短編三話「離さないで」

青切

遺体

 泳ぎが苦手な彼女を沖まで連れ出したあと、「手を離さないで」と懇願する彼女を無視して、僕はひとり海岸に戻ってしまった。単純ないたずら心から。

 そこに地震による津波が来て、彼女は行方不明になった。


 それから、僕は海には近づかないようにしたが、そんな僕に子供ができた。

 ある日、子供が海に行きたいと言い出した。嫌がる僕に、彼女と友達だった妻が言った。「まだ、未練があるんじゃないの」と。

 仕方なく、僕は海に出かけることにした。彼女と行ったのとはちがう海へ……。



 刑事が、白いシーツをはぐと、男女の遺体が横たわっていた。恐怖の後が残っている男の表情とは裏腹に、彼に後ろから抱きついている女の顔は幸せそうだった。

「なんで、二十年も前に、太平洋側で行方不明になった女が、日本海側の海で見つかるんだ」

 刑事の問いに、部下はだまって、首を横に振った。

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