第24話 衣装

 日曜日の朝。今日も俺達二人は練習をすべく、峰先生のバレエ教室まで向かっていた。

「文化祭までもう残り一ヶ月ってところだね」

「そんな時期か、俺…上手くやれるかな…」

 確実にタイムリミットが迫っていく事実に、俺は焦りを感じた。

「峰先生が張り切ってくれてるし、きっと大丈夫だよ。私が見てきた限り、あの先生が頑張って教えた子はみ〜んな上手くなっていったんだから」

「本当に?なら…いいんだけど…」

 そこで交わしていた会話は終了した。

 別に今の俺は、初デートの頃のように過度に関口さんとの沈黙を恐れている訳ではない。

 だが、二人して黙って歩いているとどこか落ち着かなくなり、関口さんに話を振った。

「…そういえば、いつもお昼食べてた場所のモミジの木、今ではすっかり赤い色に染まってるんだよ」

「それホント?」

 隣の俺に振り向いて言った関口さんの表情は、溢れる興味を隠せないでいる様だった。

「ほんとほんと。モミジの半分くらいは黄色とかが混ざった色だけど、何枚かのモミジは真っ赤な色に染まってたよ」

「いいな〜、私モミジは去年ぶりだし見たくなってきたよ」

「綺麗だったよ。満開…って言うのが合ってるのかはわからないけど、もう少し経ったらあそこは凄い絵になる空間になるだろうね」

 実際、俺はいつも昼食をあそこで食べているが風情というものが感じられ、とても気分が良いものだった。

「せっかくだし…文化祭の日に一目見に行こうかな、十一月って流石にモミジの葉っぱは残ってるよね?」

「まぁ…まだ秋だし大丈夫だとは思うよ」

「いいね、楽しみ」

 関口さんは、笑顔を見せて言ってくれた。

「…どうせなら、もっと早く学校に行ければいいんだけどね…」

 明るくなったかと思えば、今度は急に表情が暗くなってしまった。今の関口さんは、ストレスだったりで精神的に不安定な状態なのだろう。

「まぁ今は、文化祭を成功させて自信をつけることに注力しよう。クラスへの復帰は、関口さんにとって無理のない範囲でゆっくりやっていこうよ」

「うん…そうする…」


 峰先生の家まで着いた俺達は、いつものようにインターホンを鳴らす。

「おはよう二人とも」

 出迎えた峰先生は、普段よりも化粧が濃く見えた。

「来てもらって早々に悪いんだけど、今日は出掛けるわよ」

 おはようございますを返す前に飛んできたその一言に、俺達二人は顔を見合わせる。

「…出掛けるってどこにです?」

 関口さんが、二人を代表する形で質問をしてくれた。

 峰先生は、玄関に置いていたブランドバッグを肩にかけながら答える。

「劇場よ」

「…なんのために?」

 今度は俺から質問をする。

「それはね宗二くん、貴方達の衣装を見るためよ」


 俺と関口さんは峰先生が運転する車の後部座席で揺られていた。

「私がバレエを現役でやってたとき、お世話になった劇場経営の人がいてね」

 峰先生は、駐車場に停まっていたあの白くてカクカクした車を運転しながら経緯を話してくれた。

「最近合う機会があって、その時に私が貴方達が文化祭で舞台に上がるための手伝いをしてるって話をしたの」

「そう…なんですか」

 俺と関口さんはバックミラーに写る峰先生に向かい、とりあえずで相槌を打っていた。

「貴方達の衣装だったり小道具だったりは全然決まっては無かったじゃない?だからその時にダメ元でお願いしたら、使う予定の無い衣装を貸してくれるって言ってくれてね」

「つまり…私達はこれから、貸してもらう衣装のサイズだったりを確認するために試着しに行くってことですか?」

 関口さんの質問に、峰先生は違うとばかりに「う〜〜ん」と唸っていた。

「宗二くんのはほぼほぼ決まってるからそれで間違ってないんだけどね、舞ちゃんの衣装は私としてもどういうドレスにしようとかはまだ全然決めれてないのよ」

 だから…と峰先生は続ける。

「今日は少しだけ、長くなるわよ…」


 車に揺られること二十数分、到着した劇場はとても雰囲気のあるものだった。

「でかいな…」

 建物の上まで見上げた俺の口から自然と感想が漏れた。劇場の外側を支える柱は芸術的に見えるよう彫られており、外観は歴史ある博物館のように見えた。

「じゃ、行くわよ」

 峰先生はそう言うと、靴底をカツカツと鳴らし真っ白な大理石の階段を早足で登っていく。

 劇場の外観に魅入られていた俺と関口さんは、先生を慌てて追いかける。

 登った先で峰先生は、建物の中にいたスーツを着た背の高い男性に声をかけていた。

 「あの私、峰崎宏美という者です。三上さんはいらっしゃいます?」

