おじさん、懲らしめるの巻

第16話 盗賊ギルド長、ハンナ・フリーゲン

 ドガァ──!


 盗賊ギルドのアジト。

 町外れにある倉庫の壁が崩れ落ちる。


 盗賊ギルド長ハンナ・フリーゲンの怒りに満ちた拳によって。


「な、ん、だ、っ、て、ぇ……あぁん!?」


「ひぃっ──!」


 男たちの顔が恐怖にゆがむ。

 あの鉄手甲アイアンアーム

 壁を打ち砕いた鉄手甲アイアンアーム

 次にそれがめり込んでるのは──。

 己の顔なのかもしれないのだから。


 噂では。

 ローブで覆われたボスの正体は。

 人ならざる悪鬼オーガであると言われている。


 噂では。

 あのローブから覗く鉄手甲アイアンアームの下には。

 見るも恐ろしい醜い腕が癒着してると言われている。


 噂では。

 ボスの少女のようなハスキーな声は。

 呪いによって喉を潰されたからだと言われている。


 噂では。

 ボスに逆らった団員は。

 あの恐るべき鉄手甲アイアンアームによってミンチにされたと言われている。


 そのボスが。

 名前も知らない姿もわからないボスが、怒りの声を上げる。


「テンが捕まっただとぉ……?」


「は、はい……! で、でもあいつ、急にいなくなったと思ったら、後から勝手に一人でに襲いかかってて……!」


 膝を床につき全力で責任逃れしようとしてるのは、教会の地上げに訪れていた六人の男たち。


 ブワッ──!


 男の前髪が跳ね上がる。

 いつの間にか目の前を通過したボスの鉄足甲アイアンレッグによって。


「……っ!」


 一瞬で顔面が蒼白に変化した男が、ぺたりと腰を落とす。

 男は生まれて初めて神に感謝した。

 己の頭がまだ首と繋がっている奇跡に。

 そしてこうむった被害が、股の下に地図を描いた程度のもので済んだことに。



 ハンナ・フリーゲンは全身をローブで覆っている。

 ナメられないためだ。

 見せるのは、鉄の手甲と足甲のみ。

 名も明かさない。

 ただ「ボス」と呼ばせた。


 そして噂をいた。


「盗賊ギルドの新しい長は醜い悪鬼オーガである」

「だからローブで姿を隠している」

「逆らったものはすでに何人もあの馬鹿力でミンチにされた」


 同時に「力」も見せつけた。

 溢れ出す軌跡の力「神力」。

 それによって爆発的に加速する拳と脚力。

 ハンナは一瞬のうちに相手の背後を取り、岩をも砕く一撃を見舞う。


 恐怖。

 畏怖。

 圧倒的な暴。


 効果はてきめん。

 すぐに元冒険者たちから一目置かれるようになった。

 歯向ってくる者は正面から力でねじ伏せた。

 元来気の荒いハンナにとっては楽しい遊戯のようなものだった。

 そうしていつの間にかハンナは確固たる盗賊ギルドのボスとして君臨していた。



 しかし、そんな絶対支配者「ボス」の地位を得ながら、実際のハンナはいまだ二十二歳のただの勝ち気な少女のままだった。


(げぇ~、テンが捕まっちゃうとかマジぃ? ったくめんどくせぇ~……。ここも今夜のうちに引き払わねぇとなぁ。はぁ……にしても)


 衰退を続ける冒険者ギルド。

 このままでは冒険者の築いてきたが途絶える。

 そう思ったハンナは元冒険者たちを「吸収」することにした。

 目をつけたのは、ここ盗賊ギルド。

 狙いは順調。

 元冒険者たちが次々と流れてきた盗賊ギルドはどんどん巨大に膨れ上がっていった。


(元冒険者の受け皿として盗賊ギルドを乗っ取ったはいいけど、さすがにデカくなりすぎて収集がつかなくなってきたな……。うぅ~、でも今さら教会を辞めただなんてセオリアにもミカにも打ち明けられないし……。一体どうすりゃいいんだよぉ~……)


『成長してケントの足を引っ張らないような存在になる』


 そうセオリアとミカと三人で誓ったハンナは、大司教を目指し教会都市エスタミアで修練を積んでいた。

 だが、ダメだった。

 力の制御ができない。

 その荒い気性のせいか、どうも神力がしまう。

 細かいコントロールが出来ない。


「うっせぇな! 治ればいいだろうが!」


 そんな理屈は、細微な調整コントロールを求められる神職の本場本元聖地アノスでは通用しなかった。

 万年落ちこぼれ。

 ハンナは自分のことを奇跡の力を持ってるだけで特別だと思っていた。

 けど、ここでは全員が奇跡の力を持っていた。

 自分は──その中でもダントツの最下位。

 軌跡を起こすのが一番、下手。


 短気なハンナはアノスを後にした。

 無理だった。

 無理だった。

 こんな未熟な自分ごときには無理だった。

 ケントと肩を並べられるような存在になるだなんて。

 傷心のままカイザルへと帰ってきた。

 そしたらなんだ?

