第23話 大切ということ

「わたし、今日はとびきり幸せでした、創人さま」


その夜。カーテンの隙間から、ほんのりと月明かりが差していた。


僕はベッドに横たわっていたが、枕元の籐籠で羽根を休める小鳥の姿のレティシアを見やる。


「僕こそ、ありがとう。本来なら……両親に、君を大切な人だって紹介したかったんだけど。レティシアのおかげで泣いちゃったな」

「ふふ。けれど、久しぶりに会いにきてもらえて、おとうさまもおかあさまも嬉しかったと思いますよ」


彼女の優しい声を聴きながら、ふと思い付いたことを口にしてみた。


「あのさ、レティシア。人は亡くなると天界に行くものなのか?」

「あら。天界にご興味が?」

「いや、天国があるなら、二人はそこにいるのかな、って……」

「それはあなた様が天寿を全うしてからのお楽しみです。天上のことは、簡単に教えられないのですよ?」

「……そのわりにあっさり、僕に惚れて自分が天使だって明かした気がするけど」

「う。それはその、ええと……つがいの鳥、つまり伴侶になって欲しいかたには身分を明かしてもよいことになっていますから。いざとなれば記憶を消すこともできますしね?」

「えっ。記憶を消せるの?」

「はい、いつでも」

「やらないでくれよ?」

「やりません。わたし、今の幸せを手放すつもりは毛頭ありませんもの」


くつくつと笑って、レティシアは小首をもたげる。小鳥の姿。薄闇に慣れた目に、それは出逢ったときから変わらず愛らしく映る。


「レティシア」

「はい?」

「……こっち、来る?」

「?わたしなら傍におりますよ」

「じゃなくて……」


こっち、とシーツを叩くと、小鳥は硬直した。そしてわなわなと震えたかと思うと、一瞬にして少女の姿に変わった。

籐籠からはみ出したので、ぎしりとベッドが大きく軋む。


そしてなぜか彼女は、……裸だった。


「創人さまっ!それは同衾を許可するということですか!?」

「そうだけど待った!目を閉じるから!なんで裸なんだよ!?」

「眠るときはなにも身につけない主義なのです!」

「まさかの裸族!お願いだからいつもの白いワンピース着て!それか僕のパジャマ適当に見繕って!」


慌てて瞼をぎゅっと下ろしたが、なめらかな白い肌に豊かな胸ときゅっとしたくびれまで見てしまった。

ほとんどが長い金髪で覆われていたとは言え、好きな人の裸体は目に毒すぎる。


レティシアはベッドから降りて暫くクローゼットを漁っているようだった。言われた通り適当なパジャマでも着てきたのだろう、再びベッドに重みが戻ると、馴染みの柔軟剤の香りがした。


「お待たせいたしました。もうお見苦しい姿ではないですよ、創人さま」

「寧ろ見目麗しかったけど……っ、とりあえずその、おいでよ」

「はい」


シングルベッドに年頃の男女二人は少し狭いかと心配したが、僕がスペースを作ると華奢なレティシアは容易に収まった……僕の伸ばしたままの左腕に頭を乗せて。


「うふふ。腕まくら……あなた様と同衾……夢のようです」

「そ、そう。それはよかった」


仄かに甘い香りと温もりに、こっちから誘ったのにも関わらず動揺してしまった……


「こんなに幸せで良いのでしょうか……というか、どうして唐突にベッドへ入れてくださったのですか?」

「レティシアを感じたかったから、かな。ここにいるって。僕の大切な人は離れたりしないって、なんとなく思いたかったのかも」

「そうですか……」


レティシアはくすりと笑うと、僕の身体にそっと密着するために抱き着く。心地好い体温と柔らかさを感じながら、僕は彼女を抱き返す。


「おやすみ、レティシア。今日はお疲れ様」

「おやすみなさい。よい夢を御覧になれますように」


やましい心はひとつもなかった。


ただただ、この腕の中の清らかな存在を、守りたいと思いながら……僕は眠りについた。

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