黒鉄の魔法使い ~無才な弟子の修行譚~
迷井豆腐
第一章 弟子編
第1話 出会い
晴れやかな空、窓辺から入る暖かな太陽の日差し。俺は慣れ親しんだベッドから、すこぶる晴れやかな気持ちで起き上がる。両手を天井へと思いっ切り伸ばし、軽く体をほぐしていく。
「ううーん……」
朝飯はどうするかな。確か、前に買った燻製肉と堅焼きパンが残ってたっけ。卵は――― 止めておこう。流石に放置し過ぎた。
そんな朝のいつもの思考にふけていると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
「何だ、もう昼の鐘が鳴ってんのか。そりゃ晴れやかだわな」
昨日寝たのは、ええと…… ああ、覚えてないな。寝室で寝てたって事は、ベッドまで辿り着いたんだろうけど。実験も程々にしなければと毎度のように考えているが、どうも夜中になると夢中になっちゃうんだよなぁ。
「……あ、そういえば今日は記念日か。今日で何回目だったかな」
俺の名はデリス・ファーレンハイト。10数年も前のこの日にファンタジーな異世界に迷い込んでしまった、哀れな迷い人である。記念日とは俺がこの世界にやって来てしまった日付の事だ。自分の誕生日は忘れても、この日だけは忘れられない。最早脳に焼き付けれているといっても過言ではないレベルだ。
さて、そんな俺はどこからどう見てもアジア系、もっと言えば日本人な容姿で、横文字な名前には初め違和感を感じたものだ。それでも割とすんなり受け入れてしまったのは、俺の記憶に問題があるからだろうか。というのも、俺には日本についての知識はあれど、困った事に自分に関する記憶がない。名前だけはなぜかこうなっていた。たぶん、実際の名前ではないんだろうが。
どこに住んでいて、どんな仕事をしていて、どうしてこの世界に来てしまったのか。全く覚えていないから、当時はえらく混乱したな。ま、結局記憶は戻らずじまい。それでも人の環境への適応力とは侮れないもので、それから色々と困難を乗り越えて今では悠々自適な引きこもり生活を満喫できている訳だ。人里を離れればモンスターが溢れ、科学のないこんな世界も捨てたもんじゃないって事だな。以前の生活スタイルが分からない分、前の世界には特に未練もない。
……そう考えると、俺は案外と情が薄いのかもしれないな。未だに家族について思い出す事もできず、積極的に人と行動もしたくない。いい歳こいたおっさんが、自由気ままに生きているだけだ。
「この世界じゃ結婚するのも早いからな。俺もそろそろ身を固めるべきか?」
本当に早い娘なら、それこそ15、16で、相手が特殊趣味な貴族ならもっと幼いうちに婚姻したりもするが、男は晩婚の奴も多い。 ……うん、早計だな。もう少しこの生活を謳歌するとしよう。
しかし、結婚といえばあいつもそろそろ結構な歳だったか。数字までは申さないが、結構な歳だったな。俺も人の事は言えないが、あいつ、大丈夫か?
―――ドンドン!