 冒険者ギルドのこの凋落おちぶれっぷりは。

 おいおいおい。

 私達が再びケントと冒険する夢はどうなる?

 ふざけんなよ。

 冒険者がオワコンだ?

 元冒険者たちも散り散りになってるだ?

 なら。

 私がやったろうじゃねぇか。

 いつかまた、冒険者が輝けるよう。

 元冒険者を一手に集めて繋げておこう。

 私達がまたケントと冒険を出来るように。

 冒険者の「」が途切れてしまわないように。

 やるんだ、私が──!


 ローブで姿を隠し、神力を「癒やし」でなく「破壊」に使うようにした。

 しっくりきた。

 ハンナにはそれが合っていた。

 手足から溢れ出る神力での爆発的な加速。

 それによる衝撃インパクト移動ムービング

 さらには跳躍ビーティングまで。

 手足のダメージを抑えるために鉄の手甲、足甲を身に着けた。

 いいね、なんというか私らしい感じがする。

 んだよ、私は。

 癒やすヒーリング僧侶プリーストじゃない。


 跳ぶビーティング僧侶プリースト


 それが私だ。

 ハンナはそう確信した。

 皮肉にも真っ当な僧侶であることを諦めて盗賊ギルドの長となったことによって、ハンナは己の適性を見出していた。

 しかし──それももう長くないかもしれない。

 膨れ上がりすぎた組織。

 ガラガラと崩壊していく音が聞こえる。


 組織の諜報能力を駆使した。

 腐敗貴族や悪どい奴隷商人を調べ上げた。

 そして、そうした悪人だけを相手に盗みを働いてきた。

 いいことをしている。

 世の中を正してる。

 はずだった。

 盗賊ギルド団員とはいえ、なんせ元は冒険者だった連中だ。

 悪を倒すことを目指していた者たち。


「自分たちは正義の行いをしている!」

「俺たちは義賊だ!」


 そんな想いが。

 矜持きょうじが。

 熱狂が。

 次第に団員たちの間に渦巻いていった。

 だが。

 いつからだ?

 いつから歯車が狂った?

 末端を管理できない。

 ただ暴れたいだけの連中。

 盗みたいだけの連中。

 ハンナの声は、想いは、そこまで届くことはなかった。


 かつての仲間だったセオリアは、今ではなんと騎士団で団長にまでなったらしい。

 光……だ。

 あいつは光。

 真に正しい道を歩んでる。

 一方。

 自分は──。


 闇。


 なんでこんな道を進んでしまったんだ。

 もっとちゃんとアノスで頑張ってたほうがよかったんじゃないか。

 私は逃げてきちまっただけなんじゃないのか。

 元冒険者をこうやって集めたとこで、本当になにか意味があるのか。

 何度も繰り返されてきた自問自答。

 セオリアたちに会わせる顔もねぇ。

 それどころか、いつかセオリアに捕まるかも……。


 そうなったらそうなったで構わねぇ。

 でも、会いたかったな……。

 そうなる前に。

 あの。

 愛しの──。

 ケン……。



「ケントって言ってました」


「……は?」


 目の前の男、今なんて言った?


「え~っと、だからケントです。俺たちをノシたおっさんの名前。テンもそいつにやられたみたいで……」


 ケン……ト?

 戻って……きてる?

 このカイザスに……?


 ドクンっ。


 心臓が高鳴る。


 その時、倉庫の後方にいた男が気づいた。

 扉が開いていることに。


「おい、ドアちゃんと閉めとけよ」


「へい……」


 キィッ──。


 声をかけられた男がゆっくりとした動作で扉を閉める。

 と、同時に──。


「うっ……!」


 倉庫の後方にいた手下が一人


「……は?」


 あまりにも自然。

 あまりにも日常。

 まるで朝の散歩でもするかのような。

 そんな雰囲気をまとって、その襲撃者はやってきた。


「? ……! て……敵襲だ! てめぇら、カチコミ……うっ……!」


 声を上げた男が最後まで喋り終わらぬうちに倒れる。


 ガタッ──!


 私たちはとっさに臨戦態勢に入る。


 


 は?

 たった一人でアジトに踏み込んできただと?

 おいおい、こっちは天下の盗賊ギルドだぞ?

 そこに一人でカチコミだ?


 


 盗賊ギルド長──そしてケントの元パーティーメンバー。

 ハンナ・フリーゲンの背中に、ツゥと一筋──汗が伝った。

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