第20話 おじさん、予感する

 結論から言う。

 昨夜盗賊ギルドを叩き潰した後、俺は──。



 宿を取って寝た。



 うん、盗賊ギルド……そのまま放置で。

 だって……疲れてたから。

 ほら、おじさんだよ?

 久々に王都に帰ってきてさ。

 ちょっとはしゃいじゃった部分はたしかにいなめないよ?

 でもさ。

 無理だって。

 体力の限界だって。

 マジで。


 ってことで。


 ぐっすりと休んだ俺は、翌日の朝。

 一旦、冒険者ギルドへと顔を出していた。



「あぁ? 誰だ、そのケントの腕にしがみついてるエロいねぇちゃんは?」


 フロアのソファーで寝ていたベルドが体を起こして臭い息を吐く。


「え~っと、この子は盗賊ギルドのボス。で、どうやらこの子、俺の元パーティーメンバーだったみたいでさ……」


 俺の左腕に両手で抱きついたハンナがエヘヘと笑う。

 鉄手甲が脇骨にガツガツ当たって痛い。(汗)


「は? …………はぁぁ!? 盗賊ギルドの!? ボスぅ!? この小娘がぁ!? うちをこんなにした商売敵しょうばいがたきのクソ盗賊ギルドのボスぅ!? あ!? しかも、お前の元パーティーメンバーだァ!? ふざけんなっ! ケントそこどけっ! そいつを今すぐぶっ殺す!」


「まぁ、そうなるよな……」


 ってことで。



 説明タ~イム。


「つまり……なんだ? このハンナって嬢ちゃんは、元冒険者が散り散りにならないように盗賊ギルドに集めてたってのか?」


「そういうことらしい」


「ハッ、信じらんねぇな! 仮にそうだったとしても、そいつのせいで俺が苦しんできたことに変わりはねぇ! せめて、その苦しみの一部でも味あわせてやんねぇとなぁ?」


「あ? やるってのか、ハゲボウズ?」


 ハンナも俺の腕にしがみついたまま煽り返す。


「ハゲじゃねぇ! これは剃ってんだよ! わかんねぇか、てめぇみたいに人の影に隠れてコソコソやってる卑怯者にはな!」


 ドンッ──!


「だ! れ! が! 卑怯者だってぇ~?」


 ハンナの鉄足甲アイアンレッグに神力が集まる。


「図星を突かれておかんむりかよ、この発情猫が!」


「誰が発情猫だぁ!?」


 やっべぇ~。

 この二人がやり合ったら、こんなボロギルドなんかすぐにぶっ壊れるってぇ~。

 これは俺が止めないと。

 しかもかなり強めに止めないとだな……。

 俺は静かに覇気を込めて呟く。



「いい加減にしろよ、お前ら──」



 ボソッ──。


 二人は急に青ざめ、闘気も失せていく。


 ホッ……。

 どうやらハッタリが効いたようだ。

 低めの声を精一杯出してみたのがよかったみたい。


「お、おう……そうだな。考えてみりゃ落ちぶれたのはたんに俺の力不足だったわ。こんな子に責任押し付けるのはたしかに違うわな」


「う、うん……私もちゃんと説明してなくてごめんな。組織の維持とかが大変でそこまで気を回せなくてさ。あと、ハゲって言ってごめんな? スキンヘッド、渋くてかっこいいと思うぜ? もちろんケントの次にだけどな!」


 急に仲直りする二人。

 うん、二人とも大人だなぁ。


「って、ことで握手な」


「うん」

「お、おう」


 ゴツいベルドと。

 (主に手甲と足甲が)ゴツいハンナが。

 がっしりと握手する。


「で、ケント?」

「ん?」

「もうヤッたのか?」

「なにを?」

「だから……(ハンナを見る)」

「?」

「昨日は一緒に泊まったんだろ?」

「ああ、瑠璃星亭ラピスが一室しか空いてなかったからな」

「ってことは、やっぱヤッたんだだな」

「やったってなにをだよ?」

「だぁ~かぁ~らぁ~……」


 ガチャ。


「おはよ~、ケント! ここにいるかと思って迎えに来たわよ~!」


 セオリアが入ってきた瞬間、ベルドの大声がフロアに響いた。



「ケントがハンナと昨日いっしょに泊まって、ひとつのベッドの上でグッチョングッチョンのギッシギシにヤりまくったんだろって言ってんだよ!」



 シ~ン。


 むしろ。


 死~ン。


 くらいの雰囲気。


 え、なに、この死者の王デスサルコーが蘇ったかのような空気。


「……ケントぉ~? それに……ハンナぁ?」


 や、やべぇ……!

 俺の『超感覚』が、極めて近い未来の死の予感を告げてるぜぇ……!


「ちょ、誤解……誤解なんだセオリア!」


「なぁ~にぃ~がぁ~、誤解なのかしらぁ~?」


「そ、そうだよ、セオねぇ! 誤解、誤解なんだ! たしかに昨日ケントと一緒の部屋に泊まったんだけど、ケントは床で寝てたからなんにも……」


「へぇ~? んだぁ?」


 ズゴゴゴゴ……!


 セオリアからにじみ出る死のオーラ。


(くっ……これがセオリアの本当の力……!)


