第2話
幸福な日曜日が明け、月曜日。俺は学校へと向かっていた。
スマホがないので結構退屈になると思っていたが、クソゲーが想像の1億2000倍クソゲーだったのでクリアに時間がかかってしまった。
もう二度とクソゲーなんかプレイするか、と悪態をつきながらも、なんとなく捨てることはできないんだよな。
クソゲーなりの愛嬌か……なんて思っていると、横合いから声をかけられた。
「おはよう秋くん」
「おはよう、斉藤さん」
「みやびでいいって何度言ったら……まぁ、今更ですか」
はぁ、と溜息を吐くダウナー系美少女。それが斉藤みやび。
間違いなく顔のつくりは美少女のそれなんだけど、態度が悪すぎるせいで悪い意味で浮いている。
それが彼女なりの距離の置き方らしい。俺が話しかけても邪険にされないのは、ひとえに彼女が幼馴染だからだ。
今日も、焦げ茶色の髪の毛のキューティクルが完璧だ。腰あたりまであるし、手入れとか大変そうだよな。
「……そういえば、昨日の夜連絡したけど出なかったのは?」
「ああ。今スマホが完全に壊れてて。今日の夕方、母さんと携帯を買いに行くんだよね」
「そうなんですね。もし変えたら連絡先、教えてください」
髪の間からこちらをのぞき上げる色素薄めのとび色の目。たれ目がちで、パッと見れば癒し系なんだけどな。
……この少女から、ねらー顔負けの悪口や皮肉が飛んでくるとは誰も思うまい。
「そういえば、ダンジョンのニュースは見ましたか」
「もちろん。斉藤さんはどう思った?」
「正直、何にも。密接に関係するかもわからないので」
「そっか、そうだよね」
「逆に秋くんはどうですか、やっぱり興味がありますか」
「まぁ、ね」
むしろオタクでこの状況に興奮していないやつはいないだろう。
「じゃあ、解禁されたらダンジョンにいくんですか?」
「そうなるね。斉藤さんは?」
「……私は、秋くんが行くなら」
「――おーい秋どの、おはようでございますの候!」
斉藤さんの言葉をさえぎるような形で、大きな声が聞こえてきた。
特徴的な語尾が聞こえてきたほうへ振り向けば、豊満な体つきをしているオタクくん――通称ワイくんがいた。
今日も元気だなぁ、彼。
「見たでござるか見たでござろうか?! あのダンジョン出現のニュース!」
「おはようワイくん。もちろん見たよ」
「ですよな! いや~ワイもあれにはびっくりでござるわよ~!」
夢が広がリングとか言ってるので、いつの時代だと突っ込んでおく。
それよりも、先ほど斉藤さんが何かを言いかけていたような……?
「……」
うん、繰り返し言ってはくれないみたいだ。
まぁ、教室でどうせ話す機会があるだろうし、あとで話すとしようか。
「そういえば、秋どのは知っているでござろうか?」
「ん、何を?」
「巷で、ダンジョンストリーマーと呼ばれている存在のことでござるよ!」
「ダンジョンストリーマー」
オウム返しに問いかけると、ワイくんは頷いた。
そんなものがあるのかと思っていると、「ああ」と斉藤さんが声を上げた。
「あれですね、例の動画」
「そうでござる! shortsで大大大バズりしているあの動画ですぞ!」
「えっ! そんなものが……?!」
「そうでござる! ダンジョン内で撮られた貴重な映像だという事で、今国全体がその動画の出元を探しているのでござるよ!」
「……」
冷や汗ダラダラだ。まさか先を越されるだなんて。
そりゃそうだよな、この情報化社会、誰しもがスマホを持ち歩いているんだ……。
うわぁ、本当にあの時なんでスマホで殴っちゃったんだろう。懐中電灯で殴ればよかった~。
「……秋くん、大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫……問題ない……」
「大アリそうに見えるけど……」
「何でもないよ、何でもないよ……」
マカロニとエンピツが目の前を一瞬通り過ぎた気がした。
だが気のせいだ。いつの間にか校門の前まで来ていたので、そんなものが通るはずがない。
……第一マカロニは空を飛ばない。エンピツも飛ばないや。
「さて、ワイはここあたりで!」
「うん、またあとで」
「……今更ですが、なんでワイさんと仲が良くなったんですか?」
「ああ、猿飛のおかげだよ」
「あの人つながりですか、なんというか意外ですね」
「――意外も何も、オレとワイくんは同じ穴のムジナだよ」