「お話は聞いております。案内しますので、お連れ様もどうぞこちらへ」

 男性は、特に峰先生に対し本人かどうかの確認を取ることなく俺達を中へ案内してくれた。

 一般のお客としては通らないであろう、関係者の通路を歩く。

 先導してくれた男性はある部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。

「お客様をお連れしました」

 扉の奥から、女性の声で返事が届く。

「お疲れ様。どうぞ、入ってもらって」

 男性は俺達に頭を下げて「ごゆっくり」と言い、来た道を戻って行った。

 峰先生はドアノブに手を掛け、扉を開ける。

 中に居たのは、五十歳半ば程に見える女性だった。

 髪には白髪が混ざっていたが、他の髪と同様に手入れをされていたからか白髪特有の違和感だったり衰えを感じさせず、敢えて白く染めているのかとも思えた。

 グレイヘアと言うのだろうか。身なりの良さも加わり、気品というものが感じられた。

「お久しぶりです、三上さん」

「あらやだ峰崎さん、つい三日前にあったばかりじゃないの」

「ここで会うのが久しぶりってことですよ」

「それはたしかに、懐かしいわねぇ…」

 向き合って親しげに話す二人をこの場面だけ切り取って見れば、人によっては親子に見えただろう。

 それほどまでに年の差が感じられ、同時に心の距離の近さが感じられた。

「この二人が話してた生徒さん?」

 三上さんと呼ばれた女性は、峰先生と向き合いつつも覗き込むようにこちらに目を向けた。

「えぇ、舞ちゃん…女の子の方は昔バレエを教えていた生徒でして、色々と事情を聞いた上で教えることになりまして」

「「どうも…」」

 俺と関口さんは二人して三上さんへ頭を下げる。

 三上さんはうんうんと頷いて笑っていた。

「三人共着いてきて、別の部屋に移りましょう」

 俺達は三上さんの後に着いていき、また別の扉の前まで来た。

「言われたとおり、彼の衣装はもう準備出来てあるからね」

「助かります」

 二人はそんな会話を交わしながら中に入る。今から自分が舞台に着て上がる衣装を見るということで、俺の中で段々と緊張のようなものが走ってきた。

「おぉっ!コレです!」

 先に部屋に入った峰先生が、それを見た瞬間に声を上げた。

 そしてそれを見た俺は、絶句した。

 化粧をするための鏡がいくつか見える部屋には、服を着た一体のマネキンがあった。

 マネキンに着せられたそれは、シンプルな黒いタキシードであった。しかしその衣装には、とても目を引くワンポイントがあった。

「何だこれ…」

 そのタキシードの首元には、冗談かと思えるほど大きな真っ赤な蝶ネクタイがあった。

 普通の物の三倍程の大きさがあり、パーティーグッズか何かに思えるサイズだった。

「うんうん、注文通りね」

 俺の隣に立っていた峰先生は満足そうに頷いていた。

「…いやいや、いやいやいや…これは無いでしょう?」

「…?それはどうして?」

「いやだって…滑稽すぎません?」

「だから良いんじゃない!」

「っ!」

 峰先生はスイッチが入ったのか、どんどん声が大きくなる。

「滑稽に映るからこそ、無謀に思えるからこそ、演じられる人形の恋心がより尊く感じられるのよ…!」

「あの?」

 話が通じている様で通じていない。


「じゃあ…斑目くん?私達三人は部屋の外で待ってるから、着替え終わったら言って頂戴」

 三上さんはそう言うと、他の二人を連れてゾロゾロと出て行った。

「………」

 俺はマネキンと、一体一で向き合う。

「あぁそうそう…」

 突然扉が開き、驚いて後ろを振り向く。扉を開けたのは三上さんだった。

「どうしたんです…?」

 三上さんは扉を入ってすぐ右手にあるの壁を指さした。壁にはフックがあり、いくつかのハンガーと黒いシルクハット、そして何故か白い手袋が掛かってあった。

「それ着たらこの帽子と手袋を着けてね。峰崎さん曰くセットらしいから」

 そう言って三上さんは扉を閉める。

 再び、部屋には俺とマネキンだけになった。

「……蝶ネクタイってどうやって着けるんだ?」


「…どうぞ〜」

 着替えが終わり外の三人へ声をかける。

 ぞろぞろと入ってきた三人は三者三様の反応を見せた。

「あっ…!んぅ〜〜〜…何かが違うのよね…」

 峰先生はどこか俺の格好にどこか納得がいっていない様子で首を捻る。

 あなたに言われて着ているのだから、少しでも「似合ってる」とか「イメージ通りの出来」だとかのポジティブな言葉が欲しかった。でないと、本格的に俺がこの衣装を着た意味が無くなるのだから。

