第21話 基礎

 朝、早くに起きてきた俺はリビングの電気がついていることに気がついた。

「…おはよ〜…宗二」

「…なんで起きてるの…?」

 普段はバイトに間に合うギリギリまで寝ているはずの姉が、俺より早く起きているのはとても珍しいことだった。

「いや〜…な〜んか寝れなくてさ」

「…今日、バイトって何時なの?」

「…十二時?」

「早く寝ないとヤバイじゃん…」

 繰り返すように「な〜んか寝れないのよ」と話す姉に呆れつつ、俺は自分の朝食の準備をする。


 それは昨日のこと。

「聞きたいことって何ですか?」

「大したことじゃ無いんだけどね…斑目くん貴方、いつも何時に学校に行ってるの?」

「…?家を出るのは八時少し前くらいで…学校につくのは十五分ってところです」

 どうしてこんなことを、と思いながら俺は峰先生からの質問に答えた。

「始業時刻は?」

「四十分ですね。その時間に出席が取られます」

「じゃあ斑目くんは、他の人よりも少し早めに登校してるの?」

「まぁ…そうですね。他のクラスメイトは始業の十分前とかから登校してますから…」

「そうなの、フフフッ…」

「えっ?あっ…ハハハハッ…」

 突然微笑みだした峰先生に合わせ、俺もとりあえずで笑ってみせた。

「フゥ…じゃあ貴方、明日から一時間早く起きなさい」

「えっ?」

「早く起きて空いた時間に、外に走りに行ってきなさい。四十分くらいで帰ってこれれば、朝シャワー浴びる時間合わせても普段通り学校に間に合うでしょ?」

「それは…」

 それはもちろん構わない。文化祭のための練習だったりに打ち込む心の準備は出来ている。

「それを続ければ…俺は踊れるようになるんですか…?」

「いや無理よ?」

「え?」

「こんなの最低限よ。スポーツを楽しむための基礎を育むための、最低限の運動」

 最低限というにはハードルが少し高くないか。

「貴方以上にハードな運動している子なんて、貴方の学校の運動部だけでもごまんといるわ」

「それはまぁ…そうでしょうが」

「ダンスのレッスンって意外と体力使うのよ?

ダンスに座学なんてほとんど無いわけで、レッスン中は休憩は挟むけど二、三時間は動きっぱなし。だからそのレッスンについて来てもらうための体力づくりをするために朝にランニングをしてもらいたいの」

「体力づくり…ですか」

「今の貴方は基礎を習わせるための土壌も無い段階、だから習えるだけの体力をつけなさい」

「わかりました…頑張ります」


「…朝の運動だよ。今日から始めようと思ってさ」

 話しながら俺は冷蔵庫の中の食パンを取り出す。

「でも…まだ朝の五時前だよ?」

「………」


『斑目くん、繰り返すようだけどこれは最低限必要なことなの』

『これすら続けられないなら私は結果を保証出来ないし、これより更に頑張ってくれるなら私はどこまでも貴方達に付き合ってあげる』


 あれだけ最低限と連呼されれば、言われたことだけをやるのが馬鹿らしくなる。

 だったら、最低限の倍を走ってやる。

 朝食のトーストを頬張りながら俺は心にそう決めた。

「どうしたの急に…健康診断でヤバいこと言われたおっさんみたいな行動力してるじゃん」

 姉は俺のことを、真面目な顔をして心配していた。

「…健康のため?」

「ガチでおっさんじゃん」

「別に…良いことでしょ…」

 俺は学校指定のジャージに着替え、玄関でいつものスニーカーを履いた。

「よしっ…行ってきます!…あっあとおやすみ」

「…いってらっしゃい、おやすみ」


 俺は家を出てから、昨日の内にランニングの場所として目星をつけていた河川敷まで走って行くことにした。

 走り出した時は、少しだけ楽しかった。

 まだ真っ暗な空、誰もいない町、自分が呼吸する音だけが聞こえる時間がどこか心地よかった。


「ハァ…ハァ…アァ…グッ…」

 だが走り出して五分か少し経つと、途端に脇腹の辺りが痛くなる。

 朝は抜いてくるべきか、それか時間はあるのだから歩くことから体を慣らしておくべきだったか。

 ランニングの場所として目指した河川敷に着いた時には、俺の息は絶え絶え、片手で常に脇腹を抑えていた。

「ハァ…アッ、あと一時間、三十二分…」

 スマホの時計を確認し家に帰るまでの残り時間を確認した俺は、走っては歩き、歩いては走ることを繰り返した。

 事前に調べたランニングの方法によると、これでも十分に効果はあるらしい。

 そうして止まることなく進み続けていたが、体力も底を尽きてきて、後半の一時間は家までの帰り道も全てヨタヨタと歩くことしか出来なかった。


「おはよう斑目くん。今日は遅かったね、遅刻ギリギリじゃん」

 登校すると、クラスにいた朝比奈さんから挨拶された。

「おはよう、ちょっと…寝坊してね」

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