唐突に声をかけられてびっくりする斉藤さん。俺は気づいてたので特に驚かない。
本人曰く地毛らしいライトブラウンの髪をオールバックにした、いかにも胡散臭い奴ってかんじの男。それが猿飛カイだ。
だが別に胡散臭くはない。見た目が軽薄そうなだけだ。
「お前も俺も、ワイくんもオタクだもんな」
「その通りだ。むしろオレたちと斉藤さんが知り合いなのが珍しいって感じだな」
「……秋くんがよく話してるから、流れですよ」
確かに、斉藤さんが自発的にワイくんや猿飛なんかと絡むようには思えないしな。
だったら、無理に突き合わせてたりするのかな? なんだかんだ突き放してないから無理はしてないのかも。
「そういえば秋、一つ話しときたいことがあるんだが……」
「流石に
「その通りだな。じゃ、行くか」
下駄箱を抜けて階段を上がる。2Fが俺たち1年生が使う教室だ。ちなみに3年は3階だ。なぜなのか。
教室に入るといつもと同じ景色……ではなかった。いつもならワーワー騒いでいる女子グループがやけに静かなのだ。
珍しいこともあるんだな、と思って観察すれば、どうやら中心人物である白洲玲奈がいないようだ。
道理で静かなわけだ。
「そういえば、秋くんはダンジョンに潜るんですよね」
「解禁されたらな」
「……そのときは、教えてください」
「……? うん、わかった」
なんで斉藤さんがそんなことを唐突に言い始めたかはわからない。
けど視線が白洲さんの席に向かっているのは、無関係ではなさそうだ。
白洲さんに何かがあったのかな。
「おいお前ら、ホームルーム前だけどそろってるか?」
扉から赤ジャージにぼさぼさ頭の先生が顔をのぞかせた。いつも酒臭いのでバッカス先生と俺たちは呼んでいる。
そのバッカス先生がガチでダルそうに、親指で廊下を指さした。
「全校集会だ。お前らに政府から話があるってよ」
■
「話したいことがあるから、放課後は絶対にあけとけよ」
「はいはい」
体育館への道すがら、猿飛にそんなことを言われた。
それ以外に特にイベントなどはなく、すんなりと体育館へと連れていかれた。
すると、壇上にはスーツ姿のバカクソイケメンな男が立っていた。
「……憎いな、なんか」
「どうしたんですか、秋くん」
「いや、イケメンって謎に憎いなと思って」
「……そんなこと気にしなくても……なのに……」
斉藤さんがなにか言っているが、周囲の騒がしさであまり聞こえなかった。
そうなんだ、なんてこぼしながらもその人を観察していると……ふとその人と目が合った。
びっくりするくらいの美形だ。俺が軽く頭を下げると、あちらも軽く会釈した。
(……こっちのこと、見てたよな)
だが確認するすべはない。悶々としながらも、全校集会の開始を待っていた。
やがて、校長が壇上に登り、それはもうありがたくてクソ長い前置きを述べた後……隣に立っていた超絶イケメンを紹介し始めた。
校長の紹介を受けた超絶イケメンは一歩前に出て、深く一礼。
「お初にお目にかかります。私、防衛省のダンジョン災害対策室から派遣された氷室と申します」
イケメンさんこと氷室さんは、頭を上げると小さく笑った。それだけで女子からの黄色い悲鳴が上がる。
「私が本日こうしてお時間をいただいているのは……皆さんの中に探索者――ダンジョンへの適性を持つ方がいるからです」
その一言に全校生徒はザワつき、俺は違う意味でザワついた。
まさか俺のことか……? ばれたら実験生物とかにされたりしない?
「調査して判明したことですが……皆さんのような若い方の中に《探索者》としての適性を持つ人物が現れることが判明したのです」
「……初耳だ」
「多分誰も知らないと思います。先生ですらびっくりしてますから」
「ホントだ。バッカス先生は……あ、寝てる」
俺たちの私語をいさめるように、氷室さんは一つ咳払いをする。
「なので、本日は全日程をお借りして、探索者の適性検査に充てることが閣議で決定いたしました」
なるほど? これってもしかして、俺がダンジョンに潜ったこととかバレちゃったりするのかな。
まずい、それはまずい。俺はまだ配信者を続けたいんだ……!
……そんな俺の祈りもむなしく、探索者適性検査は開始されることとなった……。
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