「あら、案外良いんじゃない?ハウルに出てくるカカシっぽくて可愛いわよ」

 三上さんは俺が欲しかった方向性とは別の、肯定的な意見をくれた。

 そして、俺がマネキンを見たとき感じていた既視感の正体も教えてくれた。

「んっ…!んふふっ……!」

 関口さんはといえば、部屋に入ったっきり口元を押さえて笑い出すことを堪えていた。

 おそらくだが関口さんの反応がこの中で一番一般的な反応なのだろう。このリアクションを見てしまえば、この格好で全校生徒の前に出ることがとても億劫になってしまう。

「…やっぱり俺には似合わないですよ」

 化粧台に写った自分を見ながら俺は言った。

 この赤い蝶ネクタイもそうだが、タキシードにシルクハットというのが良くない。

 スタイルの良い渋い顔をした役者がビシッと着こなすものであって、俺のようなナヨナヨとした男子高校生が着てもハロウィンの仮装にしか見えない。

 肌触りの良いこのジャケットも、ディスカウントストアで急ごしらえした安物に見えてくる。

「いや…これがいいのよ、宗二くん」

 峰先生は散々自分で違う違うと言っておいて、それでもこの衣装にするつもりのようだ。

「…どういうことです」

「貴方単体で見れば笑い者にしかならないでしょう。でも宗二くんの存在によって相手役は一気に化けるのよ」

「…引き立て役ってことですか?」

「それじゃ不満?」

「…!」

 俺は予想していなかった返事に一瞬気圧された。

「もちろん、貴方の踊る技術が伸びるのを待てないからこその役回りではあるわ」

「………」

 それ自体はもっともだ。元々無茶を通して舞台に上がろうとしているのだから、舞台として成立させるために俺は妥協というものを知らなければならない。

 それを受け入れられないのはただのワガママだろう。

「…でもね、私は貴方達がやろうとしていることは舞台に近いものだと思ってるの」

「…?」

「学芸会じゃなく、舞台なの。宗二くんは竜宮城の後ろでユラユラ揺れてるわかめ役Bなんかじゃなく、いることに意味を持たせる役者なのよ」

 峰先生は俺の肩を掴む。

「観客に笑われるんじゃなく、貴方が笑わすの」

 真っ直ぐな目で語ってくる。

「それだけじゃない…文化祭、ともすれば観ているお客は、他のバンドだったりダンス部の発表を見に来ている人が大半を占めるでしょう」

 肩を掴む手に力が入ったのを感じた。

「そんなお客の興味を引くのは貴方、観ているお客に舞台の雰囲気を伝えるのも貴方、主役の舞ちゃんの演技に注目を集めるのも貴方」

 峰先生は掴んでいた手を離し、俺の着けた蝶ネクタイを締め直す。

「貴方が役をやりきれれば、その舞台はより良いものになる」

 そういう言葉が欲しかったんだ。

「…はい!」

 峰先生は真剣な顔から笑顔に戻る。

「よく言ってくれたわ」

 すると扉の辺りで気不味そうにしていた関口さんが口を開く。

「…まぁ、そもそも斑目くんはマネキン人形の役だし、無難に格好いい服装じゃ観客に伝わらないかもよ?」

 関口さんは峰先生の話を聞いてか、笑いそうになっていたことを後ろめたく思っているのだろう。

「そうなのよ。演技するとは言っても、舞ちゃんも宗二くんも特にセリフを発したりはしない予定だし、観客からも一見で分かるインパクトが重要なのよ」

 そう言われ改めて鏡を見ると、この格好もそう悪くは無いように思えた。

「でも…やっぱりもう一味欲しいのよね」

 そう言った峰先生は、肩に掛けていたバッグの中へ手を伸ばした。