唐突に、家の戸を叩く音が聞こえてきた。嫌な予感しかしない。
「デリスさーん! いらっしゃいますかー?」
この声は――― ああ、予感が的中してしまった。居留守…… は、駄目か。朝飯もとい昼食用の火を熾してしまっている。これは居るとバレてるだろう。くそ、背に腹は代えられないか。俺は顔を洗いたい衝動に抗いながら、玄関口へと向かった。
―――ガチャ。
「あ、デリスさん! やっと出て来てくれた―――」
「留守です。お引き取りください」
バンと勢い良く扉を閉め、鍵を掛ける。さ、昼食の準備をしなければ。
「ちょっとー! 何で閉めるんですか!? 居るじゃないですか、デリスさん!」
「勧誘とか間に合ってるから。うちに金なんてないですから」
「勧誘でもないです! 僕ですよ、僕! カノンです!」
ガチャガチャとお構いなしに戸を開けようとする顔見知りの少年。カノンというどこか武器っぽい名前の彼は、この国、魔法王国アーデルハイトに所属する魔法使いの1人だ。何の縁があってか俺の数少ない友人でもあり、国から厄介事を持ってくる困り者でもある。ああ、やっぱりお前は友人ではない。俺は情に薄いのだ。
「オレオレ詐欺に引っ掛かる俺ではない。大人しく帰って――― ん?」
さっき扉を一瞬開けた時、カノンの隣に誰か居たような気が。それも女の子っぽかった。いつも1人で来るのに珍しいな。
「何だ、お前彼女でもできたのか? おめでとう、そして帰れ」
「祝福してくれるのに、一貫して開けてくれないんですね! それに彼女は彼女じゃないです! ……あれ?」
カノンの言葉に疲弊した様子が見られるな。そろそろ入れてやらないと可哀想か。さっきの少女も気になるし。鍵を外して扉を開けてやる。
「で、今日はどんな面倒を持参したんだ?」
「と、唐突に真顔で出て来ないでくださいよ。ビックリするじゃないですか」
「俺なりの配慮だよ。本当なら嫌な顔の1つもしたいところだ」
「気を遣って頂きありがとうございます。それならデリスさん、毎回毎回このやり取りするの止めませんか? 朝も1度来て開けてくれなかったし、僕疲れるんですけど……」
「実際、いつも面倒な仕事持ってくるからだろ。今日の内容如何で次の待遇が決まるからな」
「えー」
朝来ていたのは素で気付かなかった。それは謝罪しよう、心の中でな。
「……その子が関係してんのか」
カノンの隣には、先ほどチラッと目にした少女がポカンとした表情で佇んでいた。品の良い衣服を着ているところを見るに、どこかの名家のお嬢さんだろうか? 目立たないようにする為か、外套のフードを被っている。こんな真昼間だと、逆に目立つと思う。お茶目か。
「えっと、私は―――」
「ああ、待て。こんなところで立ち話も何だ。事情があるようだし、まずは入れよ。カノン、そんな怪訝な視線で人見知りな俺を見詰めないでくれ。その、照れる」
「初めから素直に入れてくれればという、ささやかな抵抗です」
「そうか。存外に効いたよ。ほら、入れ入れ」
カノンの熱烈なアピールを無視して、そのまま居間へと招いてやる。あ、やべ。火を付けっ放しにしていたんだった。一先ず2人を居間のソファに座らせ、台所の火を消す。おし、オーケーだ。
「待たせたな」
「いえ、それよりもデリスさん…… また盛大に散らかっていますね。相変わらずな生活力です」
「本のタワーがいっぱい……」
「そこはスルーしてくれればとても嬉しい」
自慢じゃないが、俺の家は無秩序状態だ。俺が分かればそれでいいという決定的な理由の基、片付けや掃除は気が向いた時にしかしない。カノンに言われるのは慣れている。しかしながら、誰とも知らぬ少女に言われるのは堪えるな、結構。
「俺の生活はどうでもいいだろ。本題に早く入れ。これでも暇じゃないんだぞ」
「もう、都合が悪くなると直ぐに逃げるんですから…… えっと、フードを」
「あっ、はいっ!」
今気が付いたのか、少女は被っていたフードを慌ただしい様子で取った。すると、黒髪の長いポニーテールがフードの中からゆらゆらと顔を出す。黒髪とは珍しいな。この世界で黒い髪の毛といえば、極東の一部の民族や、俺のような転移者くらいしか――― ん、転移者?
「……カノン。お前、この子をどこから連れて来た?」
「それを今から説明するところです。まずはお互いの自己紹介から始めましょうか。それじゃ―――」
カノンが黒髪ポニー少女に促そうとすると、少女は突然ガタリと立ち上がり、俺に向かってこう言い放った。
「わ、私を、貴方の弟子にしてくれませんかっ!?」
……は?
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