第30話

 本来の班に戻った俺は、諌矢や西崎達が作ったカレーライスを食す。

 二班合同、総勢八名分。カレーを煮込んだ大鍋はあっという間に空になった。

 数の多さを見込んで多めに作っていたのに、どいつもこいつも恐ろしい食欲だ。


「無駄に余んなくてよかったね」

「ていうか。風晴君がこんなにカレー好きだったとか意外~」

 多めに作ったカレーがあっという間に底をついたのはカレーマニアの諌矢と大食漢の須山の仕業だ。女子達はそんな事を言い合っている。


「あー、終わった終わった。ゆっくりできる!」

「おつかれ、愛理。チョコあるから食べなよ」

 洗い場から戻ってきた竹浪さんを西崎が労う。腹いっぱいになっていた俺達を余所に、食器を洗ってきてくれたのだ。スポーティに日に焼けたギャルっぽさに反して、本当に家庭的だな。


「自由時間は何すんの?」

 やる事も無くなり、皆が黙々とスマホを操作する。

 何とも気まずい空気の中で、静寂に耐えられなくなった俺は諌矢に問いかけた。


「まだ決めてないな。ま、何か食ったら眠くなるし、現状維持でいいんじゃないの」

「片付けも終わっちゃったし、マジでやる事無いね。あ、そうだ。クッキー食べない?」

 諌矢に続くように、竹浪さんがリュックから菓子の満載した袋を取り出す。


「そう言えば、愛理。向こうの班で聞いたんだけどさ――」

 うま〇棒をかじりつつ、工藤舞人が竹浪さん達と話し始める。

 西崎は会話には参加せず、スマホをいじり退屈そうにしていた。

 このグループは私が率いているから一応います的な感じ。オフィスの奥でふんぞり返っているお局様みたいだ。

 就職して出世したら、すんごいきつい上司になりそう。


「お~い!」

「チッ、須山うっさい。で、何?」

 他の班に遊びに行っていた須山が大声で戻ってくると、西崎は舌打ちをしながら答えた。コミュニケーションの取り方がいちいち怖い。


「向こうで野球やってるみたいなんだあ! 俺らも行かねえ?」

 須山は能天気に笑いながら炊事場の屋根の外に立ち、俺達の返答を待つ。


「あたしパス。暇なら誰かいってあげればー?」

「あ、うちもいいや」

 西崎の鶴の一声で女子達が意見を一致させる。

 対面に座る男子、工藤と諌矢も気まずそうに笑っているだけで、動く気配はない。

 まあ、そうだよな。食べたばかりで動きたくないよな。俺だって動きたくないし。

 でも、それだと須山があまりにもかわいそうだ。

 小さい頃、新しい遊びを提案してもリーダー格の奴に却下された思い出が重なり、ここでは須山の味方をしたくなる。


「須山。じゃあ、俺も行くよ」

 そんな事を脳内で繰り広げて俺はやれやれと立ち上がるんだけど――単に、この場に居続けるのが怖いだけだった。

 だって、皆無言でスマホいじってるんだもん。


「一之瀬、マジか!? 声かけて良かったぜ~!」

 しかし、須山はそんな俺の思惑など考えてもいない。それはもう嬉しそうに声を上げて喜ぶ。

 そのまま俺は、須山に便乗して炊事場を後にする。


 ふと、後ろを振り向くと、西崎と目が合う。

 金髪の女王はスマホを持ったまま、ゆるふわカールの長い前髪の間から攻撃的な眼を光らせていた。怖っ! 




