第10話

破魔の矢が飛び交う


弔いの湖付近でまだ昼間なのに流れ星が走っている。流れ星は言い過ぎってくらいは遅いか。曇り空なので稲妻みたいには見える。天使と呼ばれるトリ達が私達を見かけると光の矢を飛ばしてくる。トリの体から発する一筋の光が眩しい。

この一筋の青白い光、すなわち破魔の矢に当たると私達の体は当たり前だが使い物にならなくなる。

これに私達はこの毒を塗った剣一つで立ち向かい戦っている。馬鹿馬鹿しいと思っただろ?

それは私も皆も思っている。思わない奴は馬鹿だ。


迂回の道は運良くトリ達とは遭遇はしなかった。いや死骸はよく道端に落ちていた。狩った死骸は片付けるのが同業のルールだが、最近誰かが殺しまくっているようで後片付けをするという気配りもないようだ。

見てみろ。私が歩いている道なんて白い羽が散らばりまくり、また少し歩くとトリの死骸がすぐに見える。

これで肉料理でもしろとでも?

私は来た道を振り替えると弔いの湖は小さくなっているが稲妻のような一筋の光が乱射しているのは目に見えている。少し前まではこういう事は起きなかった。

この戦友の心臓を持って来いという頭のいかれた姉の頼み事をしてからはこんな事がよく起きる。姉に逆らう事は出来ないのか?って、この末端の兵士に何が出来ようか。冗談がキツい。

物思いに耽りながらも道なりを歩いていたら、青白く光った。稲妻のような破魔の矢が光が強いということは近い。私は警戒して木の影に身を隠しながら移動をした。光った方向が目的地の方角の道だったので避ける訳に行かなかった。

仕方ない。やるか。

ミザリコードを構え直した。刃に光が反射した。

目を瞑るほどの光が強くなっていくなか、天使の羽が柔らかく舞う頻度が増える。天使が誰かを襲って暴れているのか何なのか、羽の抜け落ち方が今まで狩ってきたがこんなには散らばらなかった、生きている間は。だが多い。

天使を目視出来るほどの距離に近づいた。地面を見ると散らばってる羽の数が多い。破魔の矢が放たれる度に光り、鷺のような「ギエー!ギエー!」という鳴き声が聞こえ、その後は静まった。

止んだか?

私は木の影からそっと現場の様子を見た。

トリの形をしている天使達の死骸5匹、惨殺されていた。暴れまわった跡は破魔の矢が飛んでいたと思われる黒焦げの跡が数ヶ所あり、木に当たった場所は木の太い枝は折れては裂け、地面は凹んでその周りは土や石が散らばっている。

さらに森の開けた土地の奥の方、天使の死骸がある先に人がいた。刀を持って空を仰いでいる女が。

見たことがある。いや、あったばかりほどだ。

あいつか、あいつだな。

私は静かにあいつの前に姿を見せ、声をかけた。敵意は無いと言えば嘘にはなるが天使を狩り殺してるのは好感を持っている。顔を見てみたいと思っていたがお前だったか。

「やあやあ、さっきぶりだね」

黒い喪服の女が反応が遅いがこちらを見た。

「……ごきげんよう」

「襲ったのは許せないけど介抱ありがとう」

女の手元の剣を見たら、ミザリコードとは違う薬を仕込める事も出来ない普通の刀だった。だが手入れはされている。それから殺したトリの死骸を見た。今までこれでやってきたのか。

「帰り道がこの道なんだけど、今まで見た死骸はあんたがやったのかい?」

「はい、そうです」女はゆっくりこちらに向かって歩いた。

「見直したよ。寝込みを襲わなければ満点だったけど」にやりと口元を歪めた。

「誉めてるのか貶してるのかわかりませんね」

「誉めてるんだよ」

「ただ、死骸は最低限道に寄せるとかして片付けてほしい。掟がある」

女は頭を片手に抱え下げふらつき、ため息混じりでこう言う。

「片付ける暇なんてありません」

これはこれは聞き捨てならない台詞だ。


「暇だって? ぼーと突っ立ってるのはなんだ。このままあんたが続けていると……」私はトリの死骸に近寄って頭を片足で軽く蹴って、女の方を見た。蹴った反動で周りに散らばった羽が舞う。女の目が何処を見ているのかがわからない。

「こいつらと変わらなくなる」

「人でありたいのなら、掟は守れ」

片手に持ったミザリコードでさらにトリの胴体に勢いよく垂直に刺した。

「人でありたいのなら?」女の目がきらりとミザリコードの刃に反射した雲に覆われた薄い日の光が彼女の目を照らす。丸くなっていた背が伸びた。

「生け贄が……人扱いされると思いますか?」

予想外の言葉が返ってきた。本当に読めない女だ。

「生け贄だのなんだのの話をしてるんじゃない」

空いている片手で頭を抱えて、ため息をついた。こいつに感心したのが間違いだったか。目を見たら、さっきまでのあのどこかに行っているような目ではなく、私を鋭く狙う狩りをする目になっていた。目がマジだ。女はこちらにゆっくり歩き、さらに近づいたので、私はいつでも防衛できるように剣の準備をした。寝込みに襲われた時みたいにはならないだろう。

急に女は立ち止まった。

「私の妹が亡くなりました」狩りをする目のままだ。

本当にこいつがわからない。

「それで?」ミザリコードを持つ手は緩めなかった。

「胸に穴が空いた状態で私が見つけました。それ以外は眠っているかのような状態で」

風が強く吹き、木の葉や枝がお互いを叩く音が今にも声がかき消しそうだ。

「私の妹は丁度あなたと同じ兵士でした。きっと……天使に殺されたのでしょう」

「天に連れていくのなら、あなたの言うように体もきれいに片付けて連れていって欲しかった」彼女は刀の刃を優しく撫でた。

「それは御愁傷様」思わず私は眉間にシワをよせた。

「妹の遺体が無かったら、現実を見なくても良いのに」

「天使達は心臓が特に好きみたいで拘って狙うのでこうして……」森の開けた辺り一面のトリの死骸を見回した。風でトリの体の羽が軽く逆立っていた。だが動かない。

「狩りまくっていたと」私が彼女の言葉を遮った。

「それで妹の心臓は見つかったか?」

「見つからないわ」彼女の顔はどことなく悲しそうだったが相変わらず目は鋭いままだった。彼女が深くため息をつくと偶然なのか風がまた強く吹いた。

「奇遇だね。こっちも大切な友人をつい最近亡くしたんだ」

彼女はまた私の方へ一歩ずつ近づいた。刀は下ろさない。

「私の亡くなった友人の名前を教えようか」

彼女は私の言ったことに返事もしないでそのまま黙ったまま歩く。私と彼女の距離はそれほどない。

私は剣を持っていない方の手で胸の中心に当ててこう言った。

「ジェーン・ドゥって言うんだよ」

ミザリコードの刃はまた雲に覆われた日の光を反射し、風で木の枝や葉が叩きあう音が辺りに響いた。

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