第7話 ビールを注ぐ女



ビール醸造所の空き部屋で、あたし達は宿泊する事になったのはいいけどさ、さっきから止まらないんだよね~・・・


メメシアの説教。


あたしに酒から愛される才能があると、ビール職人達から聞いてから、酒と堕落についての話しやら、酒で身を亡ぼす話しが止まらない・・・


メメシアをなだめようとしたハレルとプロテイウスまでも巻き添えを受けて一緒に説教を受けているの。

とばっちりを食らわせちゃった感じで、何か非常に申し訳ない・・・


ここは、緊急処置しかない。


「シュラーフツヴァング!」


あたしは催眠強制魔法をメメシアにかけ、眠らせたのだわさ。

メメシアはその場で立ったまま眠ったのだ。


「・・・堕落とは・・・むにゃむにゃ・・・酒は魂を・・・すやすや・・・汚すので・・・Zzzz・・・」


「メメシアのやつ・・・立ったまま眠りつつ、寝言で説教を続けてやがるぜ・・・」


「ごめんよ。あたし、こうするしか方法は思い浮かばなかったのだわさ・・・」


「マジョリン。ありがとう。流石にボクも、これ以上は耐えられなかったよ・・・」


ハレルですら、涙目になるほどであった・・・

暴走したメメシアはある意味勇者より強い・・・


プロテイウスは眠ったメメシアをそっと、ベッドに運び、寝させて布団をかけた。


「・・・酒は・・・Zzzz・・・身を・・・Zzzz・・・亡ぼす・・・Zzzz・・・」


「メメシアのやつ、ぐっすり眠ってるぜ。少し、外の空気でも吸いに行かないか?」


プロテイウスの提案で、あたし達は日が暮れた、夕焼けの空の下へ出た。


「いやぁ~、正直、メメシアの説教の言葉は、体を鍛えてるオレの胸筋を簡単に貫いて心に突き刺さるぜ・・・」


「メメシアもメメシアなりに、考えているのでしょうけど・・・」


今回はプロテイウスもハレルも、精神的に滅入ってしまったようだった。


「あれ?勇者様達。顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


「あ、ビール職人さん・・・」


「もし、よかったら、お酒成分の無いデュンビールもあります。疲れた体への栄養になると思いますので、いかがですか?」


あたし達はビール職人のお気遣いを受け入れて、ビール醸造所の小さな食堂へ行ったのさ。


「うちで造っていますデュンビール、これはお酒が飲めない聖職者の人達からも人気の酔えないビールなんですよ。まだ、お若い勇者様も、これなら飲めると思います」


色が薄いビールが注がれたゴブレットがハレルの前に置かれた。


「えっと、戦士様と魔法使い様はいかがいたします?」


デュンビールも美味しそうだけど、やっぱり普通のビールが飲みたいって思うんだけどさ、あたし1人じゃないし、きっとプロテイウスもデュンビールを頼むだろうって思ったのさ。

でも・・・


「オレは普通のビールを飲んでみたい。職人達の自慢のビールを味わってみたいと思うし、何より、久しぶりオレの筋肉がビールを欲しがっているんだぜ」


予想外のプロテイウスの言葉にあたしはびっくりしたんだわさ。


「マジョリン。オレは1杯だけ、普通のビールを飲む。もしばれても、怒られる時は一緒だぜ」


プロテイウスはただの筋肉バカだと思っていたけれど、こんな風に相手を思いやる心があったとは、見直したよプロテイウス。


あたしとプロテイウスの前には、普通のビールが注がれたゴブレットが置かれたのさ。

みんなで乾杯して、ぐいっと1口・・・

普通のビールだが、普通のビールじゃなかったのさ。


「くぅ~!たまらんのだわさ!濃厚な穀物の香りと甘みが濃いのに、のど越しは水よりもすっきりとしていて、体全身に染みわたるぅ~!そこら辺のビールの味とは全然違う、最高に良いビールだわさ!」


「そんなにうれしそうに飲んでいただけると、我々もうれしいです。この周辺は水の質がいいのですよ。それに、ビアモルチ達がいるおかげで、さらに美味しいビールにしています」


「ボクの飲んでいるお酒成分の無いデュンビールも美味しいです。穀物の飲み物がこんなに美味しいとは思ってもいなかったです」


「流石は勇者様、将来、いいビール飲みになれそうですね」


その後、他のビール職人達も集まり、いろんな料理も運ばれてきて、職人達もいっしょになって、酒盛りをはじめたのさ。

まだ、お酒を飲めないハレルも、場の雰囲気を楽しんでいるようだし、1杯しか飲まないと言ったプロテイウスも、何杯もおかわりしてご機嫌だ。


楽しそうな雰囲気にひかれてか、ビアモルチ達も顔を出すんよ。

まあ、かわいい聖霊達だわさ。


「あたしゃ~ね~、改革したいね~。宗教改革よ。『酒と恋と歌を愛せない者は、生涯愚か者』であるって、世の中に広めたいね~」


「いいですね魔法使い様!」


「ぜひ、その教えを広めるべきです!」


あたしが酔った勢いで言った言葉に感銘してくれるビール職人達。

その脇で、あたしになついたビアモルチも、ゴブレットに頭を突っ込んで、ビールを飲んでいる。


「びぁ~~」


ビアモルチも楽しそうに声を出す。


楽しい宴だったのだわさ。



☆☆



翌朝、メメシアは説教の途中で催眠魔法をかけられて、ぐっすり眠っていた事に気が付いていない様子だった。


「みなさま、昨日は色々強く言いすぎましてごめんなさい。ついつい熱が入ってしまいまして・・・いつ寝たかもわからない程に熱弁してしまい、反省しています・・・」


「ま、まあ、そんなに深く思い悩まなくていいよ。メメシアも、ボク達の事を考えて熱心になってたの、わかってるからさ・・・」


ハレルがメメシアを慰めるけど、あたし達はあの晩、何が起こったのか、とてもじゃないけど言えなかったのだわさ。

一応、ビール職人達とは話をあわせてあって、昨晩の話しはメメシアに聞こえないようにしたのだわさ。


神様、あたし達はきっと、後ろめたい事をしちゃったのさ・・・

懺悔なのだわさ・・・





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※デュンビール、デュンビアは本来、アルコール度数約2%のビールです。

スモールビールとも呼ばれます。

昔のヨーロッパで水替わりに飲まれていたビールはこの種類とされています。

本作では、アルコール度数が1%未満という設定になっています。

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