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   ***


「ただいまー」

 ベッドを背に、体育座りで膝に顔を埋めていたあたしは、かすかに目を上げた。

 西森は玄関で屈みこみ、靴を揃えているようだった。そうゆうちょっとした行動に育ちの良さが表れていて、あたしは皮肉に思った。

 シンクで手を洗ったあと、西森は部屋に入ってきた。床の片隅で倒れている高級ブランドのロゴが入った紙袋を斜に見やる。

「その服、三日目でしょ。いいかげん着替えたらいいのに」

「……あたしがどんな格好でいるかは、あたしが決めることよ」

 発した声がひび割れたように枯れていた。三日間、ドアを叩き、大声で叫び続けたせいだった。

 しかし助けが来ることはなかった。

「その服さぁ、一式そろえるのけっこうかかったんだよ」

 西森はケーキの箱とコンビニエンスストアのビニール袋を無造作に床に置いた。

「詩織がこんな強情だなんて思いもしなかったなあ。もっとおとなしくて従順なタイプだと思ってたのに。まあでも俺は君の顔が好きだから、性格はどうでもいいんだけどね」

 などと話しながらビニール袋から紙皿を取り出し、宝石のようにきれいなケーキを一つ乗せた。

「むしろ、美人で頭がよくて生意気な女の鼻っ柱を折る楽しみが増えたってのはあるかな」

 はいどうぞと差し出されたケーキを一瞥もせず、あたしは西森を睨みすえた。

「どうせすぐ助けがくると思って強がってるんだろうけど、そんな態度でいられるのも今のうちだよ。この日本で監禁なんてできないと思ってる? けっこうざらにあるんだから」

 あたしは無言でケーキを受け取った。思いがけなかったのか、西森は驚いたようにあたしを見つめ、ふいに赤面して視線を落とした。

「それ、自由が丘の有名パティシエがやってるお店で買ってきたんだ。コンクールで入賞したケーキなんだって。お昼過ぎから並んでやっと買えたんだよ。一緒に食べたくて……」

 西森は耳まで赤らめ、つっかえながら言葉を重ねた。あたしはその顔をめがけ、ケーキを紙皿ごと投げつけてやった。

 たっぷりとした生クリームとともに眼鏡が重たげに床に落ちる。

 西森は顔にべったりとクリームをつけたまま、呆然とあたしを見つめた。その顔は見る見るうちに青ざめ、怒りに塗りかわっていった。血走った目はつり上がり、身体はぶるぶると震えている。

 西森はすっくと立ちあがり、あたしの胸倉をつかんで引き立てた。こぶしを振り上げたと思った瞬間、がつん、とこめかみに衝撃が走る。

 眼前が白く飛び、あたしは床に倒れ込んだ。視界が回り、一瞬遅れて痛みが来た。殴られたのだ。

 息を荒げてあたしを見下ろしていた西森は、はっと我に返ったようにおろおろとひざまずいた。

「そんな……そんなつもりじゃなかったんだ! 詩織ちゃんを傷つけるなんて……」

 西森はひどくうろたえたふうだったが、顔は興奮に紅潮し、その目はぎらついていた。

 あたしは側頭部を抑えながら西森をめ上げた。西森は魅せられたように自分の拳をじっと見つめている。――たがが外れた、そう思った。

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