みつけた。


「でもお兄ちゃんはそんな風に思ったことないでしょ。むしろ自分の存在が大きすぎて、周りに影を落とすことを怖がってる」


 彼女の言葉は、センリのいびつな心を正確に描いていた。センリは自分の殻を守るように、組んだ腕に力を込めた。


「あたしがカナギを撃ち殺したとき、お兄ちゃんが見せた表情は……あたしが思ってたのと違った」


 カーマは一度言葉を切り、自分の考えを整理するように語り始めた。


「あたしは、もし大切な人が殺されたら、殺した奴に対する怒りで胸がいっぱいになる。それが収まったら、自分の心が欠けたことに気づいて、なんだか寂しくなる。銃弾を撃ち込まれるのと同じ。身体に埋まった弾を取り除いたら、そこには穴が残るでしょ。それは時間が経てば治るかもしれないし、治らないかもしれない」


 カーマはセンリをちらりと一瞥した。そしてまた一度息を吐き、口を尖らせて続けた。


「でもお兄ちゃんが見せたのは、怒りでも悲しみでもなかった。焦りでもなかった。お兄ちゃんの顔に浮かんでいたのは……責任感。自分の過失を責めて、自分の力で巻き返そうとすぐに計算し始めたでしょ」


 センリは何も言えない。


「お兄ちゃんはやっぱり、自分の力だけ信用して生きてる。自分にだけ責任があると思ってる。カナギを自分に縛り付けるべきだって、信じ込んでる」


 カーマは無言のセンリを見て少し目を伏せた後、そっと笑ってみせた。その笑顔は、茫然とするセンリを励ますつもりのように思えた。

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