第28話 デート

 教室を出た直後、俺は繋いだ手をどうすればいいのかわからなかった。

 ずっと繋いでいるのは不自然だよな…でもいつ離せば良いんだ…今か、今なのか…それとも何か離すきっかけを見つけるまでか…もしくは教室を出た直後だったか…。

 彼女の手を引いたまま歩いていると、関口さんから話しかけてきた。

「斑目くん、たこ焼きの屋台ってどこにある?」

「え?」

「たこ焼き。食べ歩いてる人を見かけたから、どこかにはあるはずなんだけど…知らない?」

「…確か三年生のところで見かけた気が」

「本当に!?じゃあ行こう!」

 そう言うと彼女は、俺と手を繋いだまま走り出す。

「あっちょ!」

 先程まで俺が彼女を引っ張っていたのに、今度は引き摺られる形で走り続けた。


「ありがとうごさいました〜」

「うんうん、買えた買えた」

 プラスチックの箱に入ったたこ焼きを抱え、彼女は嬉しそうに笑っていた。

「良かったね…」

「斑目くんはどうする?もうお昼過ぎだけど、もう食べてあるの?」

「いや…午前中はクラスの屋台手伝ってたから、なにか食べたくはあるね」

「なににする?」

「あぁ…そこで焼きそば売ってるから買ってくるよ」

「いってらっしゃい」

 俺は昼食として焼きそばを購入し、関口さんの元へ戻ってくる。

「じゃあ、いつものところに行こうか…」

「うん!今日は私モミジを見るの楽しみにしてたの、早く行こう」

 そう言うと関口さんは、早足で歩いていく。

 そういえば、いつかにモミジが赤くなっていると話したら見に行きたいと言っていた気がする。

「待ってよ、関口さん」

 そうして俺達は、人混みから抜けて歩き出した。


「おぉ〜っ…綺麗なもんだね…」

 赤く染まりきったモミジの木を見た途端に、彼女は感嘆の声を出した。

 騒がしい声も遠くに聞こえ、体育館裏はなんとも他とは隔絶された空間のように感じる。

 関口さんはまたも早足で俺を置き去り、木の根元で止まった。

「うわ〜っ…凄い落ち葉の量」

 そう言うと彼女は落ちていたモミジの葉の中から一際赤い葉一枚を手に取り、指でクルクルと回しだした。

「ほらっ!見てよ斑目くん、こんなに真っ赤!」

 子どもの様にはしゃいでいる彼女を見て、俺はそれがよく似合っていると思った。

 手に持ったモミジだけじゃない。

 口元を隠したフェイスベール、身に纏ったドレス、赤く染まったあの日の教室で、彼女はその魅力を増していたんだ。

 ふと俺は、今から彼女に「赤が似合う」と言って喜んでくれるかどうかを考えた。

 きっと、今の関口さんなら褒め言葉として受け取ってくれるだろう。

 俺が素直に思った感想なら、今の彼女なら信じてくれるという確信、言い方を変えれば勝算がある。

 俺は今日まで、関口さんとの信頼というものを十分に築き上げられたと思っている。


 だからきっと、今から俺が言うことも信じてくれる。


 手に持った焼きそばを校舎の壁際に置き、彼女に向き合う。

「…関口さん!」

「なに?斑目くん」

 最初から、決めていた。

「俺は…」

 舞台が成功したなら、その日のうちにすると決めていた。

 本当なら文化祭が終わった後、二人で下校する途中にでもするつもりだったが、今ほど条件の整ったタイミングは無いだろう。


「俺はあの日、あの教室で、あなたに一目惚れをしました」

「えっ………」

「最初にあなたの目を見たとき、俺は瞳に吸い込まれそうになりました」


「初デートの日、俺はあなたをもっと好きになれました」

「ちょっと………」

「あなたが俺と触れてくれた時、俺の心臓は激しく鼓動をし続けました」


「今日のために努力を続けたあなたに、俺は励まされ続けました」

「………………」

「目標を見据え、ひたむきに努力をする姿勢を見たとき、俺はあなたの為ならどんなことでも頑張れると思えました」


「今日、本当に…綺麗だと思いました」

「……………」

「一目惚れだけじゃない…あなたを心の底から愛してます」


 俺は頭を下げ、右手を彼女の方へ差し出す。

「一生かけて大切にします。俺と、付き合ってください」

 手を差し出した俺に、彼女は言葉を発した。


「…………………………………長くない?」


 関口さんの一言に、俺は姿勢はそのままに面を上げる。

「…シンプルな方が良かった?」

 彼女は少し申し訳無さそうに首を縦に振る。

「言われてる間、たこ焼き持ったまま私はどういう風に聞いてたら良いのかわかんなかったもん」

 左手で頭をかき、右手は出したまま腰を九十度の状態から中腰になる。

「…失敗したかな〜」

 俺がそう言うと、関口さんは何かを堪えるように苦しみだした。

「ンッ、グフッ…フッフフフッ…ア〜ハッハッハッハ!」

 彼女はたちまち堰を切ったように笑い出す。

「ちょっと…あんまり笑わないでよ…」

 俺の中で告白の直後に笑われるのは、あの日の三人組と被って少しトラウマだったりする。

「いや、だって…フフッ…あんなに真面目な顔した直後に…カッコ悪いこと言うと…ンンッ…」

 今も尚笑う彼女に、俺は苦笑いを浮かべることしか出来ないでいる。

「…それで、返事は…?」

 返事を無かったことにされるのを恐れ、俺は答えを催促する。

 関口さんは一頻り笑って落ち着いたのか、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

 そしてまた、彼女は微笑んだように見えた。

「それは……」

 彼女の笑顔はさらに眩しさを増し、俺の伸ばしたままの右手を取った。

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