「やっぱり、書いちゃいましょうか」

 バッグから取り出したるは、黒いマジックペンだった。

「書く…?」

 峰先生は当然のことのように話しだした。

「腹話術の人形みたいにしたらわかりやすいと思わない?口の端から顎にかけて二本引きたいなって」

「ブッ!!」

 聞いていた関口さんは吹き出してしまった。

「絶対に嫌です!コントじゃないんだから!」

「水性でやるからさ〜」

 峰先生はなんとペンのキャップを外した。

「嫌です!嫌です!限度があります!」

「良いではないか〜」

 峰先生はバカ殿のような調子で段々と近づいてきた。

「そういえば峰崎さん、頼まれた通りドレスは複数個用意してるけどどれにする?」

「あぁ待って下さい、実際に見て決めたいので私も行きます」

 そう言って峰先生は三上さんに着いていく形で部屋から出て行った。俺は三上さんからの助け舟に感謝をした。

 だが、三上さんの発言を聞き一つの疑問が湧いた。

「…関口さんのは別の部屋にあるんだね」

 唯一の話し相手である関口さんに声をかけた。

「ん?まぁそうだね」

「つまりここは、別に衣装が置いてある部屋って訳じゃないんだね」

「ドレッサー室って言うんだよ。役者さんが着替えたり、メイクする所」

 関口さんは無知な俺に教えてくれた。バレエを習っていた時に知ったのだろうか。

「じゃあ、何でこれ一着だけマネキンに着せて部屋にポツンと置かれてあったの…」

 俺は自身が今着ているそれを見ながら言った。

 関口さんはどこか困っている様子だった。

「…いや、ほら私のは他にいくつか候補があるみたいだし」

「俺のだって別に確定しては無いはずだよね…?」

「………」

「着てみてやっぱ違うなってなるかもだし、ピッタリだから良かったけどそもそもサイズが違ったら別のタキシードを用意しなきゃいけないのに、どうして…これだけ」

 関口さんは本当にどうしてか、何も喋らなくなってしまった。

「それを…なんでわざわざマネキンに…?タキシードはまだしも、この蝶ネクタイが着せられた状態のマネキンを持ってきた訳じゃないだろうし…」

「…遊び心?」

「馬鹿にされてるでしょ、これは…!」

 三上さんか、劇場のスタッフの方か、いずれにせよ確かな怒りが湧いてきた。


「候補としてはこの四色ね」

 峰先生と三上さんが持って来たドレスは赤、青、黒、白色の四種類だったが、使われているレースの量やスカートの長さがそれぞれ微妙に違っていた。

「最初はざっくりと、どんな色にするかだけ決めましょうか。早速だけど舞ちゃん、着てみてちょうだい」

「…は、はいっ!」

「あっ、じゃあ僕は廊下で待ってますので…」

「うん、舞ちゃんが着替え終わったら呼ぶから。間違っても覗いちゃダメよ?」

 峰先生は、ニヤニヤとした顔で言ってきた。

「しませんよ…!」

 部屋の外で待っていると、廊下を通りがかった人が俺の姿をジロジロと見てきた。

 心の中では失礼だなと思いつつも、もし俺があちら側ならこんな格好をした人間、同じように見てしまうだろう。


 しばらくすると、部屋の中から「もういいよ」と聞こえた。

 念の為俺は一言「入りますからね〜」と言いながら扉を開けた。

 中に入ると、白いドレスを着た関口さんが立っていた。

 着ていたドレスのスカートの丈は膝までで、レースで花のような柄が刺繍されていた。肩は丸出しで、両肩にキャミソールのように一本だけ紐があるだけであり、その殆どが空気に晒されていた。

