第三話 病弱美少女、チュートリアル

「ごちそうさまでした」


 俺は余りに甘い、甘さを超えた甘さのパンケーキを何とか胃袋に収めきり、手を合わせた。今の最大の敵はその超濃密シロップによる胸焼けである。取り敢えずクレームがてら食器を下げに行こうと思ったが、生憎にも今の俺はキッチンの場所どころかこの建物の大きさすら把握していないお子様である。恐らく探索には大層望ましくない時間を要することだろう。


「でもやっぱり総当りしか……」


 食器を持っての大冒険を覚悟した時、ピコンなんて音を立てて、視界のど真ん中に何かディスプレイのようなものが出現した。それは実態というよりもホログラムのようで、案の定、手を伸ばして視界の中で重なっても触れている感覚はない。しかし、妙に馴染むそれに俺はハッと気がついた。


「えっと、戦闘系じゃなくて……技能じゃなくて……あった!」


 そう言って手に取った紙袋に貼られた付箋は「便利系」。手前から五十音順に並べられた説明書をバーっと流しながら捲り、「ち」のところ……じゃないってことは……。


「……!これだ!」


 「ま」のところに入っていたそれを取り出し、俺は現状と照らし合わせ始める。そのスキル名は「マッピング」。説明書によると、周囲の地形とか持ってっても良いアイテムとか施設とか建物の見取り図なんかを纏めて表示してくれるスキルらしい。その見た目は殆どゲームで見るようなアレであり、ビーコンみたいなピコンピコンという音を立てて俺の現在地を示すアイコンが部屋の中央に鎮座していた。

 説明書曰く閉じるときは「閉じろ!」と念じれば良いとのことだが……あ、ほんとに閉じた。で、もう一度開く時は……。


「……「左手の中指と薬指でピース」……?」


 えっと、えっと……いや意外とムズいな……?何とか小指が上がらないように右手で押さえながら指を作ると、またピコンという音を立ててマップが開く。閉じろと思えばまた閉じるし、ピースすればまた開く。なるほど、ちょっと面白い。


「でも、なんでこんな変なピースなんだろ……?」


 そう思って説明書にもう一回目を通すと、一番最初のタイトルが「No.0192 マッピング」。あ、2進数なんだ……。

 そんなことはさておき、なんとこのマッピング、場所を指定すればナビまでしてくれる高性能。俺はキッチンを指定し、気を取り直して食器を下げに行った。


◇◇◇


「ごちそうさまでした、ノア」

「あ、ちゃんと食べ切ったんですね。一乙パンケーキ」


 キッチンで洗い物をしていたノアにパンケーキの乗っていたお皿とお盆を手渡すと、彼女は天然か、或いはわざとか少し驚いたように目を見開いてみせた。仮にも主人にこれとはこの人だいぶアレというか……残念な美人というか……。


「いや、それにしても名前酷すぎませんか?」

「文句言うなら次はシロップ倍増ですよ」

「止めて下さい、ほんとに私も乙っちゃいますから」

「じゃあ遺産は私のものですね。ありがたく使わせていただきますので」


 割と表情の変化に乏しい故に、彼女の言葉が冗談かどうか分かりにくい。いや、冗談だとは思うんだが……というか冗談であってくれ……。そう俺が心の片隅で願っていると、遺産の使い道を考えている彼女の隣にポンと「0」という数字が小さく浮かぶ。


「……?どうかしましたか?」

「あ、いえ……」


 「100」に変わった数字とともに彼女は首を傾げる。もしや見えてないのか?これ。薄い本の好感度メーターくらい本人には見えてなさそうな感じに思える。

 少し観察を続けると、どうやら本当に見えていないらしい。そして、何となく法則性も見えてきた。恐らく出てくる数字は0〜100の範囲であり、ブラックジョークを吐いている時は0とか底に近く、普通に俺に話しかける時は100とか天辺に近い。一体何なのかはあまり分からなかったが、取り敢えず新しいスキルっぽいことは分かった。


「そうだ、あと二時間くらいしたら出かけますから、それまでに準備しておいて下さいね」

「分かりました。ちなみに何処行くんですか?」

「魔法学校の入学面接です。保護者役は私が務めますので」


 魔法学校……魔法学校……!なるほど、ここに来て随分と心の踊る単語が出てきた。俺は胸を高鳴らしながら「分かりました」と首を縦に振る。「ではよろしくお願いしますね」と彼女はまたカチャカチャと音を立てながら食器を洗い始めた。俺は少し軽やかな足取りで部屋に戻った。


◇◇◇


 部屋に戻るなり、俺はさっきのスキルについて調べ始めた。さっきは気が付かなかったが紙袋の中にはスキル名とその説明書の場所を一覧できるプリントが混ざっており、俺はその中でさっきのスキルっぽいものを探していく。


「えーっと……あ、これかな?」


 そして見つけたのは「No.0627 嘘発見器」。人の発言について、その信用度、要はどれくらい本当のことを言っているかというのを0〜100の101段階で表してくれるというスキルだった。オンオフは左手の親指、薬指、小指、右手の小指、人差し指、親指を同時に上げるというもので中々に面倒くさい。しかし流石に普段から発動しておくとやかましいことこの上なくなってしまうのは目に見えていたので切っておくことにした。ついでにノアはブラックジョークの信用度が0という結構信用の置けそうなメイドであることも判明した。

 続けて俺は他にも目ぼしいスキルを探し始めたが、その途中であることに気がついた。プリントと言い、スキルのNo.と言い、多分だがスキル1000種類くらいある。そして、俺はその全てのオンオフとか暗記出来る自信がない。なんなら指をちゃんとやれる自信もない。とはいえ説明書を持ち歩くのは現在12歳の病弱美少女である俺には文字通りに荷が重い。


「うーん……どうしましょうか……」


 そんな中で、便利系とかその他辺りであんまり世界観には合わないけど妙に見慣れた文字が目に留まった。「いや、その概念あるんだ……」と思わず呟いてしまう。

 「No.0466 データベース」。スキルの効果としては、一度触った文書とかを保存して何時でも読めるようにし、その上内容の検索まで出来るというもの。もし現代で使えていれば一人海賊版サイトといった感じで無法出来そうなスキルだが、幸か不幸かここは異世界。違法ダウンロードされて商業的に困るような漫画雑誌は販売されていない。ちなみに左手の人差し指、中指、小指、右手の小指、人差し指、親指を上げるとオンオフ出来るとのこと。これまただるい感じの指の形である。にしても「スキャン」とか「図書館」とかもっとそれっぽいのにしておけばいいのに……。


「いや、でもこれがあれば……!」


 俺は紙袋に並んだ説明書の背を片っ端から撫でた。視界の端には下向きの矢印みたいなものが出てきて点滅を繰り返している。そして一瞬を挟んで視界の端に「「No.0001 全武器適正S」をダウンロードしました」「「No.0002 全属性魔法適正S」をダウンロードしました」「「No.0003 魔獣適正S」を……」「「No.0004……」」と昔バズったゲームのスクショのツイートくらいの通知が流れ始める。俺はもう一度説明書を見返し、手順通りに手を何回かグーパーして通知をオフにした。これインプレゾンビとか湧いてるんじゃ……?


「あー、ちょっとだけ寝ましょ……」


 俺は千枚近くの文書のダウンロードによるちょっとクラっとする感じの負荷に耐えながら、それを誤魔化すようにベッドに倒れる。


 「そっかぁ、神も指で2進数やるのかぁ……」


 ちょっとした親近感を覚えながら、もう一眠りと俺の意識は遠のいていく。12歳の病弱美少女の身体は、案外疲れやすいのだ。

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