第一話 出会い

「てめぇ、いい加減にしないと両手縛って海に沈めるぞ!」


 金城千尋かねしろちひろ。二十五歳の元人気子役。現在、千尋は強面の男に胸ぐらを掴まれている。


 金城千尋は、幼い頃、天使のような子供だった。生まれつき色素の薄いサラサラの栗色の髪。光に反射して髪に天使の輪ができ、まるで本物の天使と言われていた。くっきり二重を縁取る長い睫毛。髪と同じく色素の薄い焦茶色の瞳。笑うとあまりの可愛さに周囲の人間まで頬を緩めてしまうほどの破壊力。あまりの可愛さに家までスカウトがきて、すぐにキッズモデルとして採用。お菓子やおもちゃのCM、歌まで出すほどの超人気子役だった。


 その人気子役の現在が強面の男に胸ぐらを掴まれているこの男である。


「今月分が払えないだって? ふざけてんのか?」

「だっておかしいだろ! 先月は十万でいいって言ってたのに!」

「利子抜きで十万だ。利子付きで二十万円払え」

「あと十万なんて無理だ! せめて、あと一ヶ月待ってくれ!」

「無理に決まってんだろ!」


 強面の男は、掴んでいた胸ぐらを離し、千尋を壁に投げつけた。背中に走る激痛。壁を背にし、ズルズルとその場に座り込む。強面の男は、千尋の前髪を思い切り掴み上げ、強引に上を向かせた。


「金がないんじゃなくて、稼ぐ気ねぇだろ」


 男は、前髪を掴んでいる反対側の手で千尋の頬を軽く撫でる。


「金がないならそっち系が好きな金持ちに股開く仕事でも紹介してやろうか? 顔はいいんだから向いてると思うぜ」


 千尋の頬を撫でていた手がツーっと下へ降りて行き、首筋を撫でられる。撫でられる手の感覚が気持ち悪い。襟首から中へ入ろうとする男の手を思いっきり右手で払いのけた。


「キモい。汚い手で触んな」

「このクソ野郎!」


 男は拳を握り、千尋の右頬を殴る。頬に感じる激痛と共に、口の中に感じる鉄の味。どうやら口の中が切れたようだ。


「金がないなら妹を風俗に売るぞ」

「妹には手て出さない約束だろ」

「だったら、明日までにあと十万円を用意しろ。わかったな」


 男は牽制するように千尋を人睨みした。玄関を乱暴に開き出て行った。男が出て行った玄関を眺めながら、千尋は張り詰めていた緊張の糸を解いた。

 借金は蒸発した父親が作ったものだ。父は工場の社長をしていた。千尋の父親が経営していた工場は、大手企業とも取り引きがあり、数十人の従業員がいた。たくさんの従業員に慕われていた父が恵の自慢だった。

 千尋が四歳の頃、父親が突然蒸発した。警察に捜索願を出すが見つからず、父がいない間、母が代わりに社長代理を務めることになった。父親の蒸発と同時に発覚した多額の借金。一億円の借金返済を求められ、母親は顔面蒼白になり、その場で頭を抱えた。悲惨な出来事に従業員は社長の嫁を哀れに思い、従業員たちはしばらくは働いてくれたが、父のような経営学もなく、人をまとめる能力もない母についてくる人はおらず、一人また一人と去っていった。


『すまないね。奥さん。俺も生活があるんだ。嫁と子供を食わせるためには金がいる。今までお世話になりました』


 一番の古株である従業員が辞め、残ったのは潰れた工場と借金だけだった。父が蒸発してから工場を売るという話も出たが、母は断固として工場を売ることを拒否していたが、残された莫大な借金を働いて返すことは不可能だと分かったのか、あれだけ拒否していた工場を手放すことになった。

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