 多くの炉が組まれた炊事場付近とは打って変わり、広場は生徒達が散らばってとにかく色んな事をしていた。

 サッカーやら虫取りやら、あとは寝たり好き勝手走ったり、とにかくフリーダム極まりない。

 特に、虫取りはガチ勢が籠や網を持ち寄っていて楽しそうだ。田んぼでヤゴやドジョウを探したり、公園の草むらでバッタを探しまくった小学校時代を思い出す。俺も混ぜろよ。


「ほら、行くぞ。一之瀬!」

「う、うん!」

 しかし、俺は須山と一緒に野球をする為にここまで来たのだ。肩を叩かれ、俺は須山の後を追う。

 その広く大きな背中は、父親のような頼もしさに満ち溢れていた。


「おー! やってるやってる!」

 ドスドスと、草地なのに大きな足音で進撃する須山の巨躯。その先には言っていた通り、野球をしている我がクラスの一団が見えた。

 開けた草地でシートノック的な事をしており、別のクラスの男子もちらほら混じっている。

 彼らがボールに使っているのは、柔らかいゴムボール。これならグローブ無しの素手でも捕球といった野球的な動作が出来る。

 バットにパスンと打たれた蛍光ピンクのゴムボールは、ゆっくりと放物線を描いていく。


「アウト!」

 グローブ無しの両手でそれをキャッチした外野に小さな歓声が沸き起こる。

 打席にいるのはキャッチャー役の男子と、審判を務めるのはちょっと強面のバスケ部員。須山とよくツルんでいる強面のリア充男子だっけか。

 その周りで何人かの女子が、黄色い声を飛ばして応援している。


「これは、ホームラン打つしかないよな!?」

 バットを受け取った須山がジャージの腕をまくりながら俺に声を掛けてくる。


「打てるのか?」

 とてもじゃないけど器用そうには見えない。馬鹿力と尽きないスタミナはありそうな須山だけど、バットに小さなボールを当てるのには、俺は懐疑的だった。

 しかし、須山はそんな懸念を余所にガハハと笑い飛ばす。


「一之瀬。おめー俺の打力を疑ってるな? じゃあ、ホームラン対決だ! まずは俺が場外に飛ばしてやんよ!」

 何故か勝負を申し込まれる。どうやらこういうキャラらしい。


「よし、見とけよ!」

 女子相手に良い所を見せたいんだろう。外野に向けて予告ホームランの構えまでしていて、これで外したら相当恥ずかしい。

 俺はとりあえず空いている所を見つけ、そこから観戦する。


『四番、ファースト、須山くん』

 教師陣から借りてきたのだろうか。スピーカー付きマイクでウグイス嬢の真似事をしているのはうちのクラスの女子生徒。


「須山。おめえ打てなかったら休み明けの牛丼奢りな」

「ちょ……待て甲野。おめえとは勝負してねえ!」

 訛り全開で焦る須山の周りでドッと笑いが巻き起こる。

 男子だけではない。野球を見に来た他の生徒達も底抜けの明るさでこのイベントを楽しもうとしているが分かる。

 そんな様子を見ていると、たまたま須山に連れてこられただけの俺まで楽しくなってくる。


「なあ。あのスピーカーって先生達が使う機材だよな? 大丈夫なの?」

 そんな風に気分が高揚していたせいだろうか。俺はすぐ近くで観戦していたクラスメートに話しかけていた。

 こちらに気づいた小柄な男子生徒は『本当にね』と言いながら、快い相槌を打ってくれる。


「スペアなんだって。それにしても皆、楽しみ過ぎだよね」

 小さく笑みを作って肩をすくめる。

 彼とは確か、体育の時間に何回か会話したくらいの間柄だ。

 それなのにフレンドリーに答えてくれて……ああ話しかけて良かった!

 そんな謎の安心感に身体がじんわり包まれる。


「そう言えば、一之瀬君って野球経験者だって本当?」

 俺が話しかけた事で、相手も気を良くしたのかそんな事を聞いてくる。

 遠足という非日常感が、普段話さない俺への警戒心も薄くしてくれているのだろうか。

 頭一つ分くらい小さな背丈は、俺を見上げ、澄んだ瞳を輝かせていた。


「まあね。諌矢とか須山から聞いた?」

「うん。僕も中学では野球やってたからね。気になってたんだ」

 自分の事を聞かれて悪い気はしない。そのまま答えると、人懐っこそうな笑みを浮かばせる男子生徒。

 同じ野球経験者同士、スムーズに会話出来ているのが素直に嬉しい。


「中学まで続けるなんて凄いな。俺は小学校までだったし」

「そんな事無いって」

 普段話さない相手との雑談は予想外に弾み、俺達は並んで須山の打席を見守った。



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