「さっすがバレリーナ、白がよく似合うわね…」

 峰先生は顎を撫でながら言う。

「舞ちゃん、着てみた感想としてはどう?」

「…動きやすいですね。サイズも丁度だし、失礼ですけど高校生の私が不便なく着られるとは思ってませんでした」

 そんな関口さんの感想に三上さんは笑って答えた。

「うちの劇場でよく公演をしてくれてる劇団が何人か子役を雇っていてね、そのドレスよりもさらに小さなサイズでも揃えが良いの」

 関口さんは三上さんの話に相槌を打ちながら、軽く飛んだり足を膝まで上げたりしていた。それほどまでに動きやすいのだろう。

「三上さん、ちょっと…」

 そう言って峰先生は、三上さんと二人で難しそうな話をしだした。

「あの色、三上さんはどう思います…?」

「やっぱり白は安牌よね。この娘の肌の白さも相まって、よく映えて見える」

「えぇ…それに、高校の文化祭といえど最低限のライトで照らしてはくれるでしょうし、白なら光を反射して主役の舞ちゃんが目立って都合が良いと思んです」

「スカート丈はどうする?激しく踊るんだったらこの膝丈で良いけど、他にも試してみたさはあるでしょ?裾がくるぶしまであってふんわりしてるワンピースなんて倉庫にいくらでもあるけど」

「でも私としては、大人っぽいタイトスカートなんかも試して見たいんですよね」

「バレエっぽく踊るんならそれは無茶じゃない?」

「スリットによっては、じゃないですか?でもまぁ、こういう話は他の色を試してからにしましょうか」

 話し終わった峰先生は、俺に向かって振り向いた。

「宗二くんはどう思う?」

「えっ…」

「相手役の貴方からも意見だったりが聞きたいのよ、率直な感想をお願い」

「俺は……その…」

 感想が何も無い訳ではないのだが、少し困った。

 俺には、関口さんのドレス姿が普段の制服だったりと比べてあまりに際どく見えてしまい、見過ぎたら失礼と思ってしまいあまり真っ直ぐに見れていなかった。

「…軽そうだなって思いました」

「軽い…?まぁたしかにそう見えるけど…」

 本音を言えば『布地が少ない』だったのだが、そういう目で見ていると思われるのが恥ずかしく、なんとも言えない感想になってしまった。

「それは…羽毛の様に見えるってことじゃない?」

 三上さんは俺の感想に付け加える形で話しだした。

「羽毛?」

「明度が高い明るい色ほど軽く見えるって話をどこかで聞いたことがあるのよ。つまり彼は、最も軽く見える色である白が跳ねるように踊る彼女には似合っているって言いたいんじゃない?」

 突然の助け舟に、俺は迷わずに首を縦に振る。

「あらそうだったの、中々に良い意見ね。ありがとう宗二くん、三上さん」

 言われた後、俺は助けてくれた三上さんに目を合わせ、軽く会釈をした。

 三上さんはニコリと笑い、同じように会釈を返してくれた。

「ということは…この白のドレスは全体的に好印象ってことになったわね」

 じゃあ次、と峰先生が言ったところで、俺は部屋の外へ出ていった。


 その後にまた呼ばれ、先程と同じように念の為に確認を取りながら扉を開けた。

 関口さんは、黒いドレスを着ていた。

 先程の白と比べると、肩のあたりが黒のレースで覆われて薄っすらと肌色が透けて見えていた。

 スカートも刺繍だったりが無く、素材が違うのか照明の光を反射して光っていた。

「黒鳥…ね」

 峰先生はボソリと呟く。白のドレスの時と比べるとあまり肯定的な雰囲気には思えなかった。

「やっぱり…他に明るい色を着ている主役が居ないと、単体では黒は映えないわね…」

 峰先生の隣で、同じ様にじっくりと見ていた三上さんも口を開く。

「よく似合ってはいるんですけどね…」

「少なくとも王道では無いから…無難かつ似合ってる白を捨ててこっちにする理由はちょっと…」

「そもそも主役が着る色では無いですからね…」

「一緒に踊る彼も黒い衣装なわけだし、これは避けた方が良いかも…」

「黒が二人並んだら葬式か何かに見えかねないし、それが安定ですかね…」

 峰先生は、後ろで傍観していた俺と二人にじっと見られモジモジしていた関口さんの顔を交互に見て言った。

「二人は何か意見だったりはある?」

 その質問に対して俺達二人はどちらも「特にありません」と答えた。

 もう既に白のドレスが全体的意見として高評価を獲得しているのだ。

 大人二人が否定的な感想を持った時点で、黒のドレスに時間を掛けずに次に進むのは当然だろう。

 

