おじさん、出戻るの巻

第6話 おじさん、師になる

 【まえがき】


 ここまで描写してませんでしたが、ケントは黒の長髪でタレ目。

 セオリアは金髪ポニテです。

 イメージと違ってたらすみません……。

 なにとぞよろしくお願いします……。


 ────────────



 ぴゅぴゅぴゅっ──!


「キャンっ──!」


 俺の投げた石を食らった狼たちは情けない声を上げて逃げ去っていく。


「ん……また来てたのか……」


 河原に敷いた野営。

 パチパチと燃える焚き火に枯れ枝を足しながら寝ぼけまなこのセオリアに返事をする。


「寝てていいんだぞ?」


「いや……ケントにばかり見張りをさせて悪い」


「俺は寝ながら『超感覚』でサーチできるからいいんだよ。それに、ああやって脅かしとけば一晩はちょっかいかけてこないだろ」


 まだ遠くからこちらを覗いてる狼に向かいピュッ──っと石を投げる。


 キャンキャンっ──!


「だが……連日では申し訳ない」


 俺とセオリアが王都カイザスを目指してはや六日。

 セオリアの乗ってきた馬に二人で乗って川沿いにここまで進んできた。

 俺が手綱を持って鞍にまたがり、セオリアは俺の腕にすっぽりと入る形で前に座って先導する。

 俺の「初めて」といってもいいかもしれない他人とのちゃんとした共同作業。

 それは思いのほか上手くいっていた。

 というのも。


『セオリアが大人しい』


 からだ。

 う~ん、俺の家ではあんなに泣いたり怒ったりしてたのに。

 一体どういった心境の変化なのだろうか……。

 まぁいい。

 大人しくしてくれてるならそれに越したことはない。


「にしても、変わったな。ケントは」


「そうか?」


「ああ、スパイスもつけてない肉や野菜を美味そうに食う。馬を気遣い、楽しそうに旅をする。天気がいい日には昼寝をし、通り過ぎる風景や咲いた花、風の匂いを満喫する。なにもかもが以前のケントとは違う……」


「幻滅したか?」


「そんな……むしろ……今のケントの方が、ずっと……その……んんっ、ごほんっ!」


 ふっ。

 かすかな笑みでセオリアのフォローに応える。


 セオリアは殺したいほどに俺を恨んでる。

 にも関わらず、セオリアはこうやって俺をフォローする。

 セオリア……ほんとに成長したなぁ。


「驚くべきは、だ! それだけ余裕を見せていながらも、最短で王都への道のりを進んでいるということだ。一体どうして……」


「力を抜いてた方がいい場合もあるんだよ。肩肘張ってばっかだと疲れちゃうだろ?」


「そういう……ものなのか?」


「ああ、そういうものなんだよ」


「うぅむ、そうか……よくわからんが」


「セオリア、お前ってたしか真面目な子だったよな? だんだん思い出してきたよ。だからいつも他の二人に対して怒ってた。責任感が強いから。でも、今のお前は背負いすぎちゃいねぇか? 騎士団長としての責任ってやつをよ」


「……それが私だ」


 パチパチっ。

 焚き火の中で火の精が踊る。


「なんにしろ、明日の昼前にはもうカイザルだ」


「……どんな気分だ? 十年ぶりに故郷に戻るというのは」


「う~ん、故郷っつってもなぁ。親はとっくに死んでるし、暮らしてたのもスラムだ。なんの思い入れもねぇよ」


「そう、か」


「思い入れがあるとしたら、やっぱ冒険者ギルドかねぇ。あそこが俺の全てだったからなぁ。あとは宿屋に武器屋? でも今は冒険者が流行ってないんだろ? なら、もう知ってる顔もいねぇかもな」


