第二十二話 病弱美少女と冒険者

「すんません!」


 水袋開発から数日。売れ行きは上場、ついでに口コミのおかげでそろそろ開店ブーストが切れる頃にも関わらず客足も途絶えていない。千客万来とまでは行かないが、百客千来くらいにはなってるだろうか。

 そんな店内に響く、THE・体育会系と言った少年の声。珍しいタイプのお客さんだなと思って入口の方を見ると、その声に由来するイメージに一切違わない、180後半は間違いなくあるであろうガッシリとした体付きの少年が立っている。俺が反応するより先に、隣にいたエメリーが「あーっ!」と声を上げた。


「大将じゃん!元気にしてた?!」

「おかげさまで何とかやれてるっす!お二人こそ、商売繁盛みたいで流石っすね!」

「まさか、まだまだ漕ぎ出したばかりです」


 彼の名はレオンハート・ハルトマン。俺達の一つ下の、魔法学校時代の後輩である。その恵まれた体格と快男児ぶりからあだ名は「大将」。先輩も後輩も、何なら先生すら大将と呼んでいた気がするくらい、「大将」といった見た目と性格なのだ。


「それで、今日はどうしたんですか?」

「実は装備を探しに来たんすよ」

「装備?突然じゃない?」

「ほら、そろそろ「春会」の時期じゃないすか。1週間後なんすけど、有り難いことに今年は俺が魁を務めさせて頂くことになったんすよ」

「え、すごいじゃん!」


 「大会」とは、魔法学校で年に一回開催される「狩猟大会」のこと。毎年春過ぎから初夏、そして秋の年二回訪れる、魔獣の「活性期」に合わせて全校生徒で狩猟実習を行うという魔法学校の一大イベントである。基本的に下級生は後方支援などを担当し、進級するにつれて任務の危険度が徐々に増していく。最上級生、即ち今の大将くらいになれば、最前線で魔獣と対峙し、直接討伐するという危険な花形を務めることとなる。ましてや魁などなれば花形の花形、皆の憧れと言っても差し支えのない栄誉である。


「うわー、っていうかもう時期かぁ……マイちゃん覚えてる?」

「6年12回全部覚えてます。一番最初に遊んでたら残り11回全部学年ガン無視で前線回されましたよね」

「そうそう!あたしが狙ってマイちゃんが魔弾撃ち込むみたいなことしてたらめちゃめちゃに怒られたやつ!」

「あ、そんな経緯だったんすね。もう俺達が入った時には「一個上にバケモンがいる」って評判でしたから」

「それ初耳なんですけど」


 とまあそんなことはさておきだ。装備、装備か……。そういえばこの前、引退した冒険者かなんかから装備の一式を買い取ったはず。ノアに声を掛けると「倉庫の方置いてありますよ」という返事が返ってくる。


「必要なら取ってきますけど?」

「あ、はい。ちょっとお願いできます?」

「了解です」


◇◇◇


「……これなんですけど」

「あー……重装甲っすかぁ……」


 如何にもごっつい感じの鎧を持って戻ってきたノア。大将はそれを見て、何ともいえないような顔を浮かべた。


「?何か問題でも?」

「いや、自分は割と軽めの方が得意なんで、そっちの方がありがたいっていうか……」

「なるほど。じゃあ仕立て直しますね」

「仕立て……え?」


 目を僅かに丸くして聞き返した大将。ノアはそれに答えず、代わりに指をパチンと鳴らす。床に置かれた鎧がドロっと水銀のように溶け、新たな形に変わっていく。大将はパチパチと瞬きしながらその光景を眺めていた。


「……こんな感じですけど、取り敢えず着てみてもらえます?」

「……あ、了解っす!」


 床に散らばったパーツを拾うノアとそれを受け取り身につける大将。着替えにはものの数分さえかからなかった。


「どうですか?」

「その……めっちゃ凄いっす!超軽くてめちゃくちゃ動きやすいっす!」

「なら良かったです。耐久性はそれなりにしか保証しませんけど」

「いえ、これで俺は十分っすよ!躱すんで!」


 そう言うと彼は鮮やかに反復横跳びをして見せる。大将は動けるタイプの偉丈夫なのだ。


「あとは……武器ですね。何か御要望は?」

「一撃!って感じのやつがいいっす!チマチマは性に合わないんで……」

「了解しました。……じゃあ、こんな感じでどうですか?」


 そう言ってノアが余った素材から作ったのは一本のバトルアックス。要はでっかい斧である。「良いっすね!」と身の丈の半分ほどの斧を大将が担ぎ上げるその様子はさながら金太郎であった。


「じゃあこれにするっす!幾らくらいっすか?」

「ですってエメリー」

「……15000ってところかな?」

「いやそんな金額じゃいただけないっすよ!せめて20000は!」

「……じゃあ、大会が上手く行ったら20000で買ってくださいな」

「……分かりました!絶対払いに来るっす!」


 「あざーっしたー!!」と大きな声で手を振りながら帰っていく大将の背を見送り、他の客もいなくなったタイミングを見計らって俺は店を閉める。


「またもやビジネスチャンスです」

「ビジネスチャンス?」

「はい。何だと思いますかアメちゃん?」

「えっと……装備をいっぱい売る!とか?」

「残念ながら不正解です。でも、発想としては近いです」

「うーん……えっと……」

「ヒントです。戦いってことは怪我する人が出てきますよね?」

「あ!薬草とかのアイテムをいっぱい売る!」

「そういうことです。適当に話つけて春会に同行してアイテム売りさばいたらめちゃくちゃ儲かると思うので、1週間でひたすら薬草、あと回復薬とか仕入れまくります」


 出張アーロトス商会、開幕である。

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