 俺はまた、部屋を出て入ってのセットをやり直した。

 今度の関口さんは、青いドレスを着ていた。

 そのドレスは、今までのドレスとは大きくシルエットが違っていた。

 パッと見た印象としては、童話のシンデレラだった。

 肩の部分は透けた素材が幾重にも折り重なり、絵本の挿絵に出ていたように膨らんでいた。

 くるぶしまであるスカートは童話で出てくる魔法で出来たものほど豪華ではないが、腰からふんわりとした形を保っていて肩の部分まで合わせたシルエットは、関口さんを絵本の中の登場人物に思わせた。

 その関口さんを、俺の前で大人の二人は食い入って見ていた。

「ちなみにですけど…三上さん、もう少し他の色と形が似通ったドレスは無かったんですか…?」

 峰先生は三上さんへ質問をしながらも、真っ直ぐな視線を関口さんへ送っていた。

「いや〜…青色って色の具合にもよるけど、基本大人っぽい色でしょ…?だから膝丈までで尚且つこの娘のサイズの合ったものってなると、あまり見つからなくてね…」

 三上さんもまた、ドレス姿の関口さんに視線を固定したまま答えた。

「パフスリーブ…割とありですね…」

 峰先生が呟いた言葉は、おそらくあの肩の膨らみのことなのだろう。

「これ自体は少しファンシー過ぎるけど、青色単体で見ても彼女にはよく似合ってると思うわよ」

「青…似合う娘にはとことん似合う色ですからねぇ、他のタイプも見てみたいけど…あるんですか?そもそも」

「探せばあると思うけど…奥の方から引っ張って来ることになるか、無ければ交流ある劇団だったり他の劇場に声掛けとくわね」

「悪いんですが…お願いします、三上さん」

 二人の会話を聞いた限り、この青色は白と同様に高い評価を得ている様だった。

 他の色の時もそうだったように俺と関口さんも感想を求められ、二人とも肯定的な感想を述べた。


 最後は赤色。どんなドレスになのかを想像しながら廊下で待つ。

 峰先生の声で呼ばれて、俺は扉を開けた。

「………ッ!」

 そのドレスは、青と同様にシルエットが黒や白とは別だった。

 青がシンデレラだとすれば、これはまるで――

「結婚式……!」

 青と同じくスカートの丈は長いが、透けて見えるのレースが幾重にも折り重なっており、それらがまっすぐ下まで下がっていた。

 肩からへそまでひどくボディラインが強調されており、全体的に縦に長く見えるドレスだった。

「情熱的、だけど…」

 峰先生が発した、だけどの後を俺は聞き逃さないよう集中した。

「これは違いますね」

 えっ…

「やっぱり赤はインパクトが強すぎるのが良くないわね…」

「えぇ…それに、このドレスは少し長すぎます…踊る上でこれは良くない…」

 ちょっと…

「赤は大人っぽい方が似合う色だし、短いものだと今ほどは似合わないでしょうね…」

 俺が最初に感じた印象とは逆に、二人の感想は辛口なものだった。

「宗二くん、貴方はどう思う?」

「…!」

 感じたままを言うべき、では無いだろう。

「…特にありません」

 これは仕方がない。そもそも、関口さんに限ってこの色を着ることは最初から無かったのだから。

「あらそう?じゃあ舞ちゃん、着てみてどう思った?」

 赤いドレスに身を包んだ関口さんは、レースのスカートを上から優しく撫でていた。

「…私は、この色にしたいです」

「…!」

「えっそんなに気に入ったの!?」

 峰先生は俺と同じく、心底驚いている様子だった。

「…同じ様なドレスだったら倉庫にいくらでもあるし、着心地が気に入ったのなら他の色があるわよ?」

 三上さんは関口さんに赤にするべきでは無いと諭しているようだった。それほどまでに赤いドレスというのは人を選ぶものなのだろうか。

「いいえ、着心地はもちろんそうなんですが、この色が好きなんです」

「…舞ちゃんには、青とか白の方が似合ってると思うんだけど…」

 峰先生はハンガーに掛かった二着を両手に持ち、再度確認を取った。

「いえ、赤が着たいんです」

 話した関口さんは、確固たる意思を持っているようだった。

「そうなのね……まぁでも、舞ちゃん本人がそう言うなら赤にしましょうか」

