第40話 領主の妻として

「だからね、エディットさん。あなたはもっともっと強くならなきゃいけないの。どんなに辛くても、ここで一人で寝込んでいるなんて、絶対にダメ。マクシムの力を信じて、ちゃんと立ち上がりなさい」

「……お義母様……。……はい」


 その強い瞳の色に勇気づけられるように、私は自然とそう返事をしていた。お義母様は嬉しそうに頷く。


「マクシムはそういう仕事をしているんだもの。体を張って、この領地に、この王国に生きる全ての人々の安全な暮らしを守っていく。そんな立派な仕事をしている夫を、どうか誇りに思ってね。そして、あなたが彼を支えてあげて」

「……はい」

「マクシムなら絶対に大丈夫よ。この王国の中で誰よりも強い男なのよ。あなたをここに迎える前にも、どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたか。なのにあんなにピンピンしてるでしょ?殺しても死なない男よ。妻として、マクシムの強さを信じなさい」

「……はい……っ!」


 お義母様にそう諭されるほどに、私の中に強い意志が芽生えてくるようだった。さっきまで体中に力が入らなかったことが嘘のように、私の心が足を踏ん張って立ち上がろうとしていた。


「さ、あなたたちもこの子に発破をかけてあげて」

「は、はいっ!……エディット様、しっかりなさってください!私たちがついているじゃないですか!」

「そ、そうですよっ!こんなこと、大したことじゃないです!国を挙げての大きな戦争に駆り出されたわけでもあるまいし、あの旦那様ですよ?きっとかすり傷一つなくすぐに帰ってきますからっ」


 お義母様に促され、カロルとルイーズが代わる代わる私に気合いを入れてくれる。


「……ふふ……。そうよね」

「そうですよっ!あの誰もが恐れる氷の軍神騎士団長ですよ?!他にも……、何だっけ……、血の海の魔獣とか、戦場の死神とか!」

「そうそう!殺戮の大魔神とか、戦を司る冷徹獣とか……、各地でそんな二つ名まであるほどの規格外の強さを持つ旦那様ですよ?!」


 お義母様は少し微妙な顔になった。


「何の心配もいりませんよ!エディット様。さぁ、起きてお仕事をしましょう!お勉強も!」

「そうですよ!これまで通り毎日を忙しく過ごしていれば、きっといつの間にか旦那様もお戻りになっておりますわ!」

「そしてまた美容にも力を入れて、帰ってきた旦那様が気絶しちゃうくらい美しさに磨きをかけておきましょう!私たちにお任せください!」

「楽しみですね、エディット様っ」

「……ふふふ……っ。……ええ、そうよね。ありがとう、カロル、ルイーズ」


 お義母様と、ずっと心配してくれていたであろうカロルたちの愛情こもった励ましに、自然と笑みが零れた。……そうよね。私は一体何をしていたんだろう。いつまでもこんなところでメソメソと。これじゃマクシム様ががっかりしてしまうわ。


「……ご心配おかけしました、お義母様。カロルとルイーズも、ありがとう。もう泣きません。私がマクシム様の留守を守ります。あの立派な領主の妻として、今自分がやるべきことをやりますわ」

「……あなたは本当に、素敵な子ね」


 お義母様は満足そうにそう言って、私の髪をそっと撫でた。






 お義母様はそれから三日間滞在してくださった。


 私が領地の視察にまわる時にも同行してくださったり、私が今どんな勉強をしているのかを見てアドバイスをくださったりもした。

 そして、私のウェディングドレスのデザインについてもたくさん話し合った。


「こんなことになっちゃったから結婚式はまた少し先になってしまうけど、その分ゆっくり準備の時間ができたわね」


 あくまで前向きなお義母様は素敵で、私は何度も勇気づけられた。


 けれど、そんな優しいお義母様にいつまでも甘えているわけにはいかない。


 二日目の夕食の時、私はお義母様に尋ねた。


「あの……お義母様。お義父様は大丈夫でしょうか」

「ん?ああ、あの人なら大丈夫よ。私がそばにいなくても、身の回りの世話をしてくれる使用人は大勢いますもの。ふふ」


 ……そうは言っても、本当は心配なはずだ。

 ましてやマクシム様が赴いている戦は、南方の別邸からさほど遠くない場所だと聞いている。本当はきっといざという時のためにも、お義父様のおそばにいたいはずだわ。

 意を決して、私は口を開いた。


「……ありがとうございます、お義母様。私はもう大丈夫です。どうかお義父様のところへ戻ってさしあげてください」

「……エディットさん……。本当に?」

「はい、もちろんですっ。お義母様に元気づけられて、おかげさまでしっかりと気持ちを引き締めることができました。私はもう大丈夫です。マクシム様がお戻りになるまで、ここでしっかりと自分の務めを果たします」

「……分かったわ。あなたのその言葉を信じて、明日別邸へ帰るわね。でもね、もしも辛い時には必ずお手紙をちょうだい。その時は何を置いてもあなたの元に駆けつけるから。分かったわね?」

「……はい」


 お義母様のその優しい言葉に、また瞳が涙で揺れてしまいそうになり、私はお腹にグッと力を込めて笑顔を作った。





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