第4話
その翌日。
「ナツ。また来たのね」
「その割に嬉しそうですね」
無事用を済ませ、トイレから出た俺。リビングを覗くと、大画面テレビには鬱蒼としたジャングルが映り込んでいた。
画面手前にはライフルを握った手。FPSのゲームらしい。
「美祈さんって主婦ですよね? ワイドショー見なくていいんですか?」
「ワイドショー見るのが主婦の義務みたいに言わないでよっ」
美祈さんはコントローラーを胸元で握りしめ、ソファーの上で身体を丸くさせながらゲームをしていた。どことなく可愛らしい体勢だ。
「いい加減飽きたわ。どこのチャンネルも、ずっと同じ話題ばっかなんだもん」
言うが早いかスナイパーライフルが火を噴いた。画面に表示されるスコアポイント。
「ずっと同じ画面なのは平気なんすね」
動けよ。攻めろよ。同じゲームでスナイパーに苦しめられた経験がある俺は、美祈さんのプレイスタイルには賛同できない。
大体、彼女は主婦で新婚で、ついでに俺の従姉なのだ。
「ねえ、なっちゃん。そろそろ見返りが欲しいなあ」
小さな頃の嫌な呼び名を言いながら、マズルフラッシュが画面を白く焚きつける。続いて表示されるキルポイント。
「その呼び方止めてください。ていうか、何の見返りですか?」
「いつもトイレ貸してるでしょう。その見返りよ」
そう言って彼女はテレビ画面を見たまま、空いた左手でスマホの画面を指さす。
「この特別補給パック、買おうか迷ってるんだよねえ……」
その画面には今プレイしているゲームのサイトが表示されていた。発売されたばかりのDLCの紹介ページだ。新型兵装やらアクセサリーパーツが一緒になったセットらしい。
「何で高校生の俺にDLCせびるんですか。旦那に頼めばいいでしょう」
俺はスマホを机にそっと置きながら答える。美祈さんは画面に夢中でこちらに目も向けない。
「だって、あの人。私がFPSやるのに否定的なんだもん」
またもズドン。スコアは連続キルボーナスで徐々に増えていく。
「あ、そうだ。それならナツが代わりに今日の夕飯作ってよ」
「自分で作ればいいでしょう……」
俺は真新しい四段冷蔵庫を一瞥しながら言った。
「ていうか、あの人。私が作る料理食べてくれないのよ。美味しいからこそ大事にしたいんだとか言って冷蔵庫にしまうの。それで食べないでいたら悪くなるじゃない? そうなると捨てるしかないのよ」
「美祈さんの料理ね」
とにかくグロテスクだから、出来上がり直後から既に消費期限が一年くらいオーバーしてる見た目なんだよなあ。彼女にとって、どの辺が捨て時なのか聞き返したい衝動に駆られる。
「おかしくない? その癖、あの人ったらレトルト食品ばかり買って来るのよっ。じゃあ何で私にはDLC買ってくれないの!? たかだか880円なのに!」
「自分で買えよ……」
一応、旦那の財布の緒を握っているのは美祈さん本人なのだからどうしようもない。どんだけ経費温存する気だ、この人。結婚は人生の墓場だとはよく言った物だ。
「じゃあそろそろ戻りますよ。用が済んだし、時間ないんで」
「ええ……もう? ああっ!」
悲鳴と共に画面に赤いエフェクトが弾けた。どうやら、今度は美祈さんがキルされたらしい。
「あれだけ同じ場所で狙撃したら、場所だって特定されるでしょ……」
ある程度キルを稼いだ時点で移動するべきだったのだ。そうすれば、根に持った相手に付きまとわれる事も無かった。
「ああっ。私の死体の上でスクワットするなああああ!」
ネット上の相手に煽られて悔しがる美祈さんを背中に聞きながら、俺は玄関を出た。
住宅街から桜並木の大通りに出ると、新しいパン屋が目についた。
ショーウインドウには焼きたてのメロンパンやらピザパンやら、とにかく食欲をそそるラインナップが並んでいる。
お洒落な店内を覗くと主婦やお婆ちゃんばかり。若い奴なんていやしない。
都会のオフィス街なら昼は若いOLで溢れるんだろうけど、残念ながらここは田舎だからな。
そんな風に立ち止まっていたら、突然自動ドアが開き、人影が俺にぶつかってくる。
「は?」
あろうことか赤坂環季だった。紙袋片手に満面の笑みを浮かべていた赤坂は、ぶつかったのが俺だと知った途端、表情を硬化させる。
「ごめん。ぼーっとしてた。まさか赤坂さんが出て来るとは思わなかったからさ」
「邪魔なんだけど。そこどいてよ。一之瀬のせいで他のお客さん通れないでしょ」
正論を交えて罵倒する事で反論の機会を許さない巧妙な罵倒。そんな、絡め手で完全論破した赤坂は、俺をスルーしてそそくさと学校に向かっていく。
しかも、地味に呼び捨てに変わってる。何かもう攻撃性を隠さなくなってきてるな。
「保健室といい、何なんだよ」
思えば、赤坂は昨日もこの界隈を歩いていた。最近のエンカウント率は異常だ。
「もしかして、昼飯の度にパンを買いに出てるのか?」
そうなると不味いかもしれない。何故なら、このパン屋と美祈さんの家は目と鼻の先なのだ、
見られたかもしれない。俺は一抹の不安を感じられずにはいられなかった。
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