第19話

Alter&Sacrifice 19


ジェーンの心臓


「ジナヴラ!」

「ジナヴラ!」

声が聞こえる。このキツそうで澄んだ声が私に呼びかける。

しまった。また目を瞑ってしまった。

この声はビルギットか。

私はビルギットに肩を背中を揺さぶられている。私はあの時、ビルギットにやられた事を思い出し、咄嗟に 立ち上がった。ビルギットはその勢いで突き飛ばされた。立ち上がる前の私はなぜか、胎児の座りをしていた。

「お前に解放されるのは……信用ならないよ」

勢いよく急に立ったおかげで頭がくらついた。くらつきながらも、状況判断のため、辺りを見回した。見るところに私が天使を滅したらしい。

エリカを。セージを。

証拠に斬った心臓が私の手元にあった、というより抱いていた。エリカの心臓を真っ二つに切られた心臓を持っている。さらに自分の足元を辿って見ていくと、私を中心に大きな花びらが6枚、樹の天使は六方向に割けて床に広がっている。そして、私の爪先から真っ直ぐ丁度の花びらの先にエリカとは別の心臓が落ちていた。

しかもそれは心臓にいくつもの穴が空いていて、一部翼に変形した物だった。

私は黙って、エリカとぼろぼろの心臓を二つ、ビルギットに渡した。二つの心臓を渡されたビルギットはスカートの裾で大事に包んで持った。

そう言えば姉は? ヴィクトリアは?

さらに急いで見回した。見回して振り向くと銀のフクロウが大広間の入口の前で立っていた。姉のヴィクトリアだ。

ヴィクトリアの周囲には天使の羽が散らばっていた。姉の足元にはセージの上半身が打ち捨てられていた。エリカの体は見当たらなかった。セージは滅したのではないのか?

何故かセージだけ、体が残っていた。

「ビルギット、私は姉に用がある。邪魔はしないでくれ」私は冷たく言った。

ビルギットは大人しく引き下がった。

私はエリカとセージだった花の樹から出ていく。

姉に用がある。頰を片方殴りたいぐらいに。

ミザリコードを構え直した。

「姉貴、最後に用がある」私は声を張り上げ、剣で銀のフクロウであり白薔薇隊隊長でもあり、姉ヴィクトリアに指す。私は続けた。口を挟まれたいと。

「ジェーンの心臓をかけて、私ジナヴラはヴィクトリアに決闘を申し込む」私はヴィクトリアの胸に剣で指した。

そうだ。取り返しに来た。

ヴィクトリアは腕組みをずっとしていたが腕組みをやめ、足元にあったセージの遺体を抱きかかえ、邪魔にならない壁際にに横たわらせて置いた。また元の位置に戻り、ミザリコードを構えた。

「受けて立とう」

ヴィクトリアは一歩ずつ、ゆっくり歩き、私もヴィクトリアに向かって一歩ずつゆっくり歩く。

同胞の遺体に囲まれた大広間は明け方の空になって、白んでいく。月は下がり、日が見え始めた。風が決闘の合図と言わんばかりに強く吹き、羽と血の花びらが舞い上がる。

私とヴィクトリアは、その時同時に走り出し、剣を構え振り上げる。剣と剣がぶつかり合う。

刃が擦れる音が鳴り響いて、お互いの目を睨む。ヴィクトリアが剣を力強く私の剣を押し弾いて、間合いを取った。私も下がり間合いを取る。

姉は銀のフクロウの仮面を外して床に捨て置いた。金属の仮面の落ちてぶつかる音が鳴り響く。

「来なさい。妹よ」

ヴィクトリアはそう言って、剣を私の方に向けて指すような形で構える。

声色は冷たく無意識で、顔は本当に久しぶりに見る。前はぼやけて見えなかったが今ははっきり見える。私と同じ少し寒色の入った金髪に前髪は右側にかき上げ流し、後ろ髪は紺色のリボンで上にまとめている。輪郭は痩せ気味で頬が痩け、目は猛禽類のように鋭く、眉は細い。

昔見た姉の素顔だ。

こちらも動かず、ヴィクトリアも仮面を外しただけで動かない。

私はミザリコードをまた構え直し、剣の引き金を引き、剣の刃を慈悲の雫で潤した。シリンダーの中の水薬は空になった。

その瞬間、ヴィクトリアが風のように飛び出し私の胸目掛けて、ミザリコードで刺そうとした。

私はヴィクトリアの剣を自分の剣で受け止めて、力いっぱい弾き返し、怯んだ隙に姉の左の腹を横撫に斬り、ヴィクトリアから私は過ぎた。ヴィクトリアのミザリコードは彼方に飛んで地に刺さった。

沈黙が続く。

私は振り返った。

姉は倒れはしなかったが、左の腹に血が滲んでいる。腹を押さえている。銀の左手と左脚は血で染まり、独特の光を放っていた。

「この体の不自由さよ」ヴィクトリアはこちらを見つめ微笑み、自身の胸の傷に手を押し込んだ。

さすがに内部までまだ薬が行き届いていないのか、苦しそうな声を出している。

私はただ見ていることしか出来ない。

「ジナヴラ、返そう。このジェーン・ドゥの心臓を」

そう言い、唸り声を上げ、自分でジェーン・ドゥの心臓を、胸の傷から取り上げ倒れた。胸の穴からは大量の血が流れ出ている。

手には力なく、ジェーン・ドゥの心臓が手の平に乗っている。

私はジェーンの心臓と姉のフクロウの仮面を拾い上げた。

取り返せられた。もういい。もう、これでいい。

ジェーンはもう帰って来ない。

私はビルギットにジェーンの心臓を渡した。

決闘ごっこを終始見られて恥ずかしくなったが、もう私に必要無くなった。

だからビルギットに返す事にした。

ビルギットは驚いた顔で見つめ見上げている。

「姉妹、なんだろう? じゃあ、これはビルギットに必要な物だ」

大広間の出口の方を見ながら私は言った。

次に。

「私に心が無くて良かったよ」

捨て台詞を吐き、砦の大扉から射す光の中へ歩み、消えていく。

砦から出た時に風が強く吹き、赤い花びらがどこからともなく散って吹き上がり、あの教会で焚く香の香りも贈られるように香った。


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