 やはり俺の家で戦った時のセオリアは本調子じゃなかったということか……!


 気おされてる俺の隣でハンナが必死に弁明する。


「ちが~う! いや、違うくない! 一緒に泊まった! でも、それは仕方なく……」


「へぇ~~~? ハンちゃんは私に十年間手紙も返さず、私を出し抜いて、ケントと一緒の部屋にお泊りしたんだ?」


「いや……なんというか、手紙はほんとすまねぇ! アノスでの修行がうまくいってなくて返せる返事がなくてよ!」


「でも、今はこうやってカイザスでケントと一緒にお泊りしてるんだぁ? ふぅ~ん?」


「いやだからそれは説明……! 説明させてくれぇ~!」



 再び説明タ~イム。


「なるほど? つまり一緒の部屋に泊まりはしたけど本当に何もなかったと?」


「だから言ってるじゃねぇか! 信じてくれよ、セオ姉ぇ!」


 正座したハンナが必死にアピる。


「ケント?」


「は、はい! ほんとです!」


 なぜか敬語。

 しかもなぜかハンナの隣で一緒に正座してる。


「フゥ~……」


 セオリアが海よりも深いため息を吐く。

 その一挙手一投足を固唾かたずをのんで見つめる俺とハンナ。そしてなぜかベルドも。


(うぅ、足がしびれてきた……)


 たしかに昨夜は俺も迂闊うかつだった。

 でも眠かったんだって。

 だってさぁ~。

 昨日は……。


 朝早くに起きてカイザルに着いて。

 騎士団の食堂でモメてさぁ。

 それから露天でイトロマフライを食べて。

 冒険者ギルドで嫌がらせしてたチンピラを追い払って。

 ベルドと再会して。

 孤児院に行ってマムや草笛の少女エミリーと会って。

 そしたら地上げ屋に絡まれて。

 追い払ったら今度はテンに襲われて。

 そっからこちょこちょ尋問でしょ?

 んで、武器屋のボトルと会って。

 最後に盗賊ギルドのアジトにカチコミよ。


 思い返したら一日に五回も戦ってんじゃん!

 どんな密度だよ!

 そりゃくたくたにもなりますよ。

 そりゃもうめんどくさいこと全部後回しでベッドに倒れ込みますよ。


 ……ん?


 ベッドに……倒れ込む……?

 さっきハンナは「俺は床で寝てた」って言ってたよな……?

 眠すぎてあんまり覚えてないんだが……。


「なぁ、ハンナ? 俺、たしかにんだよな?」


「あぁ、そうだ。ケントは


 そう言ってセオリアには見えないようにぺろりと舌を出すハンナ。


(……は?)


 なにその「話作ってますがわかってます、二人だけの秘密です☆」みたいなの?

 俺、マジでスヤスヤで記憶ないんだけど?


「え、んだよな?」


「あぁ、ぜ」


 今度はウインク。


 いやいやいや、だからおかしいって。

 ハンナさん……?

 ほんとに俺たち、何もなかったんだよね……?


「とにかく! ハンナからは後で詳しく話を聞くとして」

「お、おう……」


 あ~あ、ハンナ後で詰められるんだろうな。

 かわいそうに……。


「ケント!」

「え、俺!?」


 スキル『超感覚』でも察せなかった突然の振り。


「なんで勝手に一人で盗賊ギルドに行ったりしたの! 騎士団に任せるのが道理スジでしょ!」


「ああ、それか……」


「『それか』じゃない! ケントに何かあってたら私……」


 言葉を飲み込みうつむくセオリアを見て、俺はピ~ンときた。


 なるほど……そういうことか!

 つまり!



『俺に何かあったらセオリアの復讐が果たせなくなる』と!



 だから怒っていると!

 そういうわけだな、セオリア!


「セオリア、心配させてすまない。ただ俺は──セオリアを傷つけようとしたやつがどうしても許せなかったんだ」


 俺の言葉に目を見開くセオリア。


「え、私のため……だっていうの?」

「ああ、そうだ」


 じゃないと、お前が復讐を果たせなくなるからな。

 俺も復讐される側の義務として、 セオリアを守らないといけない。

 そういうことだ。


「そ、そんな……」

「今後もセオリアに傷一つでも負わせるようなやつは許せんよ、俺は」


 急にふにゃふにゃと力が抜けるセオリア。


(ふふ……無事に俺へ復讐できることを想像して安心でもしたか?)


 ツンツン。


 俺の脇腹を隣に座ったハンナがつつく。


「やるじゃねぇか、ケント」


 ……は?

 なにが?


「大丈夫、昨夜きのうのことは誰にも言わねぇからさ」


 くちびるに人差し指を当て、ウシシといたずらっぽく笑うハンナ。


 え?

 いや、ハンナさん?

 本当になにもなかったんだよね、昨日……?


「ケント……お前ってやつはマジで……」


 ベルドが呆れた口調で呟く。


「ぐふ……ぐふふ……ケント……私の騎士様……ぐふふふ……」


 セオリアはよくわからないことをブツブツ言ってる。


 あれ……?

 なんなんだ、この状況……?


 なんにしろ。

 こうして俺の王都カンザスでの二日目。

 騎士団の師範として勤務する初日は始まったのだった。

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