「ありがとうございます」

「じゃあ…他の赤いドレスを何着か持ってくるわね」

「えっ他に赤あったんですか!?」

「あれより安いのだったら何着か、青同様大人っぽいものだからサイズが合うのは少ないけどね」

 峰先生は三上さんと一緒に他の色のドレス三着を手に持って部屋から出て行き、俺と関口さんの二人っきりになった。

 正直、関口さんが自分からその色を選ぶのは意外だった。

 俺は思い切って選んだ理由を聞いてみることにした。

「関口さん…なんでその色にしたの?」

「意外だった?」

「なんていうか…赤は嫌がると思ってた」

「それって口裂け女っぽいから?」

 俺は少し驚いて頷く。

 世間一般的に口裂け女の外見的特徴と言えば、裂けた口とそれを隠すマスク、長い黒髪、隠し持った包丁ときて、全身を赤い服に身を包んでいるというのがあるだろう。

 俺はてっきり関口さんが気付かずに赤いドレスを選んだのかと思ったが、どうやら関口さんはそれをわかっていた上で選んだらしい。

「それはその…なにかに対しての反抗だったりするの…?」

 俺の話した予想に対して、関口さんはキョトンとした顔を見せた。

 その後にクスクスと笑い、「そんな深い理由じゃないよ」と言った。

「それじゃあどうして…」

「いや〜、白は今まで散々着てきたから他に良い色があればそれにしたかったってのはあるけど…

「あるけど?」

「一番の決め手は、斑目くんかな」

「俺…?」

 どうして俺の名前が出てくるんだ。

「だって斑目くん、この色が一番似合ってたんでしょ?」

「…え?」

「顔を見てたらわかるよ。赤が一番だ〜って書いてあったもの」

 俺は指摘されて恥ずかしくなり、両手で口元を隠す。

「そんなに露骨だった…?」

「すっごいわかりやすかったよ。口はぽけ〜って開いてるのに、穴が開くと思うほど目でじ〜っと見てくるんだもの」

「いや…だって…」

「…あの時と全く同じ反応だったし」

「…あの時?」

 その時、扉が開かれた。

「持ってきたわよ〜、…あら?」

 両手にドレスの掛かったハンガーを持った峰先生は、部屋に入るなり突然立ち止まった。

「ちょっと峰崎さん、後ろがつかえてるんだから早く入って…どうしたの?」

「あぁ三上さん、見て下さいよあの二人…!」

 ドレスを手に持ったまま話しだした二人に、俺達は揃って視線を向けた。

「黒は駄目だったけど、ワンポイントとしての蝶ネクタイと一緒の色なら…」

「…!なるほど…確かに二人並んでいれば絵になるわね…」

「でしょう…!これならイケます…!」

 その後、二人が持ってきてくれたいくつかのドレスを関口さんは試着した。


「…これ、良いですね…」

 部屋に入ると、ドレスを着た関口さんが軽くその場で跳ねていた。

「最初に着ていたものより軽いでしょう?」

「丈の長さは大丈夫?舞ちゃん」

 峰先生に聞かれ、関口さんは軽く腿上げをしたりステップを踏んだりした。

「…問題ないです」

「うん、そのドレスも貴方によく似合っているしそれで決定で良いかもね」

「これが…私の舞台衣装…!」

 長かった。向かう車内で峰先生が長くなると語った理由がわかった。途中でお昼休憩を挟み、着ていたドレスの違う点が段々とわからなくなっていき、廊下で求められる感想の答えを考えだしたくらいには長かった。

 結局決まったドレスは、俺の目から見れば最初のものとの違いがあまりわからなかった。

 二つを並べて見ればわかりやすいのだろうが、スカートの丈が少しだけ短くなったようなそうでもないような、という感想しか出てこない。

「では三上さん、文化祭の前日に受け取りに来ますので」

 そう言って峰先生は頭を下げた。

「せっかくだし…本番が近くなったら持っていきなさいよ。これ着て練習することも大事でしょう?」

「…!ありがとうございます!」

 三上さんの厚意に、俺と関口さんも峰先生同様に頭を下げてお礼を言う。

 これで舞台に必要なものは整った。

 後は、俺と関口さんがどれだけ完成度を高められるかの勝負になる。

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