四話 意気込み
「あら〜、可愛いわ〜」
玄関で真澄が望緒のことを眺める。
「じゃあ、行こうか。飛希は先に行ってもらってるから」
飛希の父親に促され、望緒は彼について行った。
ついた場所は、望緒がこの空間に来て初めて目にした神社。大規模では無いが、小さめの神社だ。
「巫女は御守りを売ったり、御朱印を書いたりするんだけど、御朱印はまだ難しいと思うから、御守りの方を頼むよ」
「わかりました」
歩いていると、向こうにある神社とは雰囲気がどことなく違うのを感じた。
その正体は、灯篭。夜でもないのに、火が灯されている。
「あの……」
「ん?」
「どうして朝なのに火がついてるんですか?」
望緒が訊くと、飛希の父親は灯篭を見てああと言った。
「簡単に言えば、村民に火が使えますよっていう証明みたいなものかな。他の村もこうしてるんだよ」
「そうなんだ」
「さ、こっちだよ」
案内された場所は、よく神社で巫女たちがいる場所の中。御守りがたくさん並べられている。ただ、売っているのは巫女ではなく––––
「あれ、飛希」
「やっ」
そう、飛希だった。彼は父親とは違い、真っ白な袴を履いていた。ちなみに、彼の父は紫色。
「……他に働いてる人は?」
「いないよ」
「えっ」
「いないよ」
「二回言わなくてもいいよっ」
しかし、いくら小さめの神社とはいえ、たったこれだけの人数でやっていくのは、随分と大変なことだろう。さすがにこれだけの人数でやるものではないはず。
「でも、たまに家柄が少し高い人たちが手伝いに来てくれるんだ」
隣に立っている飛希の父が、にこやかに言う。だが、それでも大変なことには変わりない。
「えと、人はよく来るの?」
「うん、村の人たちがしょっちゅうくるよ」
それなのに二人。真澄が代わりに巫女の仕事をしていたとしても、それだけでは補えないほどだろう。少しは変わるかもしれないが。
「じゃあ、僕は事務作業してるから、そっちはよろしくね」
そう言って、飛希の父親は作業場へ行ってしまった。
望緒は指示された場所に座り、飛希からの説明を受ける。
「これが厄祓い、こっちが学業、その隣は普通の御守り、それでこっちが安産祈願。あっちにあるのは御札。渡す時は『お納めください』って言ってね」
「ま、待って、メモとる……!」
貰った紙を取り出し、借りた筆で一生懸命メモをとる。急いで書いているので、見やすさは全くない。
「ゆっくりでいいよ。今日は参拝客少ないし」
「うんっ」
返事はするが、書く速さは先程と何も変わらない。
「あの……」
「ん?」
「あ、いや、真澄さんがずっと働くのじゃダメだったのかなって」
「……表に出る巫女ってさ、若い人の方が好まれるんだよね」
「……」
そこで、望緒は巫女の定年は早いということを、どこかで聞いたのを思い出した。
思い返してみれば、少し立ち寄った広めの神社には、歳若い女性の巫女しかいなかった、そんな記憶がある。
正規の巫女は御守りを売る以外に、舞を舞うこともある。その時、観衆は恐らく若い女性が舞う姿を見たいと思う。
「し、失礼だけど、真澄さんっておいくつ……?」
「いくつだっけな。僕を二十二とかで産んでた気がする」
「に、二十二!?」
驚くのも無理はない。望緒がいた空間で二十二と言えば、働いているか大学四年生で就活真っ只中の時。
そんな時期に子供を産む、衝撃的な出産年齢である。
––––じゃあ多分、結婚はもっと早いんだろうな……。
「あ、話逸れちゃったね。つまり、母さんはもう巫女としてやっていける年齢じゃないから、やっても裏方ぐらいなんだ」
「そうなんだ。……じゃあ、私がんばる! 続き教えて!」
望緒が意気込むと、飛希は軽く微笑んだ。
「うん、わかった。じゃあ––––」
◇
その日は色々な説明を受けつつ、時折来る参拝者に御守りを渡して一日が終わった。
だが、これで終わりではない。望緒はこれから舞、字の練習をしないといけなくなる。彼女は助勤としてではなく、正式な巫女として働いていく。
祭事では舞を舞わねばならないし、御朱印も書くためには、字が上手くなければいけない。それに、望緒は筆で字を書くのが得意ではないから、日頃から練習しなくてはならない。
「や、やること多い……」
––––けど、自分で頑張るって言ったんだ。やらないと!
自分自身に
「……丸っ」
部屋で一人、そんなことをつぶやく。
実際に筆で字を書いてみたはいいものの、可愛らしく丸っこい字に仕上がってしまった。
「要練習……」
望緒はガクッと肩を落とす。
彼女が御朱印を書けるようになる日は、遠そうだ。
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