第18話 待ちぼうけ

 日曜の朝の十一時前、持っていく弁当の準備を済ませてブルーシートだったり箸だったりの確認に入る。

 関口さんが来るまで待つつもりなので、一様図書室で借りた小説も入れておく。

 とりあえずで借りていた『温泉限定探偵』シリーズも今はもう第三巻まで読み進め、探偵である主人公が湯けむりと共に現れ、真犯人の前で推理を披露するという物語の佳境まで入っている。公園で関口さんを待つ間の相手になってもらおう。

「今週もデートねぇ、あんたらそんな毎週毎週デート行ってて飽きないものなの?」

 最近飲食店でバイトを始めた姉が、三面鏡の前で化粧をしながら聞いてきた。

「…飽きたりなんかしないさ」

 答えた俺に呆れた様子で、「毎日学校で会ってるだろうに」と姉は言った。

「…そっか、俺達って実質週六で会ってるんだ」

「いや今気づいたの?」

 姉は笑った。

 俺も笑ってみせた。

 関口さんのことで姉に嘘をつくのは今に始めたことじゃない。

 荷物の最終確認を終え、スマホを開きラインを確認する。

 一昨日送ったメッセージに既読はまだついていない。通知音がオフになっているか、最悪一昨日のアレでブロックされているかもしれない。

 飲食店ということで濃すぎない程度に化粧を済ませた姉が、バッグを片手に玄関に向かう。

「じゃあ、私お先」

 リビングから廊下に出た姉は、首から上だけを廊下から覗き込むように出して俺を見た。

「宗二。彼女さんとのデート、楽しんで来なよ」

 歯を見せて笑う姉に、俺もまた笑って見せる。

「もちろん、わかってるさ」


 バスを降り、しばらく歩いて公園に着く。

 スマホで時間を確認すると十一時四十八分と出ている。十二時までにどうにか昼食の準備は間に合いそうだ。

 広げたブルーシートに座ってみると、自分一人ではどうしても広く感じる。

 今思えば二人でも広かったんだろうが、訓練の時以外は俺が関口さんとの間隔を遠ざけようとして少し距離が開いてたんだろう。

 空を見れば一面曇り空で、厚い雲により太陽の光は遮れられており時折強い風が吹いてきた。

 ブルーシートの端に荷物や俺の靴を重石にしてシートがめくり上がらない様に努力はするが、風により暴れるシートから靴や空のランチボックスが飛ばされてそこらの芝生に転がった。

 本だったりの重石になりそうなものを家から持ってくるんだったと後悔しながらも、俺は真ん中にある二つの弁当箱をその位置から動かすことは決して無かった。

 早速俺は、胡座をかいて小説を広げる。

 このシリーズはこれで既に三本目だったが、自身で犯人を推理するというこういった探偵小説を読む際の醍醐味を未だに実践出来ていない。

 単に読み慣れていないこともあるが、推理モノは一気に読み切らないと肝心のトリックだったり容疑者の情報が曖昧なまま読み進めてしまい、自分なりの予想が立てにくくて仕方ない。


『――探偵は、その旅館を後にした。』

 その言葉で締めくくられ、小説は終わった。

「ん〜〜〜っ…!」

 俺は座ったまま思い切り体を伸ばす。

 胡座をかいて覗き込むような体勢のまま読んでいたせいか、腰や首がどうも痛い。

 犯人は旅館の主人で、トリックには旅館の卓球台に置いてあった穴の空いたピンポン玉が使われていた。

 今度はうつ伏せになって本を広げ、探偵の語るトリックを確認しながら伏線と思われる箇所を遡って何回も見返す。

 読後感としては、曖昧なまま読んでも面白いと思える良い小説だったという思いと、自分なりに考えて読んでいればもっと楽しめたんじゃないかという思いが拮抗していた。

 スマホを確認するとそろそろ一時になろうとしており、十分に時間は過ごせた。

 読み終わった本をシートの重石として再利用する。置いて数秒で風がページをペラペラとめくり、パタンとシートの外の芝生へと飛ばされた。

 なにかの拍子に失くしたら大変だと思い、本をリュックの中へ戻す。

 関口さんを待つ間の暇をつぶすものが無くなったので昼寝でもするかと思い、もう一度シートに横になる。

 俺のお腹がぐぅ〜っと鳴いている。飯時なのだから当然か。

 日が暮れても関口さんが来なければ、夜食も兼ねてこの二つの弁当を平らげるんだ。

 俺はそう心に言い聞かせ、なんとか腹の虫を落ち着かせることで眠りについた。


「ねぇ…」

 ……………

「起きてよ…」

 …なんだ?

 半分夢の中だった俺の体を、揺すって起こそうとする人がいた。

 

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