「明日は一旦、騎士団の詰め所まで一緒に来てもらう」


「えぇ~、なんかめんどくさそう」


「つぐない、するんだろ? 私に」


 ズィ──っと俺を見つめるセオリア。


「あ~、まぁ言ったよなぁ……言った。はいはい、行きます、行きますよっと。詰め所でも火の中でも水の中でも好きに連れ回してくれ」


「す……好きに……?」


「ああ、好きにしてくれていいぞ」


「好き……ケント様が私に好きって言った……! ぐふ……ぐふふふ……!」


「セオリア?」


「こ、こほんっ! 明日は詰め所で昼食を取ってから色々と手続きをする。それが終わったら時間が出来る。街を見て回るといいだろう」


「そうか。わかった」


 あ、そういえば一つ気になることが。


「なぁセオリア?」


「なんだ?」


「この髪、切ったほうがいいかなぁ?」


 俺は背中まで伸びた髪の毛を手に取る。


「ふぇ!? なんで?」


「え、なんでって騎士って身なりとかに厳しいんじゃないのか? こんなんでいいのかなって」


「う~ん、ヒゲは剃ってるからいいんじゃないか? 長髪の男騎士もいるし。それに……似合ってる、と思うぞ……っていうか似合いすぎ……ヤバ……」


「え?」


「にゃにゃ……にゃんでもない! と、とにかくそのままでいいと思うぞっ!」


「そうか? それならいいんだが……」


 騎士団かぁ。

 六日前までの俺とは一番縁遠いところだ。

 一体どんなところなんだろうか……。



 ◇



「あ!? なんて言った、貴様!?」


 ドンッ!


 王国の紋章聖なる鷹セント・グリフィスの入った鎧に身を包んだ男がテーブルを叩く。


 はい、こんなところでした。

 絡まれてます。


 騎士団の詰め所。

 その中にある食堂で、俺とセオリアは昼食を取っていた。

 大勢の──注目を集めながら。

 うん……まぁ、俺みたいな小汚いおっさんと並んで騎士団長様が飯を食ってるんだ。

 そりゃ注目くらいはされるだろう。

 しかし、それにしてもこの味は──。


「いや、味が濃すぎると言っただけなんだが? ここでは食事の感想も言っちゃいけないのか?」


「それは、このゼスティア王国の出す食事もんに文句つけてるってことだよなぁ!? あぁ!?」


 跳ね返った若い騎士。

 プライドの高さが顔に現れている。


「おい、貴様! 一体誰に喧嘩を売ってるのかわかってるのか!?」


 セオリアが割って入ってくる。


「あ!? お飾りの女騎士団長様は引っ込んでろよ!」


「なんだと……!?」


 ピクッ──。


 俺が喧嘩を売られるのは別にいい。

 実際、ここの料理は味がおかしい。

 それをおかしいと言えないのであれば、この騎士団はさぞ風通りの悪いことなのだろう。

 だが、そんないざこざに関係のない部外者の俺は堂々と「不味い」と言う。

 それに対して怒るやつがいても別にいい。

 俺とそいつの問題だ。

 ただ──。


 セオリアを馬鹿にするのは。

 ちょっと違うんじゃねぇのか?


「……同門の仲間を馬鹿にする。それも、女だ男だといったくだらぬ理由で。それが騎士の品格かね? ゼスティア王国の騎士ってのもお門が知れるな」


「んだとテメェ! そこまで言うには覚悟は出来てんだろうな! 決闘だ! 今さら謝ったってもう遅ぇからなっ!」



 一分後。


 ドシィーン……。


「……は?」


 わけがわからない。

 そんな顔で俺に床に押さえつけられている騎士。


「もう終わりか? セオリアの方が千倍は強かったぞ? そんな実力で貴様はセオリアを馬鹿にしたのか?」


 ギンッ──!


「うっ……く、くそ……体が動かねぇ……! な、なんで……? お、俺がビビってるとでもいうのか……? こいつの圧力プレッシャーに……!」


 ガクガクと震えて起き上がれない男。


「それに、飯時めしどきに騒ぐのは他の人に迷惑だろ。な、騎士様?」


 俺の最大の楽しみがメシだったからなぁ。

 それを邪魔されたのもあって……って、あれ……もしかしたらちょっとやりすぎたかも……。

 だって相手……騎士、だよね……?


 そんな俺の心配を尻目にセオリアが勝鬨かちどきをあげる。


「ふんっ! 皆の者、見たであろう! この方が明日より貴様らの師となって戦いを教えてくれるケント様だ! これからはケント様に学び、一層の精進を目指せ!」


 ぽか~ん……。


 ぽか~んだ。

 俺も。

 周りも。


 え、なに?

 俺、『師』になんの?

 はい?

 お~い、セオリアさ~ん?

 俺、そんな話なにも聞いてないんですけど~?


 フフンと得意げに鼻を鳴らすセレニアの目に。


つぐな

『い』


 と書いてあった。


 あ、うん……。

 償い、償いね……。

 あぁ……でも……。

 ほんとにこういうので……。

 いいの、